第54話 人間やっぱり元気が一番
文字数 5,305文字
そしたら心の中で眠っていた
何か
がめちゃくちゃ引っ掻き回された気がして、余計に気持ちが悪くなってきた。体が弱れば心も弱るのは本当だ。これはあたしの尊敬する新様も言っていた。
き、鍛えねば……!!ここの所勉強勉強で運動なんて体育の時間でちょこっとするくらいだったし。おかげでお腹の肉も……に、憎い!!肉だけに!!ってちょっと痛い洒落まで出て来てしまった!!
とにかく、あたしは決意した。まだ熱で朦朧とする意識の中で……。治ったら絶対運動する!!っと。
「マッソーマッソーでも買おうかな……」
目を覚まし発した第一声がこれである。
ちなみにそのヘンテコなネーミングの物は、今話題の筋トレ器具である。ほらあの…ワン●ーコ●みたいな。
「…お、お前それ以上何を鍛えるんだよ!?」
そんなドン引き丸出しの声を発したのは…伴だった。いつの間にやって来たのか、枕元にちょこんと正座なんかして。あたしを化け物でも見るかのような表情で見下ろしていた。
「…心身ともにマッソーに……」
「大丈夫だよ。お前大丈夫だから。」
「でも体が弱っちゃ心も弱るって新様が……」
「また新ちゃんかよ。まぁ…一理あるけど……」
あたし、高校生でありながらSNSにはかなり疎いのだが新様のブログだけは毎日欠かさず読んでいる。日々の生きる糧となるのだ。
ちなみにAZUREのブログは全く読んでいないし、Tubuyaitterもフォローすらしていない。新様のは勿論フォロー済みだ。
「やっぱり毎朝野菜たっぷりのグリーンスムージー作って飲まないと……!!あ、これもね。新様が毎朝やっててね!今朝はお孫さんと一緒に作ったんだって!!」
「すっげぇ目ぇ輝いてんぞ!!俺のも見ろよ!」
「ごめん一回も見てない。興味ない。」
「だと思ったよ!!」
「あ、でも九条さんのは何度か見た。」
「なんでだよ!!俺は!?」
「静乃がなんかチェックしてるからついでに。何だかんだ言ってさぁ…静乃も幼馴染が気になるんだねぇ……」
「お前も気にしろよ……」
「え?気にしてるよ……。忍に緋乃だよ?気にならない訳がないじゃん。」
「幼馴染じゃなくて俺の事!!」
「…う~ん……難しい問題だな……」
ほぼ毎日会ってるし。それをわざわざSNSで日々の行動をチェックするのも面倒臭い。
あ……伴ちょっと寂しそうだ……
仕方ないな…今度ちょっと見に行って気が向いたらフォローしてやるか。
「俺も作ろうかな…スムージー……」
「黒沢さんに作ってもらうんでしょ…どうせ……」
「いや、茨ねーさん。あの人良く家来てはなんか美味いもん作ってくれるから。他からっきしだけど。」
「…え?意外……。だったら紫乃さんにも作ってあげれば良いのに……」
「ああ、一応紫乃さんの担当さんらしいからなぁ……」
「写真?」
「それもあるけど、あの人普段は出版社に勤めてるから。小さい会社で…聞いたことないと思うけど『
「…緑泉出版って……あの『ホストビル』の!?」
「何そのビル名!?」
「い、いや…あたしも噂だけ……。スマイル商店街に佇む古びたビルで、なんでもそのビルの関係者がイケメン率高いって話で……。あたしもついうっかり中に入ったことがあるんだよね。一階が書店だし。」
「マジか……?で?ど、どうだった?」
「…店員さんがイケメンのお兄さんで鳥肌立った。」
「やっぱりか。」
「ちなみに二階は古びた食堂で三、四階が出版社で…一番上が謎のヒーリングショップ……」
「お前なんでそんな詳しいんだよ……。気になるなそのビル!!」
「食堂は見た目の割に結構美味しいと評判……」
「益々気になる!!」
「でもビルの隣のコーヒーショップのコーヒーは不味い…。サンドイッチとか他のは美味しいけど……」
「そっちも気になる……!!」
星花町自体がそもそも少し変なのだ。こんな妙な噂付きの場所が結構多く昔から存在している。スマイル商店街の中だけでも謎のお店とか結構見掛けるし。
「…俺、この町に引っ越そうかな……。なんか気になるわぁ。星花町の不思議スポット。」
「治ったら案内しようか?あ…でもこう言うのは紫乃さんが詳しいなぁ……。その場所のエピソードを交えて解りやすく説明してくれるし……」
「…紫乃さん詳しいってそれ…
あっち系
の奴なんんじゃ……。怖いんだけど……」「だってしょうがないじゃない。紫乃さんあっち系が
本職
なんだから。怖いけど……」今更だけど…紫乃さんは祓い屋さんだ。本職は。なのでたまにこちらにもそれ系のお客様がいらっしゃることがある。
祓い屋としての紫乃さんの顔…それは未だ見た事も無いので全く想像がつかないけど……。何かお札とか狂ったように振り回して霊と闘ってたりするのかな?
