第15話 電話越しでも人となりは分かる事もある
文字数 5,255文字
時刻午後八時、金木犀にて。事の成り行きを全て白状した有沢伴を前に、九条時は冷静に頷いた後に盛大なため息を吐いた。
「つまり君は被害者と言う訳か…誤解していたとはいえ色々失礼な事を言ってごめん。本当うちの馬鹿…伴がご迷惑をお掛けして…なんて言ったらいいか…!!」
ゴンッ!!
九条時は深々と頭を下げ、ついでに有沢伴の頭も下げさせ額をテーブルの上に激突させた…
その姿といったら…まるで不祥事を起こした芸能人の謝罪会見の様で複雑だ。
あたしは紫乃さんのわき腹を突きこの気まずい雰囲気を何とかするよう目で訴えてみた。こんな時はあたしが変に何か言うより大人な紫乃さんの対応に限る。
「…まぁ、伴君に責任があるとすれば俺にもあるし…うっかり写真撮って送っちゃった所とか…ほんのちょっとだけど…」
「そんな!東雲先生は悪くありません!!悪いのは全部こいつですよ…蕾ちゃんだっけ?君も責任を感じていたらその必要は全く無いから。初めて会った女の子にいきなり喧嘩売る様な事言うか?普通?」
「け、けど…ほら、それは蕾ちゃんもドロップキックして池に落としちゃったからお相子って事で良いんじゃないかな?」
「落とされて当然です。一回蹴られて頭冷やした方が良いんですよ…こういう奴は…むしろ今俺が蹴り倒してやりたいくらいです。」
「中々厳しいね…時君は…」
「…皆甘やかしすぎなんです。こいつを。確かに与えられた仕事は全力でやりますし、ファンも大切にするしサービス精神も旺盛でアイドルの鑑みたいな所もあります…」
「それは素晴らしいじゃないか。」
「でも!知っての通り仕事が終わればこんなんですよ…気を抜き過ぎるんです…本気になれば俺より数倍輝ける凄い奴なのに普段はこんな感じで…可愛い女の子見ればすぐ目の色変えて合コンだのって…」
はぁ…とまた深いため息が店内に響く…
「今は俺達にとって一番大切な時期なんです。ここまで来るのにどれだけの努力をして二人でやって来たことか…今人気が出ても数カ月、数年後にはどうなっているか分からない…保障の出来ない業界です。だからこそ俺は厳しくして来たつもりなんです…自分自身にも伴にも…」
とても同世代とは思えない責任感ある発言だ。ちゃんと先の事も見据えているような…
こうして隣に並べて見ると本当に同い年なのかと言うくらい対照的な二人だ。明るい髪色をした有沢伴(いつものジャージゆるファッション)と黒に近い髪色をした九条時。纏っている空気がまるで違う。
イケメンなのは変わらない(おかげで今あたしは半分不整脈)が、陰と陽というか…静と動というか…だからこそバランスの整ったユニットなのかもしれないけど。
「…時君は年の割に落ち着いているんだね…それにAZUREの事もよく考えてるし責任感も強い…良い子だね。」
「べ、別にそんな事は…」
「君は本当に良い子だと思うよ。けどね…今からそんな張り詰めていたらいつか君自身が押し潰されてしまうじゃないかな?俺はそっちの方が心配だけど…」
「…今気を張らないでどうするんですか。気を抜けば出し抜かれる…僅かなミスでもそこから叩き潰そうとする人間は沢山います。それはあなたにだって分かるでしょう?」
「そうだね、俺もそれは良く知っているよ。これでも今まで色々叩かれて来たしね?でも気を張っても張らなくても一緒だよ。何もしなくても良くない噂を広げる人はいるし…だから少し気を抜いていても俺はそれで良いと思うけどな?その方がいざと言う時心の余裕も出来るし。」
「…伴は気を抜き過ぎなんですよ…」
「あはは、確かに。でも伴君も伴君なりにきっと考えているはずだよ?AZUREに対して…」
「それにしても今回の事は…俺に一言の相談も無しに…」
「…ああ、成程。時君はそれで怒っているんだね?相棒である君に何の相談も無しに伴君独断で決めてしまった事…確かに長年一緒にいた信頼出来る相棒にそう言う事されるのは腹が立つよね?ショックも大きいわけだ…」
「わ、分かってるならわざわざ口に出して言わなくても良いじゃないですか!!」
「俺は確認するた為に口に出して整理していただけなんだけど…腹が立ったなら謝るよ。ごめんね?」
「爽やか過ぎる笑顔で言われても全然謝罪の意を感じられないんですけど…あなた性格悪いでしょ?」
「あはは、良く蕾ちゃんにも言われる。俺は怒らすつもりはなかったんだけど…とにかく、話を戻そうか?これは俺の意見だけど…確かに時君に何も言わなかった伴君も悪い…打ち明けるどころか隠そうとしたんじゃないかな?」
「お前…一さん(黒沢さん)にも口止めして…俺の事そんなに信用出来ないのか?」
「まぁまぁ…黒沢さんも君に余計な負担を掛けたく無いから黙っていたのかもしれないし…」
と、紫乃さんはまた爽やか素敵スマイルを浮かべながら九条時を宥めた。
「…どうなんだ?伴?」
「…やっさんには俺が口止めしたんだよ。お前ここ最近ピリピリしてて何かやたら張りつめてたし…こんな事相談してもまともに取り合う余裕無いんじゃないかって…」
「でも話すくらいしてくれても…見合いの話も俺最近知ったんだぞ?どうなったかは聞いてないけど…」
「わ、悪かったよ…でも前にも増して隙無さ過ぎるお前も悪い!…と思います…仕事終わればロクに会話もしないですぐ帰宅するし、話しても適当に返すし…」
こいつ…もしかしてかまってちゃんなのか?何かしょんぼりしてるし…犬のしな垂れた耳が頭に見えるのは気のせいか?
