第12話 今こそ立ち上がらん時
文字数 4,598文字
「あ、お疲れ様っす!!」
某所某スタジオにて。この日も有沢伴は多忙であった。
朝からドラマの番宣やら歌番組の収録にドラマや雑誌の撮影、最近ではバライティ番組にも出るようになりトーク術もこれまで以上に必要となってきて正直参っていた。課題はまだまだ山積み、日々努力あるのみである。
話すこと自体は苦手ではない。人見知りもしなければ大抵は誰とだって打ち解けられる自信もある…が…
共演者の人気の芸人だの大御所の司会者だのが調子に乗り面白がってプライベートの事を根掘り葉掘り聞きたがるのだ。当然『伴君彼女いるの?』とか『好きな子くらいいるよね?』的な事も。女子アナや女優ですら彼のこういう話には興味深々らしく、目を輝かせこちらを見て来る。
自分に自信がない訳では決してない。なかったらこんな仕事やっていないとすら思う。だからってベラベラと自分の事を話す気も全くない。
「好きな子ねぇ…」
伴の好みは割と小柄で儚げな清楚可憐な女の子だ。決して長身で暴力的なイケメン嫌いな女子ではない。むしろそれは論外である。
「…でもあの時のあいつの顔…傑作だったな…」
イケメンアイドルお断り、触るものなら即座にパンチにキック…そんなバイオレンスな蕾だったがあの時は少し違っていた。
(また殴られると思ったのに…あいつ呆然としてたよな…)
自分ではちょっとからかってやったつもりだった。でも正直驚いていたのだ。
自分が触れただけで蕁麻疹起こして拒否反応をする前代未聞の蕾がまさか自分から触れくるとは…ちょっと頬に触れただけだが…
「…あいつなんだかんだ言って俺に慣れて来たのか…?はは、それなら良いけど…」
何だろう…馬鹿にして呟いたつもりだったのに内心少しだけ嬉しいと喜んでいるのは…。今まで苦労して来たからだろうか。
「何一人でぶつぶつ言ってんだよ…」
「うお!?時!?」
「…相変わらずオーバーなリアクションだな。お前芸人の方が向いてるんじゃないか?」
ここはAZUREの為に用意された楽屋だ。当然相方の
時は伴とは正反対で、常に冷静沈着。穏やかに見えながら実は結構計算高い腹黒い性格なのだ。つまりしたたかだ。
けどこの知的で少しミステリアスな雰囲気…そして普段から漂うこのアイドルオーラ…眼鏡を掛けている今でさえ伴には眩しく見える。
「…お前最近家に帰ってないんだって?何処にいるんだ?」
「え?なんでそれ知ってんだよ!?やっさんか!?」
「何か隠してるようで気持ちが悪かったから問い詰めた。お前嘘下手だし。演技は上手いのにな…」
「…うっせ!で?やっさん喋ったの?」
「訳あって別の所で生活してるとしか聞いてないけどな。お前女の所じゃないだろうな?合コン好きなのは知ってるけど…俺に迷惑かけるような事だけはするなよ?」
テレビで見る穏やかな雰囲気とは違い、今の時は表情を全く変えず冷たい瞳をして伴を見ていた。
(…こいつはこういう奴だよ…)
時と組んで早五年。正式にAZUREが結成したのは十五の時だが、仮として組まされたのは十二、だからそれくらいになる。中学の時からの付き合いになるが出会った時から彼はこんな感じだった。
常にAZUREとしての利を考え行動し、負になるものは切り捨てる。どんな物でも。それが彼のやり方だ。それは時に冷酷でもあり、伴はそんな彼のやり方だけは許せない…今でも。
けど気が全く合わなければ五年も続けられるはずもなく…ここまでAZUREとして二人で伸し上がって来たのだ。それなりの絆と信頼もある。少なくとも伴にとっては信頼できる人間の一人だ。
時が冷酷に切り捨てるのもAZUREの為であり、伴の為であることも知っている。だからだろうか…いつまで経ってもどこか敵わない憎めないと思ってしまうのは。
