第24話 ほんの気まぐれで心許すべからず
文字数 6,490文字
普段ゆるふわ感全開のとても鋭さとは無縁な人が、突然鋭い発言をすると心臓に悪いものだ。
そして今正にそう言う状況な訳で……
伴を見つめる星花町のゆるふわ刑事こと千石さんの目は、正に刑事その物って感じ。口調はいつもと変わらないのに…
「…う~ん…君、本当にただのアイドル志望のイケメン君?それにしちゃ…オーラって言うのかなぁ…纏う空気が何か違うんだよねぇ。只者じゃないって言うかさぁ…」
凄い千石さん…。あの普段オーラゼロ無し男の伴の本質を一目で見抜いてしまうなんて…!!
このゆるふわな瞳の奥にキラリと鋭く輝く刑事の眼差し…長年の勘が彼をそうさせるのだろうか?
「素人君にしちゃ…なぁ~んか目の輝きが違うんだよねぇ…」
「マジっすか!?」
「うんうんマジだよ~?おじさんこう見えても勘は良いんだよねぇ…本当にただの一般人なの~?」
「…それ以外の何に見えるんすか?大体…俺の目からそんな輝きとか…顔には自信ありますけど…」
「いやぁ…君みたいなイケメン君は溢れる程いると思うよ~?最近の若者君は恰好いいからねぇ…ま、確かに君もイケメン君だけど…」
「け、刑事さん程じゃあ…あ、あはははは!!」
「そりゃおじさんには大人の男の色気もあるからねぇ…紫乃ちゃんみたいな爽やかさは無いけどね。」
「…は、はぁ…」
冗談か本気か…伴をからかっているのか…。千石さんはいつものゆるふわっとした口調で少しだけ得意げになってそう言った。
確かに千石さんは黙っていればイケメンさんだ。落ち着いた大人の男に見えなくもない…聡一郎さん程じゃないけど。
「…ま、君があの有沢伴であれただの桐原君であれ…おじさんはどっちでも良いんだけどさ。」
「じゃあなんでそんなに食い入るように見てるんですか…」
「そりゃ…君みたいなイケメン君は目の保養になるからねぇ?おじさん男の子も女の子も可愛い子好きだから。」
「…そ、そりゃどうも…」
「それに…つーちゃんがこんなイケメン君連れ込んでるなんて興味あるじゃん?紫乃ちゃんや忍ちんならまだしも…それ以外でなんてねぇ…?あのつーちゃんが。」
「それは…色々頑張りました!」
「へぇ…頑張ったんだ?君、根性あるねぇ!さすがアイドル志望だけあるな~…」
うわぁ…なんかその言い方…凄く引っかかる…
口では『どっちでも良い』なんて言っておきながらやっぱり千石さんは疑っているらしい…
本物だからどうこうしようってそんな魂胆は無いだろうけど…
「…ほら、帰りますよ…。これで伴君がただのアイドル志望の少年だって納得したでしょう…」
「伴君ねぇ…」
「伴利君だからそう呼んでいるだけで他意はありませんよ。」
「へぇ…まぁ、それなら別にいいけどねぇ…」
今度は紫乃さんに襟首を引っ張られながら、千石さんは面白そうに笑い呟いた…
そんな千石さんに、紫乃さんは変わらぬ爽やかスマイル対応だ。
さすがだ…
「ま、凛ちゃんも元気そうだし…おじさんも一安心だよ。とりあえず皆無茶はしちゃ駄目だよ~?何かあったらすぐおじさんを呼ぶ事~…わかった~?」
『は~い…』
「うん、良い子だねぇ~!」
こうして『星花署のハシビロコウ』こと千石さんは来た時と同じく、ゆるふわっと帰って行ったのだ…聡一郎さんに引っ張られて。
あの人…やっぱり本当は気づいているんじゃないのだろうか?伴があのAZUREの有沢伴だって事に…
いや…気づいているのか?酔っぱらった勢いなのか??わからん!!あの人もゆるふわっとして何を考えているのかわからないもの!!
