第27話 花は咲く前に摘み取るべし
文字数 6,804文字
そんな私は常日頃より男に頼らずとも生きて行けるよう、逞しく…それはもうそんじょそこらの殿方達よりも男らしく生きておりました。
が、しかし…ある時ひょんなきっかけで超人気アイドル様と出会いまして…それ以来何かと懐いてくる様子。今では我が家の一員の様に振る舞っております。
そんな彼…名は有沢伴と申しまして、今やテレビ、雑誌等では目にしない日は無いと言う程の人気絶好調のアイドル様なのです。いや、マジで。
私それはもう初めのうちは心底不快に思い、殴る蹴る…いや、正当防衛をしまくりました。これも我が身を守るためにございます。はい。
しかしですね…彼はそんな私の強烈なドロップキックにも負けず、右ストレートにも負けずやって来る訳ですよ。多忙なスケジュールの中意気揚々と。
『アイドルなんてクソくらえ!中は皆最悪なんだろう?』と言う偏見を持っていた私でしたが、関わってみればあら意外!結構良い奴でした。そしてオフは全くアイドルオーラもクソも無い奴でもありました。
あ…コホン…それはいいとして…ですね。そんな彼の存在に徐々に慣れてしまった私は、今はもう全く普通に接する様になりましてね。本当慣れと言うのは恐ろしい物ですね。
まぁ、関わればロクでも無い事に巻き込まれたりもしましたが…それなりに楽しかったのですよ。その彼との時間は意外にも。
だからでしょうか…?あんな隙が生まれてしまったのは…??
ああ…!!思い出すだけでも恐ろしい!!
あろうことか私…そんなオーラ無し男…いや、アイドル様にですね…と、突然抱きしめられてしまいまして…そんでもって何故か嘘か本当か分からぬ告白紛いの事をされたのですよ!!
そこまでは…まぁ…この際良しとしましょう。問題はこの後なのですよ!!
わ、私…なんと…そんな彼にどさくさ紛れに…キ、キスをされたのですよ!!唇?いやいや!!そんな事された日にゃ、彼の命は無いでしょう。額に軽くです。
えっと…とにかくこれって…どういう意味なのでしょう?やはりからかっているのでしょうか?それとも…
「…と言う訳でですね…教えて!東雲先生!!」
「…成程…俺のいない間にそんな事があったのか…」
土曜の午後、あたしは古書店『青嵐堂』を訪れ、若きイケメン店主に改まった口調で昨日の成り行きを語ったのであった。
なるべく落ち着き冷静に…話の合間に深呼吸をしながらゆっくりと…
「う~ん…俺、何か伴君を刺激しちゃったのかなぁ…」
「な、何言ったんですか!?」
若き店主…紫乃さんは顎に手を当て探偵の様に考え込む…
こうみると本当某名探偵のじっちゃんの様だ…
「…別に大したことは言っていないよ。ただね…俺も蕾ちゃんの保護者としてちょっと伴君に言っておきたい事があってね。」
「な、何を言ったんですか!?」
と、本日二度目の問い…
しかし紫乃さんはそれには答えず、代わりにいつもの爽やか素敵スマイルを浮かべ暖かな眼差しをあたしに向けた。
ご、誤魔化した…!!この人絶対余計な事をあいつに吹き込んだに違いない…。悪い笑顔だ…。
「さてと…そろそろ店番を緋乃に任せてっと…勉強しようか?」
「そんな事よりあたしの問いに…」
「そんな事?随分余裕だなぁ…蕾ちゃん自信あるんだ?」
と、にっこり嫌味を言う紫乃さん…
あたしは当然何も言えなくなった…
この人…本当…嫌!!普段は優しいのにたまにこうだ…本当良い性格している。
ガチャッ!!
