第37話 事件はどっかで急に起こって名探偵がいなくとも解決する
文字数 9,227文字
一人の怪しい何者かを追う可憐な女子高生が一人…
湯上りほかほか気分だった可憐な少女は、石鹸の清潔感溢れる香りをまき散らし、生乾きになった黒く長い艶やかな髪を振り乱し一心不乱に走っていた。
片手には空になったフルーツ牛乳の瓶を握りしめ、今にも何者かへと投げつけそうな勢いだ……
そして…そんな可憐な少女の後を追うのは……
「蕾ちゃん!!ちょっと…落ち着きなさい…!!」
奇妙な和装をした爽やかイケメン好青年である…
そしてようやく…彼は可憐な少女の腕を捉えた。
「紫乃さん!離して下さい!!」
「いや、離さないよ。君はまた一人で突っ走って…何かあってからじゃ遅いんだよ?」
「もう事件は起こってるんですよ!!…くそっ、あいつ…逃がさないんだから!!」
「…わっ!?ちょ、ちょっと蕾ちゃん…!?」
可憐な少女…あたしは腕を掴むイケメン好青年…紫乃さんを引きずる様にして再び走り出した。
何故急にこんな追撃シーンになっているか??
それはついさっきの話になる……
凛さんのブリーフ…いやトランクスが盗まれ、一同凛さんを慰めていた訳だが……
奴が急に立ちあがり顎に手を当て言い放ったのだった。
「凛さんの下着が盗まれたってことは……犯人はまだこの近くに居る可能性が高い……」
そうやたら芝居がかった雰囲気で呟いたのは…勿論伴である。
いつぞやの『和製ホームズ』の様に……それはまるで彼方少年が華麗に推理しようとしている場面そのままであった。
「まぁ、伴ちゃん!まるで和製ホームズの様ですわね!!」
「バーカ…あいつが有沢伴な訳ねーよ……でもちょっと似てるかも……」
と、どうでも良い事に気づき食いつく緋乃と忍……
釣られて凛さんも…一瞬だけ目を輝かせ伴を見ていた。
「…やべ(小声)……と、とにかく!犯人がまだこの近くにいる可能性は高いだろ?紫乃さん?」
「…そうだろうね……俺達が風呂から上がった時、凛君の着替えはまだ綺麗だった……。俺達はその後当然着替えて…サウナに入っている凛君を残して男湯を後にした訳だけど……」
「犯行はその後から凛さんがサウナを出るまでの間……」
サウナから出た凛さんは…シャワーで汗を流し、脱衣所へ向かったのだが、着替えようとした時違和感を感じたと言う。
綺麗に畳んでかごの中へ入れていたはずの着替えが乱れていたのだ。それもあからさまに『何か探していました』と言う感じで。
当然何か取られていないか等心配し、確認する……そして、結果……貴重品を盗まれる代わりに、大切な物を失ってしまったと言う…痛々しい結果になった訳だ。
「俺達ロビーに居たけど怪しい奴なんて入って来なかったぞ?」
「あたしも…特にそう言う奴は見かけなかったけど……ね?緋乃、お母さん?」
男湯に入りに来る客なんて顔見知りで昔から馴染みのある人達ばかりだ。勿論、女湯もだが。
そんな近所の馴染みある人々が今更凛さんに悪戯しようと考えるのは…あり得ないと思う。と言うかそう思いたい。
あたしの言葉に緋乃と母は揃って頷くと、紫乃さんもそれに同意するかの様に頷いた。
「…俺も特に気になる人はいなかったけど…凛君は?」
「俺も皆と同じだよ。俺の事じろじろ見てたら分かるし…そんな人いなかったよ。」
凛さんも首をふりふり……
それを見て紫乃さんは再び頷くと、今度は忍へと目を向けた。
「うん…ついでに…一応忍…お前はどうだ?」
「…俺に聞くの?別に変な奴は…俺風邪引いてて怠かったし…殆ど風呂入りながら寝てたし……」
「だろうね…うん、一応聞いただけだよ。期待はしてない。」
「だったら聞くなよ…うぜー……」
確かに…良く見れば忍はいつもにも増して気怠そうだ。鼻を啜り、目がいつも以上に据わっているのが怖い……
うわぁ…眼鏡してないけど怖っ……
そんな時だった。突然、何者かが入口へとダッシュして逃げて行ったのを見たのは……
なんだ?このありがちなお間抜けな展開??