「あ~…ビビったぁ…マジでバレたのかと思った…」
「…バレてるのかも…」
「マジ!?」
「かもって話よ…」
千石さんを捕獲し、強制帰宅させた聡一郎さん…その二人が帰ると再びリビングはしんとなった。
再度ひょっこり千石さんが現れるのを恐れるかの様に、玄関の方を覗き込む伴の後ろ姿を見つめながら、あたしはふと思った。
なんでこいつの為にあたしまでひやひやしなきゃならないんだ?別に正体バレようが、あたしの知った事じゃないし!そりゃ、ちょっと面倒な事にはなると思うけど…
大体、こいつが現れてから…というか出会ってから、あたしはろくな目に遭っていない気がする。新様のサインをゲットした事以外で思いつくことと言えば…
「…全く思いつかない…」
思わず心の呟きが口を突いて出る…
そもそも何でこうなった?あの見合い(正確には違うけど)の一件からずっと…もう会う事はないだろうって思っていたらこの有様って何?
周りにもすんなり受け入れられ、あたしまでこうやって平気で受け入れる様になっているって?
何か…外堀から埋められて行くってこういう事を言うんだろうか?いや…ちょっと違うのかな??
とにかく、あたしは伴と出会ってから気が休まる事は無い。色々とドタバタして巻き込まれて…
でも…どうしてだろう?うんざりして嫌なはずなのに、何故かいつもの様に一喝して遠ざける事をしないのは…
伴の寝癖の付いた後ろ姿を見つつ、あたしは改めて自分自身に首を傾げた。そして、何故か煩く鳴りだす心臓の音…。
ああ、さっき千石さんがいきなり予想外な事を言うから…今頃になってビックリしたのかな…。意外と鈍いなあたしも。
髪を掻き上げ、何となく恰好付けながら冷蔵庫を開けるとミネラルウォーターの入ったペットボトル(1ℓ)を取り出し片手で蓋を開け…このもやっとした気持ちを流すように一気に飲んだ。
冷たい液体が喉を通り抜け体内に浸透して行くのが心地よい…
「はぁ…お風呂入って寝よう…」
まだ帰っていなかった紫乃さんに宥められながら、リビングの入り口で警戒している伴を放置し、あたしはさっさと風呂場へと向かって行った。
ああ、凛さんなんかソファーで可愛らしく寝息を立てちゃって…。無理もないか。彼も彼なりにストーカーに気を張っていた訳だし…後で客間に運んでおこう。
「はぁ…何か疲れちゃったなぁ…」
湯船に浸かると自然とため息が出る…
温かさの心地よさで目を閉じたらそのまま眠れそうだ…
「って寝るの駄目!!死ぬ!!」
ついうとうとしかけたあたしは、自分で自分にツッコミを入れ慌てて立ち上がった。
ああ…髪の毛下ろしたままだからびしょびしょだ…
あたし黒髪だし、結構長いから…
顔に貼り付いた髪の毛…そんな自分の姿を鏡で見たら某ホラー映画を思い出し急に背筋がぞっとした。
「あ~…寒い怖いっ…もう一回温まってから上がろう…」
バシャンッ!!
結構豪快に、まるでおっさんが温泉に浸かるかの如く湯船に浸かる…
「…そう言えば…凛さん、一通りの事はされたって言ってたよなぁ…って事はお風呂も覗かれちゃったって事か…」
凛さんは色白華奢な見た目は完全に美少女な男性な訳で…。窓越し、湯煙越しに彼の姿を見てもきっと男とは気づかれない事だろう…。
いや、胸は当然まな板だけど…
それともやはりストーカーは凛さんを男と知った上で狙っているのか…?まぁ、逞しくちょっと毒舌だけど基本無邪気で愛らしい性格だし。
「…あたしも…凛さんみたいな明るい髪色だったらもうちょっと可愛げある性格になったのかなぁ…」
黒髪は母親譲り…容姿も性格も全部母親似のあたしは、どうも女らしさに欠け、がさつになりがちだ。しかも面倒臭がりのおおざっぱだし。
そのおかげで男子にはドン引かれるし、あまりの男勝り故か『宮園は一人で一生行けると思うぜ!』と何故か自信満々に宣言されるし…
「…所詮人間は一人なのよ…本当大きなお世話って言うか…」
あたしを見た男子…いや女子も決まってそんな事を言う。あたしは一人でも平気だって。鋼のメンタルだとも。
『お前、一人でも平気だろ?俺はもっとか弱い女の子が好きなんだよ…守ってあげられるようなさ…』
嫌な事を思い出した…
これは…思い出したくない記憶の言葉だ…
『お前といると俺って必要なのか分からなくなるんだよな。何でも一人でするし、頼らない…それって俺の事信用していないって事じゃん。』
ああ、だからなんで今更あいつの言葉なんか思い出すんだ…!!あの記憶は抹殺して封印したはずなのに!!
