第32話 つかの間の休憩は…
文字数 3,761文字
都内の撮影スタジオにて……
この日の有沢伴は朝から何処か上の空で、いつもの様に『仕事には全力を注ぐ!!』という姿勢が見られなかった。
「はぁ~……」
つかの間の休憩、スタジオ脇に用意された安っぽいパイプ椅子にどかりと腰を降ろすなり深いため息とは彼らしくない。
いつもなら相方の九条時に鬱陶しがられるくらいハイテンションで喋り続けていると言うのに…
何処か上の空の上気だるげな伴…そんな彼の様子を少し離れた場所から腕を組んで心配そうに見つめるのは、マネージャーの黒沢であった。
見た目はヤクザ顔負けの強面だが心は優しく紳士的な彼は、昔からこのやんちゃなアイドル様に手を焼いて来た。しかし大抵の事は『想定内の出来事』であった。
なので…余計な口出しせずに見守っていれば自然と解決し、また元の有沢伴を取り戻すはずなのだが…
(…なんだか今回は違う気がするのは何故だ…?)
そんな嫌な予感を感じると同時、自然と黒沢の眉間には皺が刻まれ更に彼の形相を恐ろしくさせた…
彼がAZUREのマネージャーだと知らない者達から見れば、間違いなく『極道の世界のおじ様』である。サングラスに派手柄シャツを着ているから尚更だ。
「…なんだい?相変わらず派手な恰好して…やっさんガラ悪すぎ!」
「あ、ああ…茨さん…こ、これは娘が選んだ物でして…ははは…」
「ふ~ん…娘ねぇ…。それじゃ仕方ないね!あはは!!」
悩む黒沢の前に立つ女が一人…
彼女もまた黒沢の外見に負けず劣らず派手で目立つ恰好をしている。
豪快に笑うその姿は女と言うより男の様に勇ましく逞しく見えるのは黒沢の気のせいだろうか?
緋色のロングストレートにワインレッドの踝丈のまであるゴスロリ衣装。真っ赤な唇と爪…そして気の強そうな切れ長の釣り目気味の瞳は深い青色をしいて美しい。
そんな個性的な恰好をした彼女は、
思えば彼女との付き合いも長い…。AZUREがデビューする以前から。
彼女がAZUREに惚れ込んだのか、それともAZUREが彼女に惚れ込んだのか…それは今となっては曖昧であるが、それなりの信頼と絆はある。
……と、黒沢は思っているが……
自由奔放で男勝りな茨の考えは未だに分からなかった。こう見えて情が深い部分もあるのは知ってはいるが。
とにかく知らないうちにAZUREの二人が彼女に懐いてしまい、彼女もまた振り払わずにこうして可愛がってくれているのだ。
(…奇妙な縁だな…こうして考えると…)
「…で?あんたの坊ちゃんどうしたの?」
「時はいつも通りですよ…」
「…優等生の方じゃなくって、問題児の方だよ。いつも馬鹿みたいに騒いでるくせに…ああ大人しくされちゃ気味悪くって仕方ないよ…」
髪を掻き上げながら、茨は未だぼんやり物思いにふけっている伴を無遠慮に指さした。
「…私が知りたいですよ…本当あいつは…」
「…恋でもしたんじゃないかい…あいつも年頃の男だろ?」
「こ、恋!?まさか!!何言ってるんですかあなたはまた…」
「…なんでやっさんがまともに動揺するんだい?…高校生って言えば多感な年頃だろ?あたしがあいつ等くらいの時は結構やんちゃしたもんさ…今考えると……」
「……」
「……まぁ。あたしの事はどうでもいいか…。で?伴はやる気あるのかい?」
「…茨さん、あなた一体何をして来たんですか?」
「……」
「何故無言なんですか…」
「…伴~!!あんたそんな間抜けな顔してちゃ仕事になんないよ!!しゃきっとしな!!」
「…茨さん?」
はぐらかしたのか、思い立ったら即行動の彼女ならではなのか……
茨は大声で伴を呼びながら大股で彼の方へと歩いて行ってしまった。
(…本当…謎だ……)
伴の前に立ち何やら喝を入れている茨の後ろ姿を見ながら、黒沢は首を傾げため息を深く吐いたのだった。
(…謎と言えば…あの人も…)
茨とふと重なった人物を思い出し、黒沢はまた考え込んだ…
伴が散々迷惑を掛け巻き込んだ相手…宮園蕾。彼女の隣に居たあの奇妙な和装の青年だ。確か本屋の店長で、名前は如月紫乃と言ったか。
まともに話たのは電話越しだけだったが、かなりしっかりとした青年…と言った印象がある。ロケの時にも見かけたが、対応も穏やかで爽やか…そしてあの整った顔立ち。