「お前だって最近直ぐに帰宅してただろ?いつも『家帰るの寂しい~』とかうざいくらい駄々捏ねてたし…それが急に楽しそうに毎日帰宅って…」
「ああ、正直楽しかった。」
「それ腹立つだろ?こっちは日々気を張り詰めているのにそんな気も知らないでって…俺はちゃんと相談くらいして欲しかったよ。」
「わ、悪い…」
「…分かれば良い。俺が心配していたような事は無かったし…」
いつの間にか目の前で輝かし男の仲直り劇場が繰り広げられ、あたしは更に鳥肌が立った。内容では無く綺麗すぎる映像にだ。
有沢伴に耐性が付いたからと言って他のイケメンアイドルに耐性が付いた訳じゃないこの状況…動悸、息切れに…何かあの薬欲しくなって来た。
「…蕾ちゃん?大丈夫?」
「駄目です、無理です、気持ち悪いです…」
「…うん、そうみたいだね…頑張って。」
「世の中気合でどうにかなる事とならない事が…あ~!駄目!!もう限界!!ちょっと外の空気吸って来ます!!」
思い切り立ち上がると、あたしはそのまま店をダッシュして出たのであった。
ああ…空気が美味しい…!!
*****
「それで?みっちゃん対策はどうするの?」
気を取り直し宮園家にて。リビングにはあたしと紫乃さん、そして有沢伴と九条時までいる。
何?この有名人だらけの豪華な顔ぶれは…??
「…みっちゃん…光代叔母さんは突然やって来る…正直予想出来ない…」
「神出鬼没か…噂以上だな…」
「あ、じゃあこうしない?急にやって来たみっちゃん、そしてそこに今大人気の東雲青嵐先生が爽やか笑顔で登場!みっちゃんビックリメロメロ、そのまま紫乃さんが良いように適当に言い包めて追い返す…題して『東雲先生生贄作戦~世のマダムは彼にメロメロ~』!!」
「蕾ちゃん、他力本願って言葉知ってる?それ俺が損する…俺しか活躍しないよね?」
「え?俺は良いと思うんだけど…生贄作戦面白そうじゃん!」
「駄目だ!東雲先生を生贄にするなんて!マダムの間じゃかなりの人気らしいからきっと恐ろしい事に…」
「紫乃さんもってもて~!!やった!」
「何が?いや、ファンが沢山いるのは良い事だけど…」
「じゃああの写真に紫乃さんの写真を合成で載せて改めて叔母さんに見せて…」
「仕方ないな…俺がその作業するか…」
「時君まで何言ってるの?」
と、ここで思いついた紫乃さん生贄作戦だったが、本人が断固拒否したので駄目になった。
でもさ、何だかんだ言って紫乃さん心配だから本番はこっそり物陰から見守っちゃうんだよね…
「…せめて叔母さんの来るタイミングが分かれば…」
「てかあんた叔母さんが来るって宣言したじゃない?何で分からないの?」
「叔母さんの『近々』はいつか分からないから怖い…明日かもしれないし、一週間後、一月後かもしれない…」
「アバウトね…みっちゃん…」
有沢伴が言うに…みっちゃんこと光代叔母さんとやらはとにかく神出鬼没で、早朝だろうと真夜中だろうと嵐の様に現れ去って行く荒ぶる神の様な人だと言う。
迷惑を省みず現れ、そしてまず部屋を物色…勝手に掃除をし勝手に洗濯物を疂み勝手に肉じゃがを作ってたまに理解し難いセンスの服をクローゼットに押し込んで言いたいことを言ったら満足して帰って行く…
「…それだけじゃない…あの人俺のみかんを奪って行くんだ…1箱ならぬ3箱も!しかも手持ちで…タクシー使って後からタクシー代請求するようながめつい人なんだ…」
「みっちゃん怖っ!?」
「…こうしてる間にもあの人は…」
まだ見ぬ光代叔母さんに恐怖を感じていたその時だった…有沢伴のスマホが鳴ったのは…
ブーブー…
いや、マナーモード中だったらしい。スマホは有沢伴のジャージの右ポケットで震え存在をアピールしていた。