そうだ…中学卒業と同時にあたしは綺麗さっぱり捨てたんだ。あの時の思い出、あいつとの記憶…何もかも捨てて強く生きてやるってそう決めたのに!!
『ゾノってさぁ、何か逞し過ぎて引くよねぇ…つか暑苦しい?そんな頑張ってて疲れないわけ?』
これも…思い出したくない…
あの時はただ自分の好きな事に一生懸命打ち込みたかった。やるからにはしっかりと最後まで…皆も同じ気持ちだと思っていた。
けど…勝手に突っ走って、熱くなっていたのは自分だけだと思い知らせれた言葉…
『一人突っ走るのは勝手だけど、うちらを巻き込まないでよ。』
あの時の顔は…忘れたつもりでもこんなに簡単に思い出せる…。嫌な記憶程鮮明に残って、直ぐに呼び起こすことが出来るなんて…。
「あ~!!駄目だ駄目だ!!暗くなったら負けだ!!」
ああ、怖い…。何がきっかけで嫌な記憶の扉が開くか分からない!!
あの時の記憶は思い出せば胸糞が悪い…。やっぱりそのまま忘れず引きずったまま生きるのは悔しい。
ここで全てをリセットして、気持ちを切り替えて全てを見返してやるって気持ちが無ければずっとどん底に沈んだまま…
だからあたしは辛い記憶を抹消して、強く逞しく生きて行こうと決めたはずなのに…
いざ前に進もうとするとどうしても逃げ出してしまう…向き合うことを拒否してしまう。
それがあたしの弱さで未熟さで、けどそれは簡単に改善出来ずにいつまで経っても立ち止まったままなのだ。
乗り越えなければならない壁…それを前にして動けずにいる…
そして捨てたはずの物も完全に捨てきれず持て余しているのだ…
「あ~あ…ピアノ弾いて思いっきり歌いたいな…」
天井を見上げ、ぼんやりと呟いた本音が響く…
ほんのり湯煙に包まれた風呂場の中に虚しく…
「じゃあ歌えばいいじゃん。お前のやりたいようにすれば良いんじゃねぇの?」
「!?」
バシャッ!!
それは突然響いて来た…
風呂場のドアの向こう側から…
な、何でこいつここに!?いつから…
「な、何であんたここに居んのよ!?」
「…長風呂過ぎるから様子見に来た。」
「いや、良いよそんな気遣い…良いから出てってよ。」
「俺はお前が歌う姿は知らねーけど、ピアノ弾いてる姿なら知ってるぞ?スッゲー楽しそうにしてた…だから俺も心から楽しんで歌えたんだぜ?」
「いや、今そんな話は…」
「逃げるなよ。何があったか知らねーけど、お前に真っ黒い霧みたいなのがあるのは分かってんだよ…。」
「…それがあったとして、あんたどうしようって言うの?」
「決まってるだろ?俺がそれを全部まとめて吹き飛ばす。そんでお前には嫌でも楽しく歌ってもらう!」
「なんでよ!?」
「俺がお前のそんな姿を見たいからに決まってるだろ?大体、俺があんな楽しそうに隣で歌ってんのにお前だけ歌わないのは狡い!!」
「有沢さん、訳が分かりません…」
というか…あんたの場合、歌うのが本業だろ?おい…。
「とにかく!前にも言ったけど…ムカつくんだよ、そう言うお前見てんの。いつもアイドルだろうがイケメンだろうが構わずぶっ飛ばすくらい元気で逞しいくせに、実は暗いトラウマ設定があるとか…俺スッゲー気遣う!!何か嫌だ!!」
「…嫌なら無理してあたしに会いに来なくても良いんじゃないの?大体、あんた何で今もここにいるの?そりゃ、星花町は良いところだけど…」
「星花町は良いところだ。けど…俺はお前に会いにここへ来てんだよ。」
「だから何で!?」
