第59話 自分の気持ちは自分が一番理解出来ていないことがある
文字数 8,696文字
・・・・ってそんな事はなく。全く。
あたしは自宅の玄関で不審者の如くウロウロしていた。
「も、もしこのまま家に入って
と、一歩また下がりウロウロ。頭を抱え叫んで逃げたい衝動と闘いながら呟く・・・そんな不審な行動をずっと繰り返し繰り返し続けていた。
家の窓からは当然明かりが漏れている。誰かいる証であり、必ずしも伴が来ているとは限らない。それはあたしだってわかっている。
『品定めしてやるって気持ちで付き合ってやるのも面白いだろ?』
茨さんの不敵な笑みと共に蘇る言葉。
強気!!本当あの人強気すぎる!!
今考えてみるとなんともおこがましいことか!平々凡々とした一般女子高生(崖っぷち受験生)が超人気アイドル様を
品定め
する感覚で付き合うだなんて!!確かにあいつはバカだし、ちょっとムカつく所もあるしついでに言えばオーラゼロのジャージ男だけど。でも、
あれ
はアイドル
なわけで。それは紛れもない事実で、テレビを観ればすぐに証明出来る程本物
であるわけだ。「あ~!!ど、どうしたらいいの!!助けてドラ〇モン!!」
・・・・いや、わかってるよ?そんな事言ったところで猫型の丸顔ロボットがやって来るなんて奇跡起こらないことぐらい。けど、どこ〇もドアが欲しいくらいだ。つまり逃げたい!!
「あ!こんな時こそ雪狐様のお力を・・・」
雪狐神社で茨さんに別れ際に買ってもらった雪狐守りを取り出すと、それを両手で握りしめ目を閉じ呟く。
「雪狐様雪狐様・・・どうぞこちらに来てあたしをお守りください・・・」
ん?えっとこんな感じでいいのか??なんかこれじゃあこっくりさんと一緒じゃ・・・。
十円玉とか用意した方がいいのかしら??
「・・・ってそうじゃないだろ!!あたし!!」
「うん、とりあえず家に入ろうか?落ち着こう?」
ポンっ
穏やかな声と共に背後から肩に置かれる手の感触・・・。この感覚をあたしは良く知っていた。
振り向けば、そこにはにこやか・・・いや、今は大分引いた感じの紫乃さんのお姿が!?
や、やばい・・・。そういやあたし、今日はこの人とのお勉強すっぽかしちゃったんだ!!これはもう神頼みしている場合じゃない!!
「・・・全く。何があったのか心配して来てみたら・・・蕾ちゃんは本当蕾ちゃんだね。」
「なんですか?それ?」
さすがの紫乃さんも呆れたのだろう。ため息吐く事も隠さず、首を振っていた。
何も言い返すことはありませんよ。紫乃さん。あたしが全て悪いんです!!
「あの!こ、これにはちょっとした
「はいはい、ちゃんと聞くから家に入りなさい。」
「ま、待って!!それは駄目!!駄目です!!」
「え?」
ぐいぐい家のドアに向かって紫乃さんが押していくので、あたしは慌てて踏ん張り抗議した。
そう簡単に入れたら苦労しない!!こんなとこで頭抱えてウロウロしてたりしない!!
「な、何かあったのかい?やっぱり・・・」
「何も無いのにこんな事するとでも?」
「思わないけど・・・。仕方ないなぁ・・・」
「何も言わずにちょっと・・・」
「え?あっ!ちょっと蕾ちゃん?」
ぐいぐいと紫乃さんを家から遠ざけ・・・近所の公園まで押し進めて行った。
戸惑いながらもそれに付き合ってくれる紫乃さんは本当優しい。単に面倒臭くなっただけなのかもしれないけど。
「ふ~・・・いい仕事しました。」
「俺をここまで運ぶのがかい?」
「紫乃さん意外と重いんですねぇ・・・。駄目ですよ!運動とかたまにはしないと!!」
「蕾ちゃん、俺も暇じゃないんだよ。あと、運動はちゃんとしてるから心配ないよ。」
少しムッとしたのか呆れているのか、紫乃さんは笑顔でそう言い放つと再びため息を吐いた。それは深く長いものを。
「それで?話す気になってくれた?」
「え?」
何だかんだいいつつも、その後紫乃さんは近くの自販機でホットココアなんか買って来てくれた。十一月の夜は肌寒い。しかも外だ。
つい、ココアでまったりした気持ちになってしまったあたしは、当初の目的も忘れきょとんと首を傾げ紫乃さんを見ていた。
まぁ、直ぐに我に返って謝ったけど。笑顔もだんだんと恐ろしくなって来たから。
「雪狐守り?蕾ちゃん、もしかして今日
「え!?な、何でわかったんですか!?」
確かにあたしの手には茨さんから貰った雪狐守りが握られていた。けどそれだけで茨さんと会ったなんて当ててしまうとは。もしかしたあたしは付けられていたのか?この人に?
