第31話 結局いつもこんな感じ
文字数 5,655文字
今、あたしが置かれているこのあり得ない状態…
朝、目を覚ますと何故か隣に眠る伴!そして起きるなりこの状態…!!
どんな状態か??それは……
「まだ寝てろって…」
「…!?」
こんな状態ですよ……
同じベッドに仲良く横になり、向き合い見つめ合っている…そんなドラマのワンシーンの様な状態…。
しかしこれはドラマでもまして夢でも無く現実である…
今、目の前に起こっているこの状況…
伴の整った顔があたしのすぐ目の前にあり、何故か肩に腕を回され抱き寄せられている…そんな乙女チック全開の…
----ってだから!!
何故こうなった??あたし!?
「…有沢さん、質問です。」
「…なんで敬語でさん付け?」
「…それは私の平常心を保つための術でして…いえ、それよりですね…何故にあなたは私のベッドに寝ているのでしょうか??」
身動きが取れない…しかし口は動く…
あたしは平常心を保ちつつ、冷静にそう言った。
普通の女の子なら『きゃっ!目の前に伴がいる!!ウソぉ~!!夢みたぁ~い♡』なんて思い、舞い上がるだろうが…
がっ!しかし!!あたしは……
「…お前、何とも思わないわけ?」
「何を?」
「…いや、まぁ…別にいいけど…でもちょっとはさぁ…」
あたしを見つめる伴は、何故か少しだけがっかりした様な…拍子抜けした様な間の抜けた表情を浮かべている。
はて…??あたしは何かこいつを失望させる様な事でもしただろうか??
というか……
どうでもいいからこの状況、何とかしてくれないかな…
どうもこう…心臓がバクバクして落ち着かない…
決して顔には出さないが、あたしは内心かなり動揺していたのだった。
「…俺、お前の事好きかもしれないんだけど…」
「…あたしは別に何とも…」
「即答かよ!?ちょっとは悩んでくれてもさぁ…」
「悩むも何も…有沢さん、あなたちょっと勘違いしてません?」
「何が?」
「…吊り橋効果って知ってます?」
「…確かにある意味色々な恐怖を乗り越えて来たけど…」
「そう、それなのだよ…有沢さん…」
「なのだよってなんだよ!?何か腹立つ…」
何かに耐え切れなくなったのか……
伴が勢い良く起き上がりあたしから離れたせいか…。その直後、あたしも謎の金縛りから解放された。
ああ…よかった……
あのまま…万…いや…億が一良からぬ展開になってたらどうしたらいいかと…
「…おいこら。ちょっとそこ座れや。」
「…何よ??」
体も自由になったところで、ベッドから降りようとすると…
伴が素早くあたしの腕を掴み、ポンポンとその前を叩いて示した。
いきなり何なの…?
「…お前、俺の事そんな信用出来ないの?」
「は?何よ急に??」
こいつ…まだ寝ぼけてるのか??
「…俺は…こんなんだし…お前からして見れば第一印象も最悪だし、アイドルでイケメンだから眼中にも無いって思われてるかもしれないけどさ…」
「自分でイケメンとか…ないわぁ…」
「そこは今どうでもいいんだよ!!」
はて…??あたしは何故こいつに怒られているんだろうか??
