第14話 嫌なもんは嫌!無理なもんは無理!!
文字数 4,907文字
有沢伴の相方こと九条時は突然目の前に現れそして突然そんな事を言った。
関わるなって…そんな急に言われても…
どういうつもりなの?
「…君も知っての通り、伴は芸能人だ。伴が君に対してどういう態度で接しているかは知らないけど…あいつがどんな立場にいるか…説明しなくてもわかるよね?」
今目の前にいる九条時の態度はテレビで見る時とは180度違い愛想笑いすら浮かべていない無表情で冷たい目をしている…響く声も淡々として冷静だ。
有沢伴と違うのは勿論この溢れ出るアイドルオーラだが、全体的に冷たい。表情も態度も声も何もかもが…
勿論お忍びでやって来たのであろうから、テレビでは見るきちっとした衣装ではないけど、ジャージなんて着てはいない。ちゃんとしたジーンズだし。
「今AZUREにとっては大切な時期なんだ…スキャンダル沙汰を起こされて騒がれたら困る。自他ともに認めるオーラ無しだけど、わかる人にはわかる…それをあいつは自覚無しに好き勝手に…」
「ああ、確かに自覚無いですよねぇ…オーラ無し男なのを良い事に…」
「全くだ…本当これには俺も昔から困っていて…」
「普段着ジャージだし、ジーンズとかぶっちゃけ窮屈だからジャージゴムウェストが好きだって言い張るし…」
「本当に…俺も普段からジャージはやめろって言ってるんだけど…あいつ仕事終わるとすぐオフモードになって気抜くし…」
「うっかり料理させると恐ろしい事になるし…」
「掃除させたら余計散らかるし…」
『はぁ~…』
あたしと九条時はそろってため息を漏らしていた。有沢伴の日頃の素行について。
って仲良くため息なんかついている場合なのか?これ??
紫乃さんを見ると彼は彼でなんかまったりコーヒー飲みながらにこにこしてるし…何か突っ込んでくださいよ!!この人も妹に負けずマイペースなんだから!!原稿書こうとしないでください!!
「と、とにかく…話は反れたけど…君との事が公になって騒ぎになるのは避けたい。ここまで来るのに俺達がどれだけ頑張って来たか君には想像出来ないだろうから関係ないと思うかもしれないけど…」
「…九条さん、あの…結局あなたは何を言いにあたしを訪ねて来たんですか?ただ単に関わるなと脅しに来たんですか?」
確かにあたしは知らない。ここまで二人がAZUREというユニットを広めるためにどれだけの苦労と努力をして来たのか…
だけど、何かを成し遂げる為の努力の大変さを知らない訳ではない。あたしだってかつてはそうして来たのだから。
次元は違えど積み重ねる大切さ…それはあたしも知っている。それをこんな言い方されるなんて…
この人ちょっと失礼だ…何か嫌な感じ。
少し強気の態度であたしは冷静に何とか拳を握りしめるだけで耐えながら口を開いた。勿論負けじと少し棘のある言い方で仕返しは忘れず。
「脅すって…人聞きの悪い事言わないでくれないかな。ただ忠告しに来ただけだ。」
「変わらないと思いますけど…?ま、あたしとあいつはあなたが思っているような関係ではない事だけ言っておきます。」
「…じゃあどういう関係なのかな?伴は一人の人間にあまり執着しない奴だ…家に帰る時は一人じゃ寂しいって俺や黒沢さんに泣きつくくらいなんだぞ?」
「うわぁ…気持ち悪~い…」
「気持ちは分かるけど…それが最近ウキウキルンルン気分で帰宅する…それこそこっちが気持ち悪くなるくらい…」
「…九条さんちょっと寂しかったんですか?泣きつかれなくなって…」
「そ、そんな事は断じて無い!!…コホン…ごめん、ちょっと君が変な勘違いするから…。とにかく、その原因が君にあるって事だ。俺だって暫くは見て見ぬふりして飽きるまで放っておくつもりだった…何日か経てばあいつから興味を失って離れて行く…それが有沢伴だからだ。」
「…宮園家に居座ってますけど?」
「だからそれが問題なんだよ。あいつが君と出会って一月以上は経つ…それなのに未だ興味を失うどころか興味を持って離れようとはしない…」
