第51話 腐ってもイケメン
文字数 3,381文字
秋風が冷たく吹いているはずなのに、何故かあたしは全身がぽかぽかして熱いくらいだ。
目の前にはあの有沢伴。あたしをきつく抱きしめていて、しかも極上の最高に眩しい笑顔を浮かべている……
ドラマの撮影?いや違う。これはドラマの様でドラマでは無くまして漫画でも無く……紛う事無き現実であった。
それを意識するとまた……心臓の音の煩い事……
背中に回された腕と押し付けられた胸の体温も伝わって来る……服の上からとは言え熱いのは何故か?気のせいか??
ただ…あたしはそれを押し退ける事も、殴り倒す事もせずにじっとしている。心はこんなにも落ち着かないと言うのに。
しかもこいつ……何でか良い匂いがするし……
なんだ?この香りは??香水…??だけじゃ無いような……
「…お前さ…こう言う不意打ちに弱いのな。」
「へ?」
耳元でそう言われ、あたしはまた間抜けな返事をしてしまった。
話す時はちゃんと人の目を見て話さんかい!耳元とかなんか落ち着かないじゃん!!
そう言って殴ってやりたかったが出来ない。
「…前もこういう事あっただろ?そん時もお前殴らずじっとしてたし……」
「…今からどう殴ろうかとか考えてるかも……」
「いやいや。やめろよこんな時まで。俺今なんて言ったか……」
「…聞こえなかったって言ったら?」
「そしたらもう一度言うし。」
「それも聞いてなかったら?」
「何度でも言う。」
「……はぁ………」
なんだかなぁ……。やっぱりこいつのこういう雰囲気は苦手だ。
いつも馬鹿みたいに騒いでふざけてるくせに、急に真面目になって……
「…何であたしなの?」
「は!?お前今更それ聞く!?」
伴の腕から解放されほっとしていると、再び…今度は肩をがっしり掴まれじっと見つめられたのだった。
その目は…『こいつマジか!?』と言いたげなものだった。
「だからさ、前にも言っただろ?」
「…でもこれであたしが『やっぱや~めた』って投げ出したら?あんたそれでもあたしの事好きだって言える?」
「お前…超面倒くさっ!!」
「そうよ!あたしは面倒臭い女なのよ!!」
「威張るなよ。つーかお前は絶対そんな事しないって。」
「なんで言い切れるのよ?」
「なんでも!!俺がそうだって言ったらそうなんだよ!!」
「…はぁ!?本当…わけ分かんないわ……」
けど……やっぱり……
伴が『大丈夫だ』と言うと本当にそんな気がする……
こいつの言葉には何か妙な力がある。これもアイドルならではの素質なのか……
「…けど……あんたのそう言う所は嫌いじゃない。」
「だろ?」
「自信満々なのはムカつくけど。」
「…でも嫌いじゃないんだろ?ならいいよ。」
「けど別にまだ好きとは……」
「別にそれでいいって。言っただろ?待つって。だからいいんだよ、無理に答え出そうとしなくても。」
「……そう言う所も嫌いではないかな……」
「俺男気あるし?イケメンだからな?中身も。」
「そう言う所は殴り飛ばしたいけど……」
本当に、こいつはいつだって自信満々に物事を言うから凄い。良くも悪くも。
それが人をイラつかせたりすることもあるけど、救うことだってあるのだ。悔しいけどそれは事実だ。
こんな風に自信満々にキラキラ輝いて笑って…あたしの長年引きずって来た傷すらも吹き飛ばそうとしている。
傷は塞がらなくとも、前へと少しずつ進む様に…力をくれるのだ。あたしも気づかないうちに。
「…ゆっくりでいいから。一緒に頑張ろうぜ?」
ぽんぽんとあたしの頭を撫で、見つめる伴の笑顔は何処か今日は優しく見える……
なんか…何よ…そんな顔されると……
「一緒にって…あんたね……」
「あ!今の俺!!ちょっと紫乃さんぽくなかった!?」
「全然。」
「絶対似てたって!!つか俺の方が恰好良かったぞ?絶対!!」
「あ~…ははは…うん……」