「…怖い物見たさって言うか…なんて言うか…一日一回は見ないと落ち着かない物とかあるだろ?ほ、ほら!毎日の占いとか!!」
「あたしはあんたにとって毎日の占い的な存在って事…?何それ?」
「…それはあくまで例えであって…あ~!!なんて言うか…言葉思いつかねーからそのまんま言うけど…こうやってくだらない事言い合ったりするのが楽しいって言うか…。調子出ねぇんだって…俺のメンタルとかモチベーションに関係して来るから困るんだよ…。馬鹿…。」
「あ~…面倒くさいわね…。じゃああんたの明日の運勢は大凶で、もう何やっても上手く行きません。これで良い?」
「だから占いから離れろよ!てか大凶って…悪意しかないだろそれ!!」
「ついでに明後日の運勢は…」
「もう良い!!占いに例えた俺が悪かったよ!すみませんでした!!」
「…そう?毎日メールで送ってあげようと思ったのに…」
「それはそれで何かちょっと気になるけど!…はぁ、とにかく…なんだっけ?もう、お前が占いどうのってくだらない事言うから忘れたじゃねーか…えっと…ああ、そう…歌。」
「…ちっ…」
「舌打ちすんな、響くから丸聞こえだぞ…。とにかく、俺はお前見てると何か元気になるって言うか…一緒にいて楽しいって思ってる訳。…あ!べ、別に好きとかそう言うんじゃねーからな!」
「占いの次はツンデレか…乙女ね有沢さん…」
「もうそれいいから!とにかく…そんな訳で、お前にはいつも逞しく元気でいて貰わなくちゃ嫌なんだよ…。そう…友達として!」
「友達ねぇ…」
「だから…その…大事な友達の心の霧を晴らす事ぐらいしてやったって良いだろって話で…。それに俺、やっぱりお前の歌う姿見てみたいんだよ。」
「…面倒臭い奴…一生無理かもよ?」
「それでも!俺はお前と一緒に歌いたいの!!だから…覚悟しとけよ!!絶対俺の隣で楽しく歌わせてやるからな!!」
なんだその台詞は…
ドア越し…うっすらと見える伴の影は立ち上がり、こっちを指さして宣言している様だ。
シルエットだと…何かちょっと滑稽に見えるのは何故だろう?
何だってこいつは…あたしの嫌な事ばかりに首を突っ込んでくるんだろう?しかも一番踏み込んで欲しく無い部分に思い切り…
それはもう図々しいくらいだ。玄関のチャイム何か鳴らさず、多分土足で大股でドスドスと…
腹が立つ、けど…なんでだろうか?怒る気がしない。
あたしはずっと自分で何とか乗り越えなければならないと、そう思いつつも見ないふりしていた。
だから…ずっと一人で何とかしないと、誰にも頼ってはいけないと思い詰めていたのか?
誰かにずっと手を差し伸べてもらうことを望んでいたのだろうか…?こうして無理矢理にでも踏み込んで、引っ張り出して欲しかったのか?
「…勝手にしなさいよ。期待はしてないけど頑張んな。」
気が付いたら、あたしはそんな事を言っていた…
鏡を見たら笑っていたから驚いた。
ガチャッ!!
そして…思い切り開かれる風呂場のドア…
現れたのは目をキラキラに輝かせた伴…
「任せろよ!俺を誰だと思ってんだよ!!」
そう意気込んで開け放たれた扉の前で得意気に胸を張る…
それを見たあたしは当然…
パコーン!!
手近の風呂桶を伴の頭へと直撃させた。
「た、ただの変態だ!この●×△☆※(とてもお言葉に出来ない発言)がぁ~!!」
バシャッ!!
そしてすかさずシャワーの冷水を伴に浴びせ撃退するあたし…
や、やっぱりこいつ最悪だ!!
絶対こいつの思い通りに何かなるもんか!!