当然あたしは動いた。言葉を発するよりも先に足が動いたのだ。
「あいつ…!!」
「蕾ちゃん待って!!」
「安心してください!必ずや怪しい奴を捕まえてボッコボコ…いや、丁重に注意して凛さんの前に引きずり出して見せますから!!」
「お兄さん何一つ安心出来ないよ!!」
止める紫乃さんにガッツポーズをし、あたしはそのまま再び走り出す……
そして……
「伴君…君までお兄さんに心配掛けさせないでくれるかい?」
「え…で、でもほら…あいつ女の子だし!一応!!男の俺がいざって時守ってあげないと…!!」
「俺がやるから…君は大人しく待ってなさい。緋乃、伴君を頼むよ。」
「え!?そりゃないっすよ!!」
笑顔で緋乃の名を呼ぶ紫乃さん…。伴は緋乃の細い腕にがっしり捕らわれ引きずり戻されたと言う。ついでにフルーツ牛乳もご馳走になったとか。
それで…まぁ…こうなった訳だ。
「…蕾ちゃん…あのね…君、この間どうなったか覚えてるかい?」
「キモオタのへなちょこ攻撃なんぞなんともありません!」
「あれはたまたまだろ!!とにかく…あんな事もあったんだし、君はこのまま帰って後はお兄さんに任せなさい!!お願いだから!!」
「紫乃さんに何かあったらどうするんですか!?緋乃にも静乃にも合わす顔がありませんよ!!」
「お兄さんは君みたいに突っ走ったりしないから大丈夫です。だからこれ以上引きずらないで…!!」
「紫乃さんがあたしの腕を離せばいいんです!!」
「それは絶対出来ない!!」
心配性の保護者の意地なのか…紫乃さんは頑なにあたしの腕を離そうとしない。
この人も意外と力あるんだよね……引きずられてるんだけどさ。半分は。
「…とにかく!お説教なら後で何時間でも聞きますから!!あいつをぶっ飛ばせ…いや、捕まえさせて下さい!!」
「だからそれで君に何かあったらどうするんだ!?ここはお兄さんに任せなさい!!」
「大人げないですよ?紫乃さん?」
「それはこっちの台詞だよ。」
そんな言い合いをしている間も、あたしは走り続け紫乃さんはあたしに引きずられながら説得している。
傍から見たら何をしているんだと言われんばかりの状態だが……あたし達は睨み合い走り続けていた……
こうしている間にも何者かとの距離は縮まって行く……
と思われる……
「…ちっ!!しつこいんだよ!!」
何者かは振り返り、あたし達の姿を見てありがちな台詞を吐き捨てた。
やっぱり男か……声や背格好からして……
「…止まりなさい!!このブリーフ泥棒!!」
「蕾ちゃん……」
「あ、違った…えっと……トランクス泥棒!!」
「…もう好きにしなさい。」
呆れながらそう呟いた紫乃さんだったが、あたしの腕をしっかり掴んで離さない……
「…お、大きな声で言うんじゃねーよ!!」
「恥ずかしい事している自覚があるんならとっとと自首しなさいよ!!変態ストーカー野郎!!」
「へ、変態ぃ!?お前ふざけんなよ!!」
「あたしは間違った事言ってない!!」
あれだけの事をして変態じゃないと言えるだろうか?否!!