なんて怖い想像をしつつも、茨さんが雪狐町に住んでいると言う事を思い出した。あの二人は昔からのお知り合いの様だし・・・もしかしたら紫乃さんも何度か茨さんの自宅を訪ねたことがあるのかもしれない。それでわかったとか。
「・・・あの、紫乃さん。茨さんってちゃんと男の方とお付き合いされていたんですね。」
「え!?あの人が!?」
あら?凄い驚き様・・・?もしかして紫乃さんも知らなかったのかな。
「えっと・・・ちょっと成り行きで聞いてみたんですよ。『お付き合いした事ありますか?』って・・・そしたらそんな話してくれて。あ、今は仕事が恋人みたいなこと言ってましたけど。」
「な、なんだぁ~・・・。蕾ちゃん、びっくりさせないでくれよ。俺はてっきり『今付き合っている人がいる』ってことかと・・・」
「ああ、それで。確かに茨さんから恋愛って想像出来ませんよね。でも、とても繊細な美少年だったそうですよ?凛さんみたいに可愛い感じの人だったのかなぁ~!!」
「『繊細な美少年』かぁ・・・ちょっと語弊があるんじゃないかな。それ。」
「ああ、過去の想い出を美化しすぎて・・・」
「そうだねぇ・・・」
ズズッ・・・・
なんだか妙に納得してしまい、ココア一口。甘い液体が喉に流れ込み少しだけ体も温まった気がした。
なんか・・・沈黙?あたし変な事言ったかな??
紫乃さんもそのまま何を言うでもなく、ただ前を向いて黙っていたので何となくあたしも黙っていた。別にあたしの言葉に動揺したわけでも怒ったわけでもなさそうだけど。
その整った横顔はいつもの穏やかな好青年の表情だ。服装もぶれずにいつもの。
また何か急に変な事言い出したりして・・・。
「・・・そうだ、俺は怒っているんだった。」
「あ、やっぱり。」
「なんでいきなり神頼みしたのかは知らないけど・・・」
「勉強すっぽかしてすみませんでした!!でも・・・とてもそんな気にはなれなくて・・・」
「うん、まぁ謝ってくれたからいいけど。伴君に何か言われたんだろ?想像はつくけど・・・」
「いや、あいつというよりはあたしが・・・」
「ん?」
「あ・・・・」
しまった。つい言ってしまった!!余計なこと!!
慌てて口を塞いだがもう遅い。紫乃さんが笑顔で首を傾げ続きを待っている。楽しそうに。
「・・・いやぁ、ほ、本当大した事じゃないんですけどぉ・・・」
「言ってごらん?」
「やっぱ言わないとですか?・・・あ、ああ!!わかりました言いますって!!」
『言わないとお兄さん怒っちゃうよ?』と笑顔で訴えている様だったので、あたしは慌てて身を引いた。紫乃さんがずいっと身を寄せ迫って来たので。
「言っちゃったんですよ・・・勢いで。」
「何を?」
「・・・す、好きって・・・・」
「ん?」
「だ、だから!好きって言っちゃったんですってば!!あいつ前にして!!」
「・・・んん?」
「で、ですからね・・・好きって・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・えっと・・・蕾ちゃんが?」
「はい・・・」
「伴君に?」
「はい・・・」
「好きだと・・・」
「だ、だからそうだって言ってるじゃないですか!!」
「・・・え?えっと・・・・」
「紫乃さんあなた混乱してます?」
「・・・う、う~ん・・・うん。そうだね。」
なんで紫乃さんが混乱してるんですか!!
うう、こっちがそうなのに!!