そんな時だった。店のドアが少し乱暴に開かれたのは…
紫乃さんもあたしも思わず同時にそちらへと目を向け…その姿を見た瞬間固まった。あたしのみだけど。
「邪魔するよ。先生。」
背丈は標準より少し高いか…緋乃と同じ様に透けるような白い肌、そして真っ赤な口紅…同じく真っ赤な爪…。そして腰まで真っすぐに伸びた緋色の綺麗な髪。
スレンダーな身を包むのはワインレッドのゴスロリ衣装で、ふわりと広がるスカートは踝より少し上まで伸びたロング丈だ。頭には真っ赤な薔薇の付いた黒い帽子なんか被っている。
気の強そうなきつめの瞳の色は海底の様な濃い青い。切れ長で綺麗なのが分かる。つまりは美人さんだ。
女性にしては少し低めだがどこか色っぽい声色をしているのがまた独特だ…。
って…誰このビジュアル系っぽいゴスロリ美女は!?
「お前か…」
「人の顔見て嫌な顔すんじゃないよ。こっちだってあんたのその胡散臭い顔は見たくないよ…お互い様だろ?」
「…そうですか。それで?何の用だ?また勝手に借りて行くのは無しだからな。」
「分かってるよ、ケチ臭い男だね…はぁ…」
どうやら紫乃さんの知り合いみたいだけど……
あの紫乃さんが『お前』呼ばわりしてあんなに苦い顔をしているとは…何者なんだ?この人??
自由気ままに店内の本を物色するゴスロリ美女から目が離せないまま、あたしは暫し呆然としていた。相談事などすっかり忘れて。
「ふ~ん…結構増えたじゃないか。」
「お気に召しましたか?何よりで…」
「…ん?その子は?あんたのロリコン趣味は知ってたけど…店にまで連れ込んでんじゃないよ。」
「…あのなぁ…この子に誤解させる様な事言わないでくれるかな?俺はロリコンでもないし、この子を連れ込んだ訳でもないよ…」
「へぇ…でも中々美人じゃないか。悪くないねぇ……」
興味深げにあたしの前で立ち止まると、ゴスロリ美女は不敵に笑い足元から頭のてっぺんまで無遠慮に見つめて来た…
こ、怖い…なんか変なプレッシャーが…!!手に汗かいて来た…!
日本人離れした濃い青の瞳に捉えられると何故かドキドキして落ち着かない。女の人なのに…。
「あんた、うちで働く気ない?アルバイトでも大歓迎だよ?」
「…へ?」
「あたしの目に狂いは無いからね…あんたは良い目をしている…。きっといい仕事してくれると思うんだけどね?」
歯を見せニッと笑うとあたしの肩を力強く叩いて、再び目を見つめて来る。
あ…笑うとなんか可愛いかも…
「…やめろ
「今はその名で呼ぶなって言ってるだろ。ま、気が向いたら来な?逞しいお嬢さん。」
「やめろってば…」
ゴスロリ美女とあたしの間に入って、紫乃さんが心底不愉快そうに眉を顰めると、彼女も微かに眉根を寄せ舌打ちした。そして再びあたしに向かって笑いかけ、本を片手に去って行ってしまった。
な、なんだったんだ…あの人は…??
「…はぁ…本当あいつは……」
と、紫乃さんがため息を吐き疲れ切った様にカウンターの椅子に腰を下した。
どうやら知り合いではあるらしいけど、仲は良くないみたいだ。
しかし気になるなぁ…この紫乃さんにあんな派手な女性の知り合いがいたなんて。
紫乃さんもまぁまぁ個性的な恰好しているけど…
「ごめんね、蕾ちゃん。気にしなくていいから。それより…そうだ勉強を…って何その目?」
いつもの穏やかな声と表情に戻った紫乃さんに、あたしは不審な目を向けていたらしい…
あたしを見るなり、紫乃さんは首を傾げ少し困惑気味に尋ねた。当然。
「あの…今の人って紫乃さんの…か…」
「違うよ?何処をどう見たらそう見えるのかな?」
「で、ですよねぇ!!あ、あははは!!」
「…蕾ちゃん、君は今幻を見たんだ。すぐに忘れなさい…それが君の為だよ。頼むからお願い…」
「え?何でですか?ただのお客さんでしょう?」
「何んででも…。世の中には知らなくて良い事が結構あるんだよ。」
「…それを知って大人になるって道も…」
「駄目だよ。絶対ロクな大人にならないから…良いかい?忘れるんだ…良い子だから…」
こ…怖いっ!!紫乃さんの目がマジだ…!!