この状況で否定するとは図々しい奴だ……
「紫乃さん、腕離して下さい…」
「…はいはい……仕方ないなぁ…」
もう何を言っても無駄だと思ったのか、今度は紫乃さんも大人しく従ってくれた。
紫乃さんの手があたしの腕から離れた…その直後……
あたしは走り出し…地面を蹴り上げる……
「己の行いを省みろ!!この変態ストーカー野郎!!」
「!?」
ドカッ!!
あたしの放ったドロップキックが見事相手の後頭部へと命中した。
その何者かは……前のめりに吹っ飛び、ちょうど目の前にあったゴミ捨て場へと突っ込んだ。
誰かがこっそり置いて行ったゴミ袋が数個…そこにまともに激突し、漫画の様に滑稽にそれは倒れ込んだのだった。
…ちっ…電柱には激突しなかったか……
「お~…相変わらず凄いねぇ……」
「…正義は勝つんです!!」
「正義って言うのかな…まぁ、悪い人(らしき人)を捕まえたって事で良いのか?」
「いいんです!!」
冷静な紫乃さんのツッコミに、あたしは鼻息荒く頷き答えると、大股で倒れ込んだ何者かへと近寄った。
さて…これだけ手こずらせてくれたんだ……
どんな顔をした変態なのか…じっくり拝んでやろうじゃないの……!!
いつぞやの誰かさんの様にジャージ姿にフード付きパーカー…しかも全身黒ときた。勿論フードは目深に被られ、サングラスにマスクまでしている。
あれ…??この人……??本当にストーカーか?うっかり付いて来ちゃった伴じゃないの??
「…なんだってあたしの周りの怪しい奴ってこんな恰好の奴ばっかなんだろう……?」
「…いつぞやの伴君を思い出すね……彼の場合は赤だったけど…」
「そうだ、あいつは赤だったわ!だから変に目立ってたんだ!!」
と…今更ながらどうでも良い事を思い出す……
当たり所が悪かったのか…犯人…らしき人はピクリとも動かなかった。
やばっ……やりすぎた??せめて池でもあれば良かったんだけどなぁ……
「…紫乃さん…もしかしてこいつ死……」
「可憐な少女のドロップキックで死ぬ人はいません。当たり所が悪かっただけだよ。」
「可憐だなんて!!もう!紫乃さんたら!!」
「…そこは照れるんだ……本当蕾ちゃんは面白いなぁ…」
「て、照れてませんよ!!」
「内股になってるよ?」
「だ、だから違いますってば!!」
…とまたもや紫乃さんとくだらない言い合いをしていると……
突然、足元に転がっていた犯人…らしき人が目を覚まし…そのまま再び逃走を図ろうとしたのだった。
「はい、逃げちゃ駄目だよ~?」
「え?」
逃げられる…!!そう思った瞬間だった。
犯人…らしき人は振り返り走り出そうとした直後、誰かとぶつかり…投げ飛ばされたのだった。
いや…正確には背負い投げされた…と言った方が良い。
ズダンッとそれは再び地に落ちた…不法投棄されたごみ袋の上に……
「ふ~…いい仕事したなぁ…」
『千石さん!?』
華麗に犯人…らしき人を背負い投げしたのは千石さんであった。
いつものゆるふわっとした空気を醸し出し、大袈裟に額の汗なんか拭う素振りをしながら…その人は立っていた。
さ…さすが『星花署のハシビロコウ』!!いざって時はなんて俊敏な!?