笑顔でフリーズする紫乃さんは、首を傾げたポーズのままあたしを見つめていた。こんな紫乃さんは初めて見るかもしれない。
「あ、あ~・・・ごめん。俺はてっきり伴君にまた告白されたのかと思って・・・」
「その方が良かったです・・・」
「そう?じゃあ蕾ちゃんは伴君と付き合う気持ちはあるんだね?」
「そ、それとこれとは違います!!」
「でもその方が良かったんだろ?」
「そ、それは・・・」
誤魔化しが効くから・・・そう言いかけて思わず飲み込んだ。それはあまりにも伴に対して失礼な気がしたから。いや、本当そうなんだけど。
でもあたしは今までそうやってうやむやにして来た。だからもし、今回も・・・
あの時
もあたしではなく伴がそう言って来たとしたら・・・きっとあたしはまた同じようにうやむやにして誤魔化していたに違いない。こんな風に悩んで・・・いや、悩むふりをして逃げながら。
「・・・茨さんに言われたんですよ。『自分を守ってばかりじゃ前には進めないよ?たまには一歩踏み出して冒険してみるってのもいいんじゃない?』って・・・それって逃げたばかりじゃ駄目って事ですよね。」
「『冒険』かぁ・・・ははは!茨さんらしいなぁ。」
「そこですか!?」
「ごめんごめん。でも、そうだね。茨さんの言う事も一理あるんじゃないかな?それに蕾ちゃんは確実に一歩前進しているんだから。」
「それ、茨さんと同じ言葉です。」
「なんだぁ・・・それも言われちゃうとはな。俺の立場が無いよ。」
「あははっ!紫乃さんと茨さんやっぱり何処か似てますよね?」
「なんだいそれ?酷いなぁ・・・」
「そう言う所も同じですね。」
「はぁ・・・まぁ、蕾ちゃんがそう言うならそうなのかもしれないね。」
そう言って笑う紫乃さんはあの時の茨さんと同じ様に穏やかな表情をしていた。なんかここまで来ると、本当は二人して裏で手を組んで変な作戦でも立てているんじゃないかと思えてくる。
「それで?冒険してみる気にはなったかい?」
「え!?」
「俺は今回何も言えなかったけど、代わりに
綺麗なお姉さん
にアドバイスを貰えたんじゃないかな?」「・・・アドバイスなんでしょうか。それ。」
「あの人なりのアドバイスだと思うよ?」
「はぁ・・・」
そう言われて改めて考えてみる。答えはやっぱり簡単には出て来ない。
けど、一つ言えるのは・・・あの時と同じ様に気持ちは軽くなった。今度は昔なじみの頼れるお兄さんのおかげかな。なんて思ったり。
「『とりあえず』なんていい加減な気持ちでいいんでしょうか?」
「蕾ちゃんが一生懸命考えた結果の『とりあえず』ならいい加減な気持ちなんかじゃないだろ?そこにはちゃんと気持ちがあるんだからさ。」
「・・・そう、何でしょうか・・・う~ん・・・・!!」
「ははは、また悩んじゃった?ま、伴君も蕾ちゃんのそう言う所をわかってくれているんじゃないかな。だからすぐには答えを求めたりしないんじゃないのかな。」
「え?」
「電話、今日掛かって来た?」
「・・・そ、そう言えば何も・・・・掛かって来ても良さそうなのに・・・」
確かに。『俺ちゃんと聞いたからな。一度言った言葉にはちゃんと責任を持てよ~?』なんて浮かれた笑顔を浮かべていたくせにあの後何も連絡がない。仕事が忙しいだけと言うのもあるけど。
けど、あいつの性格から考えて・・・すぐにでも連絡するだろう。普通。なのに何もない。と、言う事はやっぱり・・・
気を遣われている?それとも試されてる??
それとも・・・・
乙女心は男にゃわからんとも言うが、男心はあたしにわからない。それはあたしが乙女であるからか、それが伴だからか。
やっぱり考えれば考える程駄目だ。答えは分からない。
「し、紫乃さん!あたしはどうしたらいいんでしょうか!!」
「え!?そ、それはお兄さん決められないよ。蕾ちゃんが自分で答えを出さないと。」
思わず紫乃さんの胸ぐらを掴み立ち上がると、その勢いでココアの缶を取り落としてしまった。茶色い冷めた液体が足元にじわっと広がって行くのがまた気持ちが悪い。まるでそれはあたしの心の中の様で。
「あ~、溢しちゃって・・・蕾ちゃん大丈夫?靴とか汚れてないかい?」
さっと対処する紫乃さんの言葉など聞こえないあたしは、またモヤモヤする気持ちを抑えようと闘っていた。
ああ、なんかもう・・・あたしはいつまでこんなことを繰り返すんだろう?