「そう言えばお前…明日から新しいドラマの収録だろ?台詞は覚えたのか?」
「お、覚えたよ…」
「…ったく…ちょっと台本貸してみろよ。付き合ってやるからしっかり覚えて完璧にしておけよ?」
「だ、だから大丈夫だって!!」
「大声出すなよ…迷惑だろ?」
図星をつかれたのか…伴が慌てて台本を隠そうとするので、時は慣れた様子でそれをひょいと奪い微かに笑った。
それは相方に対する愛情からか…ただ単に馬鹿にしているだけなのかは分からないが……
*****
『全ての謎は解けた… 』
今日も相変わらず雨だった。そしてこの日は夜になっても雨は止まず激しく降り続けていた。
そんな激しい雨音を窓越しで聞きながら…あたしは何故か有沢伴が出ている新ドラマをぼんやりと見ていた。
こいつ…今回は切れ者の探偵かよ。格好つけちゃって……。
白シャツに黒のスラックス…一丁前にループタイなんかも付けちゃって…
「この事件の犯人はあんただ!」
「わぁっ!?」
犯人はお前だってところでちょうどタイミング良く現れたのは…今テレビの画面に映っている有沢伴本人…テレビと全く同じ迫真の演技で持ってあたしを指さしてきた。
なんだろう…なんか絶対にしたくないけど…こうされると……
「すみません!どうしても受験から逃げたかったんです!!」
「…逃げたって何もならないぜ…しっかり現実を見なきゃ駄目だ!!」
「だって…どうしてもこの現実に耐えられなくて…」
「…それでも立ち向かうのが生きるって事だ…」
「…これでも?」
ペラッ…
そう言って迫真の演技の有沢伴の前に今日戻って来たばかりの英語のテストを見せてみた…
点数は…とてもお口には出せません。恥ずかし情けな過ぎて泣けてくるから…。
「…お、お前…これ……!?」
「…これでも立ち向かえって言うの?探偵さん?」
「…お、おお…これは…なんていうか…。う、うわぁ~…」
同情に満ちた顔をしあたしの肩をぽんと叩くと、有沢伴は…
「ごめん…まさかこんな事になってたなんて…」
「いやこっちこそごめん…目も当てられない物見せて…」
「…燃やすか?」
「埋めとく…」
「外大雨だけど…」
「いっそ流れればいいと思う…雨に…」
その後そのテストの行方は誰にも分からないとか…
まぁ、そんな事はどうでも良い…
「…まぁ、冗談は置いといて…ん?楽譜?」
テーブルの上に投げ出してあった楽譜を拾い上げると、有沢伴は興味深げにそれを眺めながらあたしの隣に腰を下した。
梅雨場のじめっとした季節なのに何この爽やかな良い香りは…なんか腹立つ。そして拒否反応を示さなくなったあたしにも…
「部活の楽譜よ、コンクールで歌う曲なんだって。」
「歌!?お前合唱部なの!?」
「まぁね…って言ってもあたしは歌わずピアノ伴奏専門だから。」
「なんだ歌わねーのかよ…せっかく俺が歌い方のコツを伝授してやろうと思ったのに。そしてあわよくばお前の部活の女の子達にも…」
「クズ野郎爆発しろ。コツってあんた…そっかアイドルだっけ!?」
「そこもう驚くとこ違う!!お前こそ爆発しろ!!」
「…そっかぁ…あんたアイドル…ふ、ふふ…アイド…」
「可愛そうな人見る目で薄ら笑い浮かべんな!!マジでどこまでも失礼な奴だな…!!」
「…必要ないわよ。あたし歌わないし…」
「じゃあなんで合唱部なんて入ったんだよ?」
「先代の先輩に賭けで負けて…ピアノ伴奏限定って事で入部したのよ…」
「なんだそれ。…あ、じゃあお前ピアノ弾けるの!?」
「あんたこそ失礼な奴だね…弾けるけど?じゃなきゃ伴奏出来ないし…」
「マジ!?じゃあちょっと弾いてみろよ!!俺聞きたい!」