「あれ~?紫乃ちゃんにつーちゃんじゃ~ん!こんばんわ~、仲良しだねぇ~?」
「いやいや!こんばんわじゃなくって!!」
「なんですかあの技!?正さんいつの間にあんな事…」
「え~?あはは~、おじさんもやれば出来る子なんだよねぇ…あ、腰痛いかも……」
「…あ、よかった…千石さんだ……」
「慣れない事するからですよ…正さん。」
一瞬格好良いイケメン刑事がいると錯覚したが……
やっぱり千石さんは千石さんであった。
*****
「へ~、君猫の湯さんの息子さんなんだぁ…」
「う、うるせーよ!!」
場所は変わり猫の湯にて……
何故かそこで千石さんによる取り調べが行われていた。
えっと何故??星花署でやれば良いものを……と思うかもしれないが……
それは千石さんが腰をぐきっとやってしまったからである。紫乃さんに運ばれ、ここまでなんとかやって来た。
「…
「ば、ばっちゃん!?」
あれ…??息子じゃなくてお孫さん??
そうだよね…猫の湯の猫田夫婦はどう見てもおじいちゃんおばあちゃんだし。
「…正さん、ごめんよ。うちの馬鹿孫が…凛ちゃんも…なんだか色々怖い思いしたんだって?」
猫田妻…トキさんが秀吉(看板猫の雄サバトラ)を抱っこしながらロビーに現れた。
普段の温厚でにこにこした優しいおばあちゃん姿からは想像出来ないくらい…孫を見る目は鬼に等しい。
「…だってばっちゃん…俺…悔しかったんだよ……」
「何が!凛ちゃんはね…こう見えても男の子なんだよ。諦めな!!」
「ちげーよ!!そんなの知ってたさ!!」
トキさんに怒鳴られ、ストーカー野郎…勝さんは怒鳴り返し、きょとんとしている凛さんを睨み付けた。
「こんな…どう見ても女…というかもうどっからどう見ても美少女みたいな奴に……あいつ夢中になってたんだ!!だから俺とは付き合えないって…」
「はぁ!?あんた…彼女なんていたの?」
「告白したら断わられたんだよ!!俺、結構モテるし…自分で言うのも何だけど…イケメンだろ?」
「まぁね…父ちゃん似ていい男だからねぇ…」
と、トキさん。孫馬鹿フィルターを炸裂させ頬なんざ赤らめ頷いた。
おいおい……。確かにまぁ、ちょっとはイケメンかもしれないけど…あたし、鳥肌すら立たなかったぞ?
「あんたも若い頃はそりゃもういい男でねぇ…」
「よ、よせやい…馬鹿野郎…」
おいおいあんたもか…猫田夫…シゲさん……。
何故か急にラブラブな空気を醸し出し頬を染め合う猫田夫妻……
ああ、はいはい。ご馳走様です。
「…納得いかないだろ!!こんな奴に俺が負けるなんて!!だからちょっと怖がらせてやろうって…そう思ったんだよ!!」
「だからってあんた!下着盗む変態がいるかい!!」
「う、うるせえな!!体が勝手に動いたんだよ!!」
へ、変態だ……!!やっぱりこいつ駄目だ!!
体が勝手にって…どんな言い訳だよ!?
「…じゃ、じゃあ…もしかして…やっぱり……俺のブリーフとか盗んだのって……」
「俺だよ…!ちなみに風呂場覗いたり、寝込み襲おうとしたのもな!!」
「…え?キモイんだけど……!?」
「うるせえよ!!女みたいな顔しやがって!!全部お前の顔が悪いんだ!!可愛すぎるんだよ!!」
ふるふる震えていた凛さんは……衝撃的な真実を聞いた事により……ではなく……
ある禁句ワードを耳にしてしまい怒りに再びわなわな震えだす……
彼にとって『可愛い』『女みたい』は禁句である。それをうっかり口にしてしまったが最後……
バキッ!!