モヤモヤ・・・イライラ・・・
心の中に渦巻く二つの気持ちはとても気持ちが悪い。
その気持ちの悪さを失くすためには・・・いや、そもそもその原因は??
なんだか間違っている気がするけど、あたしは無性に腹立たしくなって来た。自分にではなくその
原因
を作った人物に対して。そして、偶然にも・・・幸か不幸かその原因は自らやって来た。あたしの気持ちに引き寄せられたのかもしれない。
「あれ!?蕾と・・・紫乃さん?」
「伴君?どうしてここに・・・」
聞き覚えのある能天気な声、それに反応する紫乃さんはその声の主を見て目を見開き・・・そしてあたしの様子を伺う様に見上げる(汚れた靴を拭いてくれていたので)と、更に目を見開き静かにあたしから離れた。
何かを察知したのだろう。しかしそれに気づく事無くあいつは能天気に首を傾げとことこと近づいて来たのだ。紫乃さんが止めようとするのにも気づかずに。
「なんだよ~!こんなとこにいたんだ?俺一回家まで行って・・・」
「・・で・・・だろうが・・・」
「何?」
何も考えていないのか、無邪気に笑って首を傾げるあいつの姿を見て、あたしの何かが切れた音がした・・・こう、プツっと。そして距離を取る。
あとはご想像のとおり・・・
ドカッ!!バシャーンッ!!
はい、お約束のドロップキック~!!久しぶり!!
しかも運よく(悪く)あいつの後ろには池があった。あの時と同じ様に。
「・・・ってぇ~な!!いきなり何すんだよ!!」
「あ!?何!?何ってドロップキックよ!!見てわかんないの!?」
「だからなんで!?」
あたしだって良く分からない。けど、何だか無性に腹が立っていたので少しだけスカッとした。一瞬だけ。
しかし目の前のあんにゃろうは間抜けに池に浸かりながらあたしを見上げていた。あの時と同じ様に。そう、初めて会ったあの時と。
ただ一つ違うのは・・・あいつがキョトンとしていて、少し離れたところにいる紫乃さんも同じ様にキョトンとしている事だろう。
「何かあんたの顔見たら腹が立った!!」
「理不尽!!」
「いいから今度こそアイアンクローさせなさい!!」
「い~や~だぁぁぁ~~~~!!」
良く分からないけど、なんかまだイライラするぞ?こうなったらもうスリーパーホールドでもエビ固めでもジャイアントスイングでもするっきゃない!!
あたしの気迫に鬼気迫るものを感じたのだろう。伴は慌てて池から起き上がると走り出した。勿論あたしは追いかける。紫乃さんは呆然として見守っている。
「待てこら~!!」
「な、なに!?何なのこの子!?」
「なんかむしゃくしゃするから殴らせろ~!!」
「嫌に決まってんだろ!!ば~か!!ば~か!!」
まるでその様子・・・喧嘩する幼稚園児か小学生の様。しかも夜の公園だ。誰も居ないのが幸いだが近所迷惑は必至だろう。
後から思う。なんて低レベルな追いかけっこなんだろうと。
「マジでなんなんだよ!お前!!」
「それはこっちの台詞よ!!」
夜の公園、散々追い回したせいかさすがの伴も力尽きたのか。もう何周目かもわからない所まで走り回ってその場にへたり込んだ。そしてあたしも同じく。
ああ、これだけ走っても消えないこの苛立ち・・・なんなんだはこっちだ!本当に!!