いや……あの人の場合。どんな悪霊だろうと恐ろしい笑顔で取っ払ってしまいそうだ。
「お望みなら案内するよ?今からどうかな?」
と、ここでやっぱり登場するのが紫乃さんらしい。
どこから会話を聞いていたのか……。音もなく現れにっこり佇んでいた。月をバックに。
「よ、夜とかマジで勘弁!!夏でも無いのに肝試しとか……」
「なんだ。伴君もお化けは怖いのかい?茨さんの従弟だからてっきり俺と同じ何かがあるのかなぁと……」
「あ、あるのはねーさんと楓だけだよ!!あ、あとその下の双子の弟もだけど……!!とにかく俺は普通の健全なアイドルだよ!!霊感アイドル…ってのもちょっとおいしい…いや!絶対嫌だ!!」
「はいはい、わかってるよ。でもそんな怖がることは無いと思うけど?情が移って深入りし過ぎるのも良くは無いけど……君を見守る善い霊もいるんだから。」
「そ、それって守護霊って奴……?」
「そうだね。ちなみに君の後ろに居るのは……」
「い、いい!!気になるけど……いいっす!!いらない!!」
「はいはい。あはは、伴君も面白いなぁ!こんな事で怖がるなんて…君もまだまだ可愛いね?」
ポンポン……
うわぁ……思いっきり子ども扱いされてる……
紫乃さんの伴を見る目の温かく優しい事……まるで本当のお兄さんの様だ。
「…紫乃さんって俺の事完全にナメてますよね?」
「酷いなぁ……。俺は俺でちゃんと伴君を尊敬しているよ?ただ可愛いからついね。」
「それやっぱ馬鹿にしてるし!!あ、頭撫でないで下さいよ!!」
紫乃さんの手を振り払うも、顔を真っ赤にし目を背ける伴の姿は何と言うか……
ちょっと可愛い……かも……?
テレビじゃ絶対に見れない表情だ。
「…さて、伴君が来て蕾ちゃんも少し元気が出たみたいだし。夕飯にしようか?蕾ちゃんもさすがに少しはお腹空いてきただろ?」
「あ…そう言えば……」
「うんうん、良い事だよ。」
笑顔でついでにあたしの頭もポンポン撫でる……
本当、この人もこの人で……何て言うかなぁ……
「…俺、絶対紫乃さんの弱みを掴んでみせる……」
「無理だよ…それ、返り討ちに合うだけだから。」
伴の無謀な誓いを、あたしは即座に否定してやった。
彼の今後のためを思って……
「…それで?あんたはいつ帰るの?」
「え?」
夕飯が済み、軽くシャワーを浴び着替え再び居間へ戻ると、まだ伴が居座っていた。琥珀と猫じゃらしで遊びながら我が家の如くだらっとして。
「う~ん、泊ってく。安心しろよ。やっさんにも言っといたし、紫乃さんも了承済みだし。」
「泊ってくのね。なんかそんな気がしたわ。けど…よく許可してくれたわね?やっさんって確か黒沢さん…マネージャーさんでしょ?」
「うん、まぁそうだけど。あの人俺のもう一人の父親みたいな人だからさ。俺がこんなちっさい時からの付き合いで、親が居なくなる前から何だかんだで面倒見てくれてさ。だからまぁ、俺を理解してくれてるっていうか……事情説明したら……」
「そういや前そんな事言ってたわね。黒沢さんて顔に似合わず……いや、ちょっと厳ついけど紳士的な優しいおじさんって感じだよね。」
「そ。やっさん意外とジェントルマンなんだよな。紫乃さんもそうだけど…なんつーかこう…」
「硬派?」
「そう!それ!!媚びずにけど優しさと思いやりを忘れないっつーか……カッコいいよなぁ。」
「そうだねぇ…伴君は到底なれないねぇ……」
「そうそう俺には到底っておい!なれるから!!俺だってやる気だしゃなれるから!!」
「…うんうん、よしよし。」
「紫乃さんみたいに頭撫でんなよ!!何その暖かい目!?何か嫌!!」
なんとなく紫乃さんの真似をして伴の頭をポンポン撫でてやる。やっぱり柔らかい。琥珀の毛並みの様な肌触りで気持ちいい。