「ごふっ!?」
彼の拳の餌食になる事は間違いない……
出た!!凛さんの右ストレート!!『リンリンパンチ』が!!……と、これはこっそりあたしが命名した。
「酷いよ!!俺、気にしているのに!!」
と…涙目でぷるぷる震え、睨み付ける凛さん……
どっからどう見ても美少女にしか見えない………
「も~!!正ちゃん!!逮捕とか良いから俺にボッコボコにさせて!!」
「…凛ちゃん、落ち着いて~…おじさん腰やばいし声響くのよ……」
「正ちゃんの腰、もっと悪くしちゃうよ!俺その上乗っちゃうからね!!」
「や、やめて~!!いや、普段は美味しいけども!でも今はやめて!」
「じゃあこいつボッコボコにしていい!?」
「それもやめて~!!」
凛さんのパンチ一発でノックアウトした変態ストーカー野郎事勝さんは未だ目覚めず…
凛さんは怒り狂い、千石さんは腰の痛みと闘い……
猫田夫妻は孫の失態に涙流して嘆き始め……母と一緒にやけ酒をし始めた。
忍は忍でおねむの時間。緋乃の膝枕で幸せそうに眠っている…そしてそれを暖かい眼差しでみつめる緋乃……
あんた達も幸せそうだな…おい……
あ、あれ??そう言えば……
「紫乃さん、あいつどこ行ったんですか?」
「…あれ?そう言えば……」
いるはずであろうあいつの姿が見当たらない事に気づき、あたしと紫乃さんは首を傾げた……
確か出掛けに紫乃さんが『緋乃、伴君を頼むよ』と言っていた様な……
「緋乃、伴君はどうしたんだい?」
「…ああ、伴ちゃんなら…私特製ブレンドのフルーツ牛乳を飲んでいますわ?今頃皆さんに忘れ去られたと言って一人いじけているんじゃないかしか?うふふ。」
「…緋乃…お前特製ブレンドってまさか……」
「…はい、美空さんや兄様も大好きな日本のお酒を少々混ぜた…意外と伴ちゃん泣き上戸ですのね?うふふ。」
『うふふじゃない!!』
全く悪びれもせず楽しそうにのほほんと…緋乃は忍の寝顔を見ながら微笑んでそう言ったのであった。
「伴君!?」
「伴!?」
奥の和室の休憩スペース(猫田夫妻の休憩室)へ行くと……伴はすっかり出来上がっていた。
「…なんだよ…皆して楽しそうにしてさ…ひっく…俺だって、俺だって皆と遊びたいよ!ヒデーよ!!」
うわぁ…空気重っ!?何このじめっとした今にもきのことか生えて来そうな雰囲気!?
「伴君…悪かった!お兄さんが悪かったから!!」
「ば、伴!ほ~ら!!キャプテンバニーだよ~!!」
こうしてあたしは……
その後紫乃さんと一緒に、酔っぱらっていじけまくる伴を一晩中宥めたのであった。
事件は解決…したが……
なんなんだ??この納得いかないオチは??
*****
カランコロン♪
凛さんのストーカー事件も無事解決し、何だかんだで騒がしく慌ただしい一夜が明けた翌日…
眠い目を擦りながら、あたしはいつもの様に金木犀へとやって来た。
「お、帰って来た。」
「…あんたなんでいるの?」
あたしを出迎えてくれたのは、紫乃さんでは無く伴であった。勿論いつものオーラ無し男バージョンで。
「昨日はなんて言うか…お見苦しいところを……」
「…いや、いいよ……今回は緋乃のせいだし…」
「緋乃ちゃん怖いぜ…笑顔でフルーツ牛乳何本も勧めてくるんだ……」
「お、おお……それはまた大変な…」
昨日の事を思い出したのか…伴はがくがく震えていた。
やっぱ紫乃さんより緋乃が一番恐ろしいのかもしれない…あの子は何をするか想像出来ないし。
「やあ、蕾ちゃん。今日も逃げずによく来たね。偉い偉い。」
「…逃げたら逃げたで地の果てまで追って来そうなんで……」
「あはは、分かってるじゃないか。あ、今日は伴君も一緒に勉強するかい?」