朝っぱらからベッドの上で正座して向かい合いながら…
「…改めて聞くけど…お前、俺の事どう思ってる?」
「…はぁ?どうって…別に普通だけど?」
「普通って?」
「…え~?面倒臭い奴だとか…あと、自信家だけど何かどっか馬鹿っぽい間抜けな奴だとか…あと、オーラ無いなぁとか…」
「悪意しか感じない!!」
「まぁ、待ちなさいよ…。あたしだってあんたの事悪い奴だとは思ってないから。第一印象は最悪だったけど…」
「それはもう忘れて下さい。俺も忘れるから。」
「…まぁ…悪い奴では無いのは分かる。人気アイドルだからって調子に乗って人を見下す様な奴じゃない…馬鹿だけど良い奴だし、余計な気を遣わなくても良いから楽だし…」
現に今も……
寝癖だらけの髪(お互い様)に、パジャマ姿で向き合っていてもだ…特に恥じらいなんぞ感じたりしない。
いや…さすがに同じベッドで寝てたって言うのには驚いたけど…
「…俺、もしかして…男として見られてない?」
「なんでそうなるのよ?」
「いや…だって…お前、俺がキスしても抱きしめてもその後普通だし…。普通はもっと…避けるとか、照れるとかさ…意識してくれてもいいんじゃないかと…」
「…意識…?あたしが?あんたを??なんで??」
「やっぱそうか…!!」
「やっぱって…大体あんたが先に告白みたいな事してきたんでしょうが!!それなのに…そっちこそ普通だったじゃない!こうして今、寝起きで向き合っていてもいつも通りって感じだし…」
「…いや、それは…俺がいきなり何かしたらお前絶対殴るか蹴るし……。それは嫌だ。」
「……」
確かに……
それに関しては否定は出来ない…
さっきは動揺して体が動かなかったけど、もし普通にあんな事されたら速攻殴っているか蹴り飛ばしているところだ。
じゃあ何?こいつ…それが無ければ……
「…あたしが普通の女の子みたいだったら何かしていたと?」
「…そんな軽蔑の眼差し向けんなよ!別に…そんな即行押し倒して襲ったりしないからな?」
「あたしまだそんな事言ってない…」
「目が語ってるんだよ!!俺を何だと思ってんだよ…そこまで節操無くないからな?」
「…ふ~ん…」
「ジト目やめろ…。俺、本命の子には超尽くすし優しいから。」
「…本命じゃない子には…?」
「俺、基本女の子には優しいからな!お前がたまたまああだっただけで…もっと普通に会ってたら超好印象だったぞ!自信あるね!!」
「…普通に…ね……」
人気アイドルとごく普通の女子高生がどうやって普通に出会うのか…まずそこが難しいと思うけど…
と…まぁ…そんな事を言えばまた話がややこしくなり、堂々巡りになってしまう。今はやめておこう。
「…で?どうなんだよ?俺の事、好きか嫌いかどっちなんだよ?」
「いきなり二択!?ちょっと朝から難問ぶつけて来ないでよね…」
「…俺はお前の事好きだぞ。」
「え…?」
「好きか嫌いか…どちらかで言えばって話だけど…。」
「ああ…それね…」
びっくりした…
急に真顔で『好き』なんて言うからまた寝ぼけているのかと……
結構正直なんだよな…こいつ。思った事をそのまま口に出すタイプだった。
「…あたしも好きなんだと思う……」
「おお!?よしっ!!じゃあ!!」
「二択で選べって言われたらよ!!」
なんだこの嬉しそうな笑顔は……??
大体、なんで急にあたしなんだか……
こいつのタイプって確か『小柄でか弱い儚げな美少女』って言ってなかったっけ??
あたし正反対のタイプじゃん!!
かと言って……
こいつがここまでしつこく食い下がって問い詰める…ということは…
イケメン嫌いな長身女をからかってやろうって感じでは無い……と、思う…。
そもそもここまでしてからかう理由も無いだろうし…
いや……。ドロップキックの事をまだ根に持っていたら別なのか??
でもあたし…あれから何度も殴ったり蹴ったりを繰り返してたしなぁ…。今更あの程度の事、根に持って仕返しする様な執念深い奴には見えない。
「…やっぱり、俺の努力が足りないのか…」
「いや、なんでそこで頑張っちゃうの?」
「…お前面倒臭い女だし…なんかここまで言ったら後には引き下がれないって言うか…俺、負けるの嫌いだし。」
「勝ち負けの問題!?別に初めから勝負なんかしてないし…そもそも恋愛に勝ち負けってある?そんなの本当の恋愛なんかじゃないわよ。誰かと取り合って争ってる訳でも無いんだし…」
その心配なんて全く無いんだけど……
「…いや、いつ紫乃さんとかが…」
「だから何で紫乃さんなのよ?絶対あり得ない。」
「じゃあ…マスター(聡一郎さん)!!」
「それも絶対無い…」
「じゃあ忍ちん!!」
「死んでも無いし。」
「じゃあ…元カレ!!」
「それこそ何がどうなっても無いね。」
全く…次々ととんでもない可能性を引き出してくる…
こいつの想像力は無限なのか??
アイドルより作家とか目指して見たらどうなんだろうか??
「…とにかく!あたしは誰とも付き合う気無いし、恋愛もするつもりは無いの!!」
「…そこを何とか頑張ろうぜ!!」
「頑張りたくないし、頑張るつもりも無い!!」
「蕾ちゃ~ん!!」
「甘えるな!引っ付くな!!そんなに恋愛したいなら適当に合コンでも行ってろ!!」
「お前じゃなきゃダメなんだよぉ~!!」
「だからなんであたしにこだわるの!?嫌がらせか!?」
ベッドから降りると、伴が腰にしがみつき情けない声を出す……
まるで『お前がいないと俺生きていけないんだよぉ~』と泣き落としをするダメ男の様に…
あ~…本当…訳の分からない奴だな…。ていうか、面倒臭い男だ。
「…嫌がらせでこんな事するかよ。馬鹿か?」
「ええ、馬鹿で結構ですとも!!離せ!!」
「嫌だ!!うんと言うまで離れないんだからぁ!!」
「別れ話に駄々捏ねる女かあんたは!!」
…ああ、本当こいつって……
あれ??こいつアイドルだったっけ??AZUREとか言うユニットの…??