こいつ猫っ毛か?そう言えば寝癖とか付きやすいって嘆いてたな…前。たまに寝起きの頭が凄い事になってるし。あれは笑えた。
「伴君、布団敷いといたからちゃんと寝る時は客間で寝るんだよ?」
「あ。ありがとうございます。てか俺が敷いたのに…なんかすいません。」
紫乃さん、原稿でも書いているかと思ったらそんな事を……
「俺は緋乃を迎えに行ってくるから、ちゃんと蕾ちゃんを休ませてあげるんだよ。いいね?」
「は~い。」
「くれぐれも一緒に寝ようとか思わないこと。伴君まで風邪引いたら俺は黒沢さんと時君に会わす顔が無いよ……」
「は、は~い……」
肝心なところはちゃんと釘を刺す……さすが紫乃さんだ。
一瞬鋭い表情になったが、またすぐにいつもの穏やかな表情に戻るから凄い……
「あ、俺が緋乃ちゃん迎えに行きましょうか?」
「いいよ、俺が行きたいから。」
「あ、そっすか……」
「まぁ、蕾ちゃんの事も心配なんだけど……。うん…でも……そうだな。じゃあお言葉に甘えてそうしてもらおうかな。」
「え?」
ふとそう言いかけ、紫乃さんは思い直したかのように笑顔でそう言うと伴を見た。
「俺も正直仕事詰まっててさ…。ここで蕾ちゃんの看病を理由に原稿の締め切りを延ばすのもいいかなぁなんて思ったんだけど……」
「紫乃さんそれ駄目です。」
「あはは、冗談だよ。」
いや…絶対本気だ……
伴の最もなツッコミに笑顔で否定する紫乃さんを見て、あたしは確信した。口にはしないけど。
「まぁ…それを理由にしてもきっと締め切りは延びないと思うしね。絶対。」
「…それってねーさん関係してます?なんて言うか…すんません……」
「いやいや、茨さんも仕事だからね。と言う事で…お願い出来るかな?」
「あ、はい!勿論!!」
ピンと背筋を伸ばし、伴は頷くと居間を出ようとした…
が……その肩をがっしり掴んだのだった。紫乃さんが。
「伴君、一応言っておくけど……」
「は、はい?」
「緋乃に指一本でも触れたらどうなるか……わかっているよね?」
「そ、それはもう!てか心配いりませんから!!」
「だよね。あはは、ごめんごめん!伴君に限ってそんな事しないよね。いってらっしゃい。」
「い、いってきまぁ~す……ははは……」
恐るべし妹馬鹿……!!笑顔で釘を刺すのが紫乃さんらしいったらない。
ああ……伴大丈夫かな?なんか凄く気の毒になってきたんだけど。
「…紫乃さん。伴で遊びすぎですよ?良い大人が……」
「だって面白いから。蕾ちゃんは弱っているからからかえないし……」
「笑顔でなんてことを……。ひょっとして煮詰まってストレス溜まってるからって伴で発散してます?」
「嫌だなぁ!お兄さんはそんな大人げない事しないよ?ほら、蕾ちゃんはもう寝なさい。」
「…目反らしてますよ?」
……大人げないなぁ……気持ちは分かるけど……
「…あ、そうだ。眠れないなら俺が隣で本でも読んであげようか?」
「本って……怖い話オンリーですよね?それ?」
「俺の最新刊とかどうだい?『妖怪忌憚』って言うね俺が遭遇した妖怪をもとにその真相と何故彼らはそこに住み憑き……」
「結構です。妖怪って……紫乃さん会った事あるんですか?それこそ幻じゃ……」
「ふふふ……蕾ちゃんも興味あるんじゃないか。素直じゃないなぁ!」
駄目だこの人……本当こういう話になると駄目だ。
あたしは冷静に受け流し、大人しく床に就くことにした。紫乃さんの妖怪談義が始まる前に。
ああ…明日には熱も下がって完全復活するといいな……
せっかく色々とやる気になって気分も上がって来たところだって言うのに……
よし!やっぱ治ったら鍛えよう!!色々と!!