「あ、いいんすか?よろしくお願いします!」
「はい。じゃあ始めようか…?」
紫乃さんもさすがに今日は少しだけ眠そうだ。昨日一晩中伴を宥めていたから無理もない。
「お疲れ様、そうだ…凛のストーカー捕まったんだって?良かった。」
「はい、何だかんだで千石さんが止めを…刺したんですけど最終的にあの人も刺されちゃったっていうか…」
「ああ、ぎっくり腰だって?あの人…本気出せば恰好良いのに勿体ない……」
コーヒーを差し出しながら、凛さんのストーカー事件の事を話す聡一郎さん。相変わらずのイケメンだ。
「でも、お兄ちゃん。刑事になったのって千石さんに憧れてたからなんでしょ?」
「え?そうなんですか?意外だなぁ!!」
ひょっこり現れた珠惠の発言に、紫乃さんは面白そうに笑顔で反応した。
確かに意外だ…。こんな真面目な人があんんあゆるふわさんに憧れるだなんて…。
「馬鹿…あの人普段はあんな感じでどうしようもないけどな…いざって時は本当頼もしい人なんだよ。俺も何度助けられたか……認めたくはないけど、あの人は凄いんだよ。」
『へ~え…』
「お前達…信じて無いだろ……」
あたし達が揃って気の無い相槌を打ったからか……聡一郎さんは呆れてカウンターへと戻って行ってしまった。
確かにあの背負い投げは恰好良かったけど…その後ぎっくり腰だもんなぁ……そこが千石さんらしいけど。
カランコロン♪
「あ!凛さん!!」
「みんなお疲れ様~!!」
と、そこにちょうど良く現れたのは凛さんだった。
今日はオフなので立ち寄ったのか……
「…こんにちわ。」
凛さんの隣にはもう一人……
ミディアムストレートのクールビューティーな女性が一人…。タイトなスーツ姿が良く似合っている。
「えっちゃん、ここが俺のバイト先だよ!いいところでしょ?」
「ええ、落ち着いた雰囲気で……」
にこりともせず、しかし声には少し穏やかさが含まれている……
凛さんの隣の美女は店内を見回し頷くと、あたし達を見た。
「…皆さん、凛君の事でご迷惑をお掛けしたようで…申し訳ございませんでした。」
「ちょ、ちょっと!えっちゃんが謝ることじゃないでしょ!!お、俺が悪いんだし……みんな、ごめん…ありがとう。」
深々と二人揃って頭を下げると……
……ってなんだこれ??この女の人は…もしや凛さんのお姉さんか何か!?
「凛…その人は?」
「あ!そっか!!紹介してなかったよね!!」
聡一郎さんの問いに、凛さんは慌てて頭を上げると笑顔でその美女の腕を組んだ。
「
「どうも…よろしくお願いします…」
え…ちょっと待て……
ど、同居人!?てことは彼女さん!?
あたしだけじゃない…そこにいる誰もが静止し、美しくもアンバランス過ぎる二人に目を向け固まっていた。
「…今回の事は私にも原因があります。あの馬鹿男が変な勘違いをしてこんな事を……」
「まぁまぁ、こうして解決したんだしいいじゃん!俺一発殴っちゃったし!!」
「そ、そう?なら……」
凛さんの満面の笑みを見て、美女…雛罌粟さんも少しだけほっとした様に笑みを浮かべ頷く……
見つめ合う二人は何処かほんわかして幸せそうで……
ーーってちょっと待て!!
「凛!お前彼女がいたのか!?」
「凛さんなんでそんな大事な事!!」
とまず騒ぎ出したのは皐月兄妹だ……
「凛さんマジっすか!?超美人じゃないっすか!?」
「伴君…食いつき過ぎだよ……びっくりしたけど…」
「…凛さんも男の子なんですねぇ…」
と……それぞれ好き勝手言い出す……
その後、凛さんの彼女(?)の話題で盛り上がったのは言うまでも無いだろう。もう勉強どころではない。
ああ…今日も今日とて平和だなぁ……
やっぱり人生…平穏で平和が一番だ!!