「離れようとしないのはあたしに原因があるってよりは…この町全体に原因があるんじゃ…ね?紫乃さん?」
あたしは隣で穏やかに様子を見ていた紫乃さんに顔を向けた。
「う~ん…それも確かにあるとは思うけど…やっぱり伴君は蕾ちゃんに興味があるんじゃないかな?話している時一番楽しそうに見えるし…」
「それはただ単に本当に面白がっているだけなんじゃ…紫乃さんがあたしをからかうのと同じ様に…」
「ははは!嫌だなぁ、からかうなんて。お兄さんは蕾ちゃんが純粋に可愛いから構って欲しいだけだよ?」
「構って欲しいんですか!?」
「そうだよ、こう見えて俺も寂しがり屋なんだよ?」
「…胡散臭いですね…」
爽やか素敵スマイルを浮かべ胡散臭い台詞を言う紫乃さんに、あたしは疑わし気な視線を向けた。
この人が寂しがり屋だから他人をからかってるなんて…絶対突いて楽しんでいるだけなのに…
「…それにね、九条君だっけ?君が心配する程二人は親密な関係って訳じゃないと思うよ?なるとしてもずっとずっと先なんじゃないかな?十年後くらいとか。」
「…さっきから気になっていたんですが、あなた何なんですか?俺は彼女と二人で話をしたいと言っていたのに居座って…」
「ははは!しがないコスプレマニアだよ!気にしないで?」
「いや、余計気になりますよその肩書!?」
「…今は良く見えない事でも…そのうちはっきりと見えて来るものだよ?こんな風に…」
と、紫乃さんはそんな事を良いながら何故か九条時の前に眼鏡を差し出したのだった。
し、紫乃さん…この状況で何変なボケをかまそうとしてるんですか?本当何を考えているのか分からない人だ…。
「…眼鏡?」
「君、コンタクト外して眼鏡も忘れて来たんだろ?それ程まで急いでいたって事なんだろうけど…」
「なんでそれを…俺目つき悪くなってましたか?」
「いやいや、そんな事は無かったよ。目が悪いなんて思えないくらい完璧な演技だったよ?さすがアイドルだね。」
「じゃ、じゃあなんで…」
「…君、東雲青嵐のファンなんだろ?雑誌で偶然記事を読んでね…。なら当然あの授賞式テレビで観たよね?」
「は?見ましたけど…」
首を傾げながらも九条時は紫乃さんに勧められるまま眼鏡を掛け、改めて紫乃さんへと目を向けた…
眼鏡を掛けてもやっぱりイケメンだ…寒気がするくらい…
「……あ、あなたは!?東雲青嵐先生!?お、俺なんで今まで気づかなかったんだ…す、すみません!俺としたことが…偉大な先生に失礼な事を…!!」
「いや、そんな恐縮しなくても…五体投地しないでいいから!!ほら、顔あげて…」
あの九条時が紫乃さんを前に五体投地してる!?凄い…どんだけこの人東雲青嵐先生のファンなんだろう…というか彼のイメージが…!!
紫乃さんとしてもただ驚かしてからかって楽しもうとしただけだったのだろう…さすがにこんな事をされ慌てていた。
うん、これもこれでまた新鮮で良い眺めだ…写メ撮って見せてあげたいなぁ…皐月兄妹達に。
いやぁ…やっぱり普段からちゃんと見える様にしておかないと駄目だな。肝心な時にこうやって大切な物を見失うから。
「…何なんだこの町…東雲先生がいるし…このコーヒーやたら美味しいし…」
「あ、あの…それでお話しは…」
「あ、ああ…とにかく、伴とは必要以上に関わらないで欲しいってことだ。付き合ってるみたいじゃないけど…いつあいつがそんな気になるかも分からない。勿論君だって…」
「いや、それは無いです。」
「即答か…でも君だってアイドルには興味があるだろ?」
「無いです。一ミリも。あたしは藤岡新之助様命なんで。」
「新ちゃんのファンなの!?その年で!?で、でも目の前にイケメンアイドルがいたらときめくだろ?」
「無いです。全く。天地がひっくり返ってもありえないですね。むしろ激しい動悸、息切れと共に悪寒とこの上ない嫌悪を感じますね。」
「何でそこまで!?き、君昔アイドルの追っかけとかして嫌な目にあったとか?君が思っている程嫌な奴らばかりじゃ…」