「お前馬鹿にしてんだろ!!」
「ははは」
「そのから笑い!!」
そうだ。これがいつもの伴だ。
みんなが知っているキラキラした恰好良い有沢伴ではない、お調子者で馬鹿なほどポジティブな有沢伴……それがあたしの知っている伴だ。
というか……恰好良いだなんて……一生思ってなんかやらない。絶対に。
「…まぁ、これで俺の気持ちもはっきりしたし。後はお前がどうするか…」
「……」
「まぁ、気長に待つよ。なんせお前『蕾』だもんな?花を咲かせるにはまだまだ時間がかかるってことだ。」
「……名前に掛けないでよ。寒いわね。」
「う、うるせーな!!俺はこれでも一応アイドルなんだよ!歌って踊れるスーパースターなの!!」
「うわぁ……自分で言ってるぅ~……」
「俺が言わなきゃお前絶対忘れるだろ!!」
「…へぇ……」
「あ!お前また馬鹿にしてんだろ!!くそ…覚えてろよ!!学園祭のステージで絶対夢中にさせてやるからな!!」
「…はいはい。頑張れ~……」
「そう言ってられんのも今のうちだぜ…ステージを見たらお前も『伴君超カッコいー!!きゃー!!』ってなるからな!もうサインとか欲しくなっちゃうからな!!」
「伴君かっこいいー。きゃー。」
「…お、覚えてろよ!!」
なんて在り来たりな退散方法なんだろうか……?
伴は定番の捨て台詞をあたしに言い残すと、そのままダッシュで去って行ったのだった。
本当……バカと言うか…いや、らしいっちゃらしいけど。間抜けな感じとか?ぷぷぷっ。
でも本当に…変な奴。さっきまで本気で真面目モードになっていたかと思ったら、急にお馬鹿モードに……忙しい奴だな。本当。
「…あ。戻って来た。」
スタスタスタ……
呆れていると暫くして、伴が戻って来た。まだジャージを羽織ったまま競歩でこちらへ向かってくる。
「…有沢さん、もうお帰りになった方が……」
「ちょっと忘れたんだよ……」
「何を?うさちゃんピンでも落とした?」
「ちっげーよ!!ちゃんとあるもん!!」
いや……自慢気に見せなくても……
「…これ、お前持ち帰っとけ。」
「…ジャージ?別にいいけど……」
家にストックあるんだけど…ま、いっか。伴と言えばジャージだし。
ふわり……
ジャージを脱ぎ、それをあたしの頭に被せる……
いや、普通手に握らせるとか……
ここで『うわ、汗臭っ!?』って感じならコントになるけど、『いい香り…』になるのがなんだか納得いかない。おのれアイドルめ。
しかもその仕草一つ一つが絵になる事……
「…な、何?」
不覚にも一瞬…ほんの一瞬だけその光景に見惚れていると、突然被さったジャージごと頭を引き寄せられた。
目の前には……伴の整い過ぎた顔……
その表情はまた真面目モードになっている。
「…俺、これからはもっと積極的に攻めるから。」
「…は?」
「お前にちょっと遠慮してたけど…もうしない。ちゃんと気持ちもはっきりしたし。」
だから……
そう囁くように言うと……
一気に顔と顔との距離が縮まって行く……
「…今はここまでだけど……」
「…!?」
それは本当に近く寸での瞬間で止められた……
「…お前が気抜いてたらうっかりその先も……なんて事もあるかも。」
あたしの反応が間抜けだったのか…ふっと口元に不敵な笑みを浮かべると、伴は掴んでいた手を離した。
一気に力が抜けていく……
色々な物の………
「ま、そう言う事だから。お前もこれからは油断すんなよ~!!」
「……は、はぁ?」
な、何か言い返したい……けど言い返せない!!
あたしのこのもどかしい気持ちなど知らず、伴は背を向け手を振り颯爽と去って行ってしまった。
今度こそ本当に………
「…な、何……今のは……?」
後に残されたあたしは……
頭にジャージを被ったまま、全身の力が抜けたようにその場にへたり込んだのであった。
秋風が身に染みてとても冷たく感じられた……