伴はともかくあの警戒心の強い時までもが懐いている。後で知ったが彼はあの人気個性派作家、東雲青嵐と来た…世間は狭い物だ。
しかし何故あの爽やか好青年とこの破天荒な茨が重なったのか…。確かに二人とも美形で奇妙な恰好をしているが。
「…黒沢さん…伴、あれからずっと蕾ちゃんの家に行ってるんですか?」
「え?ああ…時…」
「『え?』じゃ無いですよ…ちゃんと見張ってくれないと困ります。蕾ちゃんはああだし、伴の好みからも外れているから心配無いと思っていましたけど……」
いつの間にか隣に立っていた時に少し驚きながらも、黒沢は次に彼の言う言葉が予測出来てしまい、答える代わりにため息を吐いた。
「…あいつ…まさか本当に蕾ちゃんの事好きになってたりしませんか?」
「…さぁな…俺もさっぱりだよ…」
「俺も色々あって最近は伴のそう言う所放置してきてしまったって言うのもあるけど…そろそろ何とかしないと駄目か…」
眉間を人差し指で押しながら、今度は時が深いため息を一つ漏らす…
いつの間にか茨にからかわれている伴の様子を見ながら…彼は冷静にそう呟いた。
その瞳の冷たい事…。この瞳を見ると黒沢でもぞっとするくらいだ。
「…別に良いんじゃないのか…」
「は?」
自分でそう言っておきながら…黒沢自身も内心驚いていた。特に深く考えず、無意識に出てしまった人気アイドルのマネージャーとは思えぬ発言に。
でも最近の伴の様子を見ていると…どうも頭ごなしに『駄目だ!』とは言えない…
それは彼が伴を幼い頃から知っているせいか…どうも伴の方には甘くなってしまう自分がいる。半分親代わりの様な事をしてきたせいか。
「黒沢さんはいつも伴には甘い…」
「…自覚してる…悪いな…」
「…俺だって…あいつの恋愛に一々口煩く言いたくは無いんですよ。けど今は…」
「…確かに大事な時期でもある…けどな…」
再び伴へと目を向け…
黒沢はゆっくりと時に目を移した…
「…言って下さいよ。」
「…なぁ、時…。あいつ、最近変わったと思わないか?」
「は?」
「…いつも以上に楽しそうと言うかな…活き活きしてるんだよ…目が…。輝いてるって言うのか…いや、あいつは仕事中だけはキラキラしてるんだが…」
「…オンオフ関係なく四六時中輝かれたら迷惑ですよ…」
「…まぁ、そうなんだが…。ちょっと落ち着いて来たって言うか…」
「…そうですか?」
「…お前がそう思わないなら俺の思い違いかもしれないけどな…でも…俺は蕾さんは良い子だと思うし、今まであいつが付き合って来た中じゃ一番まともというか…」
「ドロップキックしたり投げ飛ばす女の子がですか?」
「…い、いや…まぁ…それは置いておいてだな。彼女は違うんだよ…あいつにとってそれがどう影響するかは分からないけどな。俺は良い方向へ向かっていると思いたい。」
「…俺だって…そう思いたいですけど…」
「ならちょっと見守ってやってくれないか?伴にはああいう子が必要なのかもしれない…」
「……分かりました。」
「…そこをなんとか!ってえ!?お前……」
「…分かりましたって言ったんですよ。」
時の思いがけない言葉に、黒沢は一瞬耳を疑った。
あの冷静沈着でAZUREの為なら鬼にもなる様な時が…
まさか…同意するとは……
「…ここで俺が煩く反対したら、あいつきっとまたやけくそになるでしょ…だからです。そこら辺の女達と適当に遊びまくられるくらいなら、蕾ちゃんに任せる方がいくらか安心出来るって事です。」
「…お前も変わったな…」
「俺は変わってませんよ…AZUREの事しか考えていませんから。」
ここで初めて時が笑みを見せた…
ただし…いつもの作り物の笑顔では無く心からの…
「…俺も蕾ちゃんみたいな逞しい子を見つけられたらいいんですけどね…」
「…お前まで…大体彼女イケメンは駄目なんだろう?」
「そうですね…。けど…それをぶち壊して馴染ませてしまうあいつも凄いって事ですね…本当あいつには敵いませんよ…」
「おいおい、何言ってるんだ?お前の方がどれを取っても伴に勝ってるだろ…。それ聞いたら伴がまた怒るぞ?」
「泣くの間違いでしょ?」
「…前言撤回だ。お前は変わってない。」
「当然ですよ。あははは!」
今度は作られた笑みで実に楽しそうにそう言う時を見て、黒沢はまた心底ぞっとしたと言う…
AZUREは本当にバランスの取れたコンビだと思う…そう感じながら…