相方と同じ反応と発想するんだ…この人…さすがAZURE…
いつかあたしが有沢伴に同じような事を言った時の事を思い出すとふと笑いが込み上げて来た。新様の反応も同じだし。
「九条君、あのね…」
「と、時でいいです。」
「あ、うん…じゃあ時君。あのね、この蕾ちゃんはちょっと変わった体質の子でね…イケメン、アイドルを見ると鳥肌立つくらい…触れられたら蕁麻疹起こすくらい拒否反応を示す女の子なんだ。」
「…男嫌いって事ですか?」
「いや、ちょっと違うかな…イケメン、アイドル嫌いなんだよね?だから君が心配するような事は全く無い訳だよ。伴君が変な気を起こしても多分蕾ちゃんが投げ飛ばすから……」
「…そういや、あいつ……一時期見えない場所に痣とか作ってたけど…まさか…その子が?」
「…はい、そのまさかです。でも伴君にも責任はあるんだよ?蕾ちゃんのこういう体質を知っておきながら面白がるから…蕾ちゃんもやり過ぎちゃうところあるけど、お兄さんは女の子の味方だからね。可愛い蕾ちゃんを責める事は出来ないけだろ?」
あの爽やかスマイルを再び浮かべ、コーヒーを一口…紫乃さんはあたしの一番説明すべき事を一通り九条時に説明してくれた。
確認するようにあたしへ目を向けて来たので答える代わりに深く頷いた。九条時に。
「…で、でも…いくらイケメン、アイドル嫌いだからってそんな反応するわけ……現にあなたが隣に座っていても平気じゃないですか!なら俺だって…」
「あ!駄目だよ時君!!」
紫乃さんの制止は遅かった…
笑顔で九条時があたしの手を握って見せると…
ゾゾゾ…
瞬時感じる悪寒、全身に立つ鳥肌…そして……
「気安く触んじゃねぇ~~~~!!」
「!?」
ダンッ!!
あたしは、九条時を背負い投げしていた。
哀れ人気アイドル様…長身女に軽々投げ飛ばされ地に落ちる…
「…あ~…だから言ったのに……」
「あ~!!き、気持ち悪い!!気持ち悪い気持ち悪い!!」
「蕾ちゃん落ち着いて…ほら、アルコール消毒液あるから…これで手拭こうね?」
紫乃さんから消毒液を受け取ると、あたしは念入りに手を拭いた。九条時に握られたばかりの手を。
そんな様子を当の本人は唖然と見つめていた…床に投げ飛ばされた状態でぽかんと…
その姿はファンには想像出来ないだろう間抜けな顔…『知的で冷静なイケメンアイドル』の面影が全く無い…
「…って除菌までするのか!?」
「蕾ちゃんにとってイケメンはインフルエンザウィルスみたいな物だからねぇ…」
「ウィルス扱い!?…うわぁ…ショックだ…!俺こんな風に扱われた事一度だって無いのに…ショックだぁ…」
「…でもこれで分かっただろ?蕾ちゃんと伴君の関係が。」
「は、はい…つまり伴は彼女に日々ちょっかい出してはこんな事をされていると…そう言う事なんですね?それはそれで別の意味で心配ですけど…」
「でも、君の心配は無くなった訳だ…安心した?」
「はい…い、いや!これはこれで身の危険が!!」
「時君は心配性だなぁ!あはは!!」
戸惑う九条時を前に紫乃さんはいつもの様に爽やかに笑いながら彼の肩を叩き、励まし、あたしはまだ念入りに手をアルコール消毒していた。
こうして、あたしは人気アイドルの心にまた深い傷を作る事となったのだ。
カランコロン♪
「蕾~!!お前まだ勉強してんの?俺も紫乃さんに教えてもらおうかなぁ…」
と、そんな時だった。有沢伴がタイミング良くやって来たのは。
相変わらずジャージにTシャツとオフモード全開だ。当然あのキラキラアイドルオーラも無い。
「…って何してんの?てか時!?お前何やってんの!?」
「…見ての通りだ…蕾ちゃんとやらと話し合いをしてたんだ。」
「はぁ!?お前余計な事してんじゃねーよ!!これには深い事情も…」
「…事情?どういうことだ?」
あ、馬鹿…!!折角丸く納まろうとしてたのにこいつは!!
有沢伴のタイミングの悪い登場と言動によりまた一悶着起きそうだ。
今夜の金木犀はまだ騒がしくなりそうだ。