あたしの肩をがっしり掴み口元に笑みを浮かべていたものの、紫乃さんの目は笑っていなかった。
でもあんな派手な人…忘れろって言う方が無理だと思うけどなぁ…
何があったんだろう。本当…。
*****
「紫乃さんの店に謎のゴスロリ美女!?何それ気になるんだけど!!」
あたしは当然それを誰かに話さずにはいられなかった訳で…こうして目の前にいるこいつに早速話していた。
勿論、あたしの目の前にいるのは伴である。今日も飽きずに宮園家通い…本当好きだなこいつ。
「俺も見たかった~!!美女だろ!?しかもあの紫乃さんの知り合いって…!!」
「男勝りな感じだったけど…」
確かに美人だったがどちらかと言えば『独特で恰好良い女性』って感じだ。ライブハウスとかでヘッドバンキングしながら歌ってそうなイメージだ。
「げっ…それってお前と同類って事?マジかよ…」
「あたしあんな派手じゃないよ!凄く似合ってたけど…」
「ゴスロリは萌えるよなぁ…」
「あたしはあんたに萎えるよ…」
「なんだよ、こうやって足しげく通ってるのに…ちょっとは萌えろよ!ときめけよ!!」
「うわぁ…自分で言う所とか引くわぁ…」
「やめて!ドン引きしないで!!悪かったから!!傷つくんだよそういうの!!」
と、夕飯を食べつついつもの掛け合いタイム…。今日も母は修羅場で仕事部屋に籠り、父は仕事が多忙で会社詰めである。
なので…必然的にこいつと二人で夕飯を食べている訳だが…。きっと夕飯を狙ってやって来たに違いない。
けどさ…こいつ…あたしの作った料理をいつも美味しそうに、それはそれは幸せそうな顔して食べるんだよね。演技ではない心からの幸福感を醸し出しながら。
そんな姿を見るとやっぱり…嬉しい。悔しいが喜んでしまう自分がいて、夕飯を作る時もつい『今日は何が良いかな♪』なんて浮かれてしまう自分もいるのだ。
ああ…なんか納得いかないんだけど。こいつのペースにはまって行っている気がする…。
「…それで?考えてくれた?」
「何が?」
「…俺と付き合う事。昨日あの後うやむやになっちゃっただろ?」
「…あ。」
「…忘れてたんだな?お前なぁ…!!」
謎のゴスロリ美女のせいですっかり忘れた…!!そうだ、あたしは一応…こいつに『付き合おう』と言われていたんだ!!
あ、ああ…今まで忘れてたから良かったけど…。思い出すと急に意識しちゃって変になる!!こいつも忘れてくれていたら良かったものを!!
「…俺、本当に冗談とかその場のノリとかで言ったんじゃないんだけど…」
「で、でも…!!急に付き合うとか言われても…!!だ、大体あたしあんたの事好きかどうかも分かんないのに!!」
「俺もそうだって。」
「はぁ!?じゃあなんで付き合おうとかふざけた事…」
「分かんないけど…好きかもしれないって事。今こうやって一緒にいると楽しいし、なんかほっとするって言うか…変に恰好付けなくても良いし、楽なんんだよ。」
「か、かもって…そんな曖昧な理由で…」
そりゃ…あたしだって同じだ。こうしていつもの漫才染みた掛け合いをして、くだらない話をして夕飯を食べる…確かに楽しいと思う。それに楽っていうのも分かる気がする。
でも…好きかどうかと聞かれると正直『わからん!!』としか言いようがない。だから困るのだ。それに恋愛なんてやっぱり面倒臭いし。
「…でもお前、俺にキスされて嫌だった?」
「は、はぁ!?何をいきなり…!!」
「あの後さ、お前殴り掛かって来なかったじゃん。ま、美空さんの登場でうやむやになったけど…」
「あれは痛かった…」
昨日…あの衝撃的な出来事の後…あたしは暫く呆然としていたが、直後不機嫌マックスな母から後頭部にドロップキックを決められたのだ。
『八つ当たりだぁ~!!ふはははは!!』と高笑いしつつ訳の分からない事を言われ。
「これで少しは俺の気持ちが…ってそんな事はどうでも良くて!!お前さ…俺の事今はどう思ってるの?」
「ど、どうって…別に…」
まただ…こうやって真面目な顔して近くに来られるとドキドキする。こいつがイケメンとかアイドルだからじゃなくて…もっと別な理由だろうか?