「なんでよ?嫌よ面倒臭い…」
冗談じゃない…ピアノだって別に好きで弾いているわけじゃないのだ。先代とのお約束で仕方なく弾いているっていうのに…
それにこうやって人に注目されて弾くなんて…合唱部の伴奏だからかろうじてやって来れたのだ。
「…お前怖いの?俺の前で弾くの…」
「別に…そ、そんなんじゃ…」
「…じゃあなんでそんな嫌がるの?」
「そんな嫌がってるつもりは…ただ面倒くさいだけよ。」
「…ふ~ん?俺にはそうは見えないけど?」
いつの間にかあたしの前に立っていた有沢伴は、あたしをじっと真顔で見つめた…
な、何よその目…?何か全てを知ってますってそう語っているような気がして怖いんだけど…
こいつの真顔は怖い…こうやってじっと見つめられると目が離せなくなってしまう。金縛りにあったように動けなくなってしまうから。
「…お前さ、何か深い闇があんだろ?」
「はぁ?」
「誰にも言えないような深い闇…俺には分かる…」
さっきまでテレビで演じていたような名探偵さながら、有沢伴は冷静にそう言うと少し屈んであたしに顔を近づけて来た…
前髪が鼻先に触れるくらい近い。それが妙にむず痒く…そして何故か胸が苦しくなる…
「…前に失敗がどうのって話てたけどもしかしてそれに関係してる?」
「は、はぁ?」
「…お前ってなんかポジティブそうに見えてネガティブっていうかさ…明るいのに暗いっていうか…見ててそう言うとこイライラするんだよ。」
「…そうだったとしてもあんたには関係無いことでしょ?あたしが暗かろうがネガティブだろうが…。何?それであんたに迷惑かけた?大体あたしの事なんも知らないくせに好き勝手な事言わないで!」
「じゃあちゃんと話せよ。俺は確かにお前の事何も知らないよ…それはお前も同じことだろ?お前は俺の事興味ないかもしれないけどさ…」
「全く無い。」
「だからそこちょっと悩めよ!って…まぁ、それは良いとして…。俺はお前に興味があるんだよ。だからもっと知りたいって言うかさ…」
「は、はぁ…!?」
こいついきなり何言ってんの?あたしの事興味があるって…もっと知りたいって…
その時の有沢伴の顔はいつもみたいにふざけていない…むしろ真顔で嘘など言っている様な感じはしなかった。
だから…尚更困る…反応に……
な、殴りたい…いや、けどそんな理由ないし…
逃げ出したい?いや、でも動けないし…
「か、勘違いするなよ!別にお前の事好きとかそんなんじゃねーからな!!」
「…有沢さんはツンデレですか?」
「ち、ちげーよ!!ちょっとそんな風になったけど!!…け、けどな!ここまで意外と長く一緒にいたら気になるんだよ…馬鹿…」
不意にあたしから目を反らすと、有沢伴は何故か少し照れたように呟いた。ちょっと頬なんか赤くしながら。
何この反応…?完全なるツンデレじゃん…。
いや、でも…別に普段ツンツンしてるわけでもないし…
と言うか…な、何!?なんかこいつが妙な事言うからなんかあたしまで…
かぁっと頬が熱くなるのが分かった…
な、何あたしまでつられて照れて赤くなってるの!?しっかりしなさい蕾!!あなたイケメンアイドル嫌いでしょ!?ここは殴り飛ばすのよ!!
「…それに俺、お前がピアノ弾いてるところ見てみたいんだよ。なんか気になるし…」
「…だ、だから何でよ…」
「弾くのが嫌なら一緒に歌うとか…?」
「よし、ピアノ弾いてあげるわ!」
「決断早っ!?」
あたしは有沢伴を押しのけ速攻立ち上がるとリビングを出た…ピアノを弾くために…
だ、大丈夫…相手はただの有沢伴だ…緊張する事なんかないんだから…
色々な意味で胸を高鳴らせながら、あたしはピアノのある部屋のドアを開いた…
その後に続いて有沢伴も…
ドアは静かに閉じられた。