「みっちゃん!?」
「…そのまさかだよ…」
「タイミングいいね…」
「まさかもうここへ…」
恐れつつもなんとか有沢伴にスマホを持たせ、一同出る様に促した…
何なのこの緊張の一場面…
「も、もしもし?」
『伴ちゃん!?叔母さんよ叔母さん!!あんた元気してた!?何?そんな情けない声出してあんたは~!!』
電話越しでも分かるその存在感のあり過ぎる大きな声…まるで良子叔母さんのようだ…
煩そうに有沢伴が少し耳からスマホを離し何か言う間も無く次の言葉が発せられる。
『あんた彼女!彼女の紫乃ちゃん!!明日叔母さんそっち行くからその時会わせてちょうだいね!!』
「明日!?」
『何よ?あんた明日は休みでしょ?叔母さん黒沢さんから奪った…借りたスケジュール表コピーしてるから知ってるのよ!』
「何それ怖っ!?叔母さん何してんだよ!?」
『可愛い甥っ子のスケジュールを知っとくのも叔母さんの役目よ!!何?あんたどうせ予定なんかないでしょ?家でジャージでだらだらしてんでしょ!?』
「そ、その通りだけどさ…って決めつけんなよ!大体叔母さんはいつも唐突す…」
『じゃあ決まりね!わかったらさっさと彼女に連絡しなさい!』
「聞けよ!人の話!!」
『叔母さん耳悪いから都合の良い事しか聞こえないのよ。』
「じゃあせめて努力を!!」
『何細かい事言ってんの!男がぐちぐちまるで私の旦那みたいだよあんた!あんな禿オヤジの安月給サラリーマンにだけはならないでよね!あんたの業界厳しいんだから!なんてね~!あ~ははは!!』
まるで壊れた笑い袋の様にけたたましく笑う光代叔母さんはその場にいた全員に強烈な印象を残したのは言うまでもない。
な、なんだろう…良子叔母さんが可愛く思えるのは…
『実は叔母さんね、あの東雲青嵐様のサイン会に行くのよ~!!もう超イケメンよねぇ~!伴ちゃんのはそのついでなんだけどねぇ!!あははは!!』
「…だからいつもの倍テンション高いのか…」
『も~!!今から楽しみで楽しみで!どうする?叔母さん青嵐様に見初められちゃったら!!あの人幾つ何だっけ?でもあんな綺麗な男に微笑まれたら叔母さん十、いや二十は若返るわねぇ!!』
「むしろそのまま気絶してくれ…」
紫乃さんの方へと目を向けると、以前笑顔で平然とした様子でお茶を飲んでいた。
まるで『そんなの慣れてるし!』って感じの余裕だ…隣の九条時は怯えて気の毒そうに見ているのに…
「紫乃さん…サイン会でみっちゃんを笑顔で口説いてみたらどうですか?」
「う~ん…そしたら全員口説かないと駄目だからなぁ…さすがにそれは大変かなぁ。あはは!」
「全てのファンに平等な愛を贈るですね…」
「ファンは作家にとって大切だからね。平等に分け隔てなく感謝と真心を贈ることにしているんだ。」
「お歳暮みたいですね…」
紫乃さんの嘘か本音か分からない言葉を聞きながら、あたしは有沢伴へと目を向けた…まだ延々と紫乃さんこと東雲青嵐先生の魅力について語られているようだ。
「わ、わかった!わかったから!!」
『何よ冷たい子ねぇ~…人の話は最後まで聞きなさい?』
「その言葉そっくりそのまま返すよ!!」
『あ、じゃあ叔母さん明日に備えて寝るわねぇ!夕方頃伴ちゃんの家に行くからね!!美味しい物用意して待ってなさい!!』
「み、光代叔母さん!?って切れてるし!!」
電話越しからでも分かる嵐の様な人だった…
見れば有沢伴の顔は疲れ切っていてもう現役アイドルの面影裏感じられない…
「…まぁ、そんな訳だから…蕾さんお願いします…」
「お、おう…」
ああ、なんか気の毒になって来た…そして物凄く不安なんだけど…今から…