「…俺がこんな興味持ったのも、一緒にいて楽しいって思ったのもお前が初めてなんだよ…」
「…はぁ?」
「だから!もっとお前の事知りたいって思ってるんだよ!!そんでもって、俺の事も知って欲しいって言うか…」
「…それは…」
「あ~…だから!!離れたくないって事だよ!!傍に居たいって…そう思ってんだよ…」
「傍に…?」
「そう…それじゃ理由にならない?」
あ…しまった……!!
目をまともに見てしまった……
いつになく真面目な声で呟くから、つい振り返って…
目が合った瞬間、時が止まった様に動けなくなる。
こいつが…伴が真面目な顔をするといつもそうだ…
あたしはやっぱりこいつのこの目が顔が苦手なんだ。
でも…それはイケメンに対する嫌悪感では無い…
きっと何か別の感情から来るもの……
「…蕾、俺は…」
「…あ、あたしは…」
目が合い数分…いや正確には数秒か…
ほぼ同時に言葉が口を突いて出た……
あたしは…この次になんて言うのか……
そして伴も……
トントン…
「蕾ちゃん、起きてるかい?」
その直後だった。
タイミングが良いのか悪いのか……
ドアがノックされる…
聞こえて来るのは聞き慣れた紫乃さんの声だ。
「…あ…はい…!!ばっちり起きてます!!」
ガチャ…
「それは良かった…。それより伴君は知らない?朝から姿が見えなくて……」
いつもと変わらぬ恰好の紫乃さんが部屋へと入って来るとと、穏やかな声でそう言う…
---が…その直後…彼は笑顔のまま固まった。
あたしの後ろ…正確にはあたしの腰辺りに背後から抱き付く恰好でいる伴の姿を見て……
「…あ…えっと…これはですね…」
「…あ、そんなところに居たんだ?伴君?ちょうど良かった、そろそろ朝食出来るから降りておいで?」
……え?いきなり笑顔でスルーですか??
紫乃さんらしいと言ったらそうだけど……
「ほら、早くしないと…美空さんに全部食べられちゃうよ?」
「あ…はい…」
「はぁ……」
何事も無かった…いや見なかったかの様に、紫乃さんは普段通り穏やかで爽やかだった。
部屋のドアを開けたまま、あたし達が出てくるのを待ってくれている間もずっと…
それがどういう意味なのか……
分かり兼ねるので余計に怖い。
その爽やか素敵好青年スマイルの裏側で何を考えているのかが……
「あの…紫乃さん?」
「ん?何だい蕾ちゃん?」
朝食も済み、その日は休日……
紫乃さんは珍しくその後も宮園家のリビングに居座って…いや…ゆっくりと寛いで新聞なんぞ読んでいた。
陽当たりの良い庭に繋がる窓際…そこに腰を下して…
まるで定年後のおじいちゃんの様だ…
「伴君は?」
「仕事に…今日はロケがあるとか、撮影があるとかで…」
「そうか…。伴君は今人気のアイドルだからね?忙しい事は良い事だよ…はは。」
「あ…あの…紫乃さん…今朝の事ですけど…」
「…ん?俺は別に気にしてないよ?二人の問題だしね?」
「え?あ…まぁ…そうなんですけど……」
結局あの後ドタバタしてまたうやむやになっちゃったし…
依然笑顔の紫乃さんを見つめながら、あたしはどうしてよいか分からずただ立ち尽くしていた…
この人…もしかして気を遣って敢えて何も言わなかったのかな??あたし達に……。
「…けど…何か話を聞いて欲しいなら、俺はいつでも君の話を聞くよ?それとも緋乃の方が良いかい?」
「え!?い、いえ……紫乃さんが良いです…」
「それは嬉しいな。なら…話してごらん?そんなところに立ってないで…こっちに座ってね?」
「はい……」
ああ…やっぱり……
紫乃さんは紫乃さんだな……
笑顔で隣に座る様勧められると、あたしは少し戸惑いながらも彼の隣に腰を下した。
それを確認すると、紫乃さん読んでいた新聞を丁寧に折り畳み、隣に置いた…
そして、ゆっくりあたしへと目を向ける…
いつもと変わらない、穏やかな優しい表情を浮かべて…