再び静まり返った公園には、噴水の音と二人の疲れ切った吐息だけがしている。
「なんなのよ・・・あんたあたしみたいに背が高くてその上凶暴で気の強い女なんて好きじゃないクセに!!つーか!最初に言ってたわよね?『長身で凡人並みの顔じゃ相手になんねーよ』ってさ!それがなんでこんな・・・」
「お前いつの話してんだよ・・・つかそれは本心じゃねーし。」
「もう会わないって思ってたら何かすぐ現れるし、その上図々しいお願いもしてくるし、挙句なんでかあたしの家に居座ってるし!!なんなのよ!!もう!!」
ああ、なんか過去のこいつとの出来事を思い出して口にしてみると苛立ちが増していく。こんなのみっともないってわかっていても言葉が止まらない。絶え間なく出て来る。
もう、自分が何を言いたいのか何を伝えたいのかわからなくなって来た・・・
「ピアノ弾かせるは、歌うたわせるは!あたしがイケメン嫌いなの知ってて逆なでするようなことばっかするし!!ジャージだし!オーラないし!!」
「えっと・・・うん・・なんかごめん。」
ああ、これ。今は怒りで顔がまともに見れないけどわかる。伴は引いている。それもかなり。無理もない。このあたしの情緒不安定っぷりを見て引かない者はいないだろう。
誰かに止めて欲しい。止めて欲しくない。いや、やっぱりなんとかしたい。そんな気持ちと分からない苛立ちで心はぐちゃぐちゃだ。自分でもどうしてこんなになっているのかわからない。
「あんたのせいであたしの平穏な生活が台無しよ!なんでこんな・・・忘れかけてたこと・・・忘れたいって思っていた事をなんで一々思い出させてくれるのよ!!なんで・・・イケメンとか、ましてアイドルなんて大嫌いなのに!!」
「う、うん?わかったから落ち着こうぜ?な?」
「うっさい!触るな!!」
「また再発した!?」
「あたしは!イケメンもアイドルも大嫌いだし、もう恋愛なんてしたくないのよ!!それをあんたが・・・あんたが好きだのなんんだの言い出すから!だからあたしも何か変な気持ちになって!なんであたしがこんなイライラしないといけないのよ!なんであたしがこんないつもいつももやもやして悩んで・・・なんで気づいたらあんたの事ばっか考えなきゃならないのよ!!」
「・・・それは、まぁ・・・俺が好きだからじゃ・・はい!すみません!!」
伴がまた変な事を言いかけたので、あたしはギロリと睨んでやった。
好き・・・なんでこんな簡単に言えるんだろう。好きでもない、ましてタイプでもない自分のことを・・・むしろ出会いは最悪だった。なのにこいつはなんで・・・
「なんであんたはそうやって・・・!簡単に言えちゃうわけ!?」
「そりゃ、仕方ないじゃん。気づいたらそうなってたんだから。」
「それよ!腹立つ!!」
「え、え~・・・?ってえ!?ちょ、お前・・・!?」
あ。やばい。なんか感情が高ぶったせいか涙が出て来たみたいだ。
頬に熱いものが伝う感覚と伴の今までに見た事もないような慌てっぷりにやっと気づいた。
ああ、何か散々追いかけて当たり散らして泣くって・・・。どうしようもないなあたしは。
気持ちがわからないから腹立たしい。はっきりしないから泣けてくる。止まらない。そんな自分が惨めで腹立たしくて、そんな風にしている伴にも腹を立てている。感情が先走って自分で制御出来なくなってくる。
みっともない・・・
こんな自分は誰にもみられたくない・・・
一番嫌いな弱い自分の姿・・・
「ってポエムか!!」
「何が!?」
「・・・ごめん。なんでも・・・もういい!」
「よくなくない!?」
涙を乱暴に拭うと、あたしは立ち上がりスタスタと紫乃さんの方へと歩いて行った。
拭っても拭っても涙は出て来るし、視界が滲んで良く見えないし・・・。何か頭の中がガンガン言ってグワングワン揺れてるし・・・最悪だ。
伴が追いかけながら何か言っていたが、聞こえない。いや、今は聞きたくない。
「・・・蕾ちゃん?大丈夫?」
「紫乃さん・・・」
優しい紫乃さんの声と顔を見たらまた涙が溢れて来る。
頭を撫でられるとまた・・・。あたしは何も言えず、答えも出ずただ混乱してパニックになって・・・。
最後は結局紫乃さんに縋り付いて泣いた。子供の様にわんわんと声を上げて。人ってこんなに泣けるのかと思うくらい。
それから記憶が無いからきっと・・・泣きつかれて眠ってしまったのだろう。