その原因が何なのか…それが分からないから困るのだ。いや…あたしがそれを認めたくないだけなのかもしれない。
高鳴る胸の原因を…あたしは本当は知っているんじゃないだろうか??
「い、いやいやいや!!認めん!!」
「そんな連呼する程嫌なのか!?」
「そ、そうじゃなくて…!!そのいやは嫌のいやじゃなくて…って良く分からなくなって来たぁ!!も~!!何なのあんたは!!」
「え!?俺!?」
「う~…あ~…もう!!なんで急に真面目になるかな!!あんたのその顔、あたし苦手なのよ!!」
「はぁ!?元々こんな顔なんだからしょうがないだろ!!」
「そ、そうじゃなくて…!!なんて言うか…あ~!!何か言葉が出て来ない!!」
頭を抱え混乱する。浮かんで来た様々な感情、それを一つ一つ解釈して伝えるのは無理難題だ。だからと言って何もまとめられないまま口に出すとこうなる。
こんな時、伴がメンタリストだったら…。いや、それは嫌だな…。
「そ、そうじゃなくて…別にあんたの顔が嫌いな訳じゃなくて…」
「え?そうなの?」
「見慣れりゃもう普通に見える。」
「それ喜んでいいの!?」
「…えっと…とにかく!なんて言うかその…あんたの真面目な顔が苦手って事で…」
「いや、真面目になるだろ…こんな話へらへらした顔で出来るか!!」
「そ、そうなんだけど…!!」
むしろそんな顔してたら速攻ぶっ飛ばしている。その方がどんなに楽だったか…。
「…なんて伝えたら良いのか分からないけど…あたしは…その…別にあんたと一緒にいて嫌じゃないし…気遣わなくていいし楽だし…」
「じゃあ是非お付き合いを…」
「ってだからなんでそうなるんだって話よ!!付き合うって事がそんなに大事なの?だ、大体あんたアイドルでしょ!?恋愛とかそんなの…」
「…確かに俺は人気絶頂のアイドルでイケメンで、恋愛なんか禁止されてるけど…」
「そこまで言ってない!なんか腹立つ!!」
何をどや顔で少し照れながら言っているんだこいつは…
「けど…やっぱり気になったら仕方ないだろ?俺、多分他の男にお前取られたら嫌だし。絶対後悔すると思う。」
「そんな人いないし…」
「億が…いや万が一って事もあるだろ?黙ってりゃお前だってそこそこ可愛いし…凶暴だけど…」
「…でも…あたしは…」
この際こいつが『凶暴』とか『億が…』とか言いかけた事はどうでもいい。
今目の前にいる伴は真面目な顔をして、真っすぐにあたしだけを見ている…
なんだかそれがドラマのワンシーンを観ている様な…そんな他人事にも思えてしまうのがいけない。
でも…事実事件は現場で起こっている訳だ(なんかどっかの映画の台詞みたいになったけど)。画面の向こう側ではない。
あたしは…怖いのだ。またあの時と同じ結果になってしまうんじゃないかと…。どんなに『好き』だと言っても、結局最後はあたしの男勝りの猪突猛進さにドン引きして去って行く。
恋愛でも友情でも…あたしに付いていけなくなって結局皆の方から見捨てて去って行くのだ。それが今物凄く怖い。
だから例えあたしが本気で伴の事を好きになったとしても、きっと想いは伝えない。そのまま消えてなくなるまでそっと封印して待つのだ。
でも…目の前の伴は違う。思った事はすぐに伝え、結果を出そうとする。人の気も知らないでズンズン突き進んで、相手の心も掴もうとする。
きっとこんな奴にあたしの恐れなんて理解出来ない…だったらやっぱり…
花は咲く前に…根こそぎ取り除いてしまった方が良い。お互い本気で傷つく前に…。
「あたしは…」
ガチャッ!!
そう言いかけた時だった…
タイミングが良いのか悪いのか…リビングのドアが開かれたのは…
「つ、つーちゃん!伴ちゃん!!」
そこには…震える凛さんの姿があった…
服は所々破れたり汚れたりして、あの可愛らしい顔にもかすり傷が付いていた。