第62話 寝耳に水
文字数 8,479文字
が、あたしは・・・より一層、腑抜けていた。
「はぁ~・・・」
参考書を開きシャーペンを片手に固まる事早二時間・・・は経っていると思う。隣に開いた回答用のノートは真っ白だった。
『ちょっと家に戻るけど、蕾ちゃんちゃんとこの問題解いておいてね?』
紫乃さんがそう言って宮園家を出たのも二時間前。あたしはそれからずっとこんな調子でため息ばかり吐いては、ようやく解るようになってきた問題を前に、何も出来ずにいたのだ。
新たな問題
が難題過ぎて何も考えられなかった。「はぁ~・・・」
先月・・・あたしは伴と付き合うことになった。半ば投げやりだが。それから連絡などあるものの、伴は超が付くほどの人気アイドルの身で、あたしはあたしで余裕が全くない受験生・・・当然のんびり話す機会もない。前にも増して伴の方が多忙ということもあるが。
投げやりに『もういい』と言ったとは言え、あたしもあの後結構覚悟を決めたつもりなのだが・・・。あれ以来一度も会っていないのだ。伴が宮園家を訪れる事はなかった。
いや、それはそれでいいのかもしれないけど。いきなり来たら変に意識してまた余計な事を言ってしまいそうで怖いし。というか、今も少し後悔し始めている。やっぱり今から考え直してしまおうかなとか。
「駄目だ!!こんなこと考えてるから勉強が進まないのよ!!今は受験!受験よ!!」
試験まで残すところ一ヶ月弱・・・周りの協力もあってあたしの頭は大分マシになった。この前も担任の先生に褒められたし。というか、感動のあまり泣かれた。
それにほら・・・付き合うって言ったけど『好き』とはまだ言ってないし。というかまだ分かり兼ねているし。だから今は『受験一番』だ。
「そうと決まれば!よし、この問題は・・・お!これ解る!!あたしもようやく受験生らしくなって来たわねぇ~♪」
それで受かるか受からないかは別だが。でも自信は付いきている。スイッチが入ればやる気だって出せるのだ。
ピロン♪
やる気も出て、順調に問題を解き進めている時だった。スマホのLOINE通知音が鳴ったのは。ついいつもの癖で手に取り画面を確認してしまった。
『ちゃんと勉強してるか?俺は今から収録。時がめっちゃ怖い・・・』
「あ・・・」
こんなLOINEのやり取りはいつもの事だ。別に今更ドキドキしたりなんてしない。『ああ、こいつまた九条さんに何かしたな、馬鹿だな。』くらいにしか思わない。そう、今だって。
「『何したの?ちゃんと謝れよ』っと・・・もしかして・・・付き合うこと九条さんに言って機嫌悪くなったとか・・・?」
あたしもあたしで忙しい事もあり皆に言うタイミングを逃していた。やっぱりちゃんと報告しないといけないか。特に紫乃さんや静乃には。
ピロン♪
「また・・・」
『あいつ最近めっちゃ機嫌悪いんだけど。』
「『あたしのせいだってりして・・・』」
ついそんなメッセージを送ってしまった。まぁ、予想は出来る。九条さんは人一倍仕事熱心で真面目だし、伴と関わるようになった時もけん制しに来たし。伴が浮かれて『俺、蕾と付き合うことになったんだぁ~♪』なんて言った日には何と言うか。
ピロン♪
『いや、それはない。つーかあいつ『想定内だ』ってスゲー冷静だったし。』
おや、意外だ・・・。でも、そのあと気が変わったとか・・・
『俺、社長にも話したから。』
「はぁ!?」
あいつ・・・何を勝手に・・・
確かに隠し事とか好きではないタイプだけど・・・それはそれで・・・
確か伴の事務所『crescent』は恋愛禁止だと聞いた。そんな事務所の社長様に『俺、彼女出来ました!』なんて報告したら・・・あいつ、クビにでもなったら・・・
ピロン♪
『『いいんじゃないのぉ~、おめでと~』ってなんか喜んでた。』
なんじゃそれ・・・!?大丈夫なの?社長!?
『近々ご挨拶行くって張り切ってた。』
マジか!?や、やっぱりこのパターンは・・・けん制!!九条さんの時みたいに笑顔で現れて『うちの看板アイドルに近づくんじゃねぇ!!』とか凄まれるんじゃ・・・。怖い・・・!!やっぱり今からでも遅くない!!なかったことにして・・・
最悪な事態の妄想が幾つも頭に浮かび上がる。それは考えれば考える程に膨れ上がり蓄積され消える事はなかった。伴は
普通
ではないのだ。同い年で、いくらオーラがなくってもあたしとは違うのだ。その問題は今だけじゃなく、これからもずっと付き纏うだろう。伴と付き合うと言う事はそういうことだ。今になって現実が見えて来てしまうなんて。「はぁ~・・・」
また自然とため息が出て手も止まった。
もう嫌だ・・・あたしはこれからもずっとこういう想いを抱いて生きて行かないといけないのか?
コンコン
「蕾ちゃん、入るよ?」
頭を抱えて妄想に捕らわれていると、紫乃さんが戻って来た。開かれたドアにはいつもの紫乃さんの姿、そして背後には何故か静乃の姿もあった。
「どうしたの?静乃?」
「あんたに聞いておかないといけないことがあるのよ・・・」
「何よ?あたしは今それどころじゃ・・・って紫乃さんもなんでそんな笑顔なんです?」
ちょっとの割に遅かったのはこういう事か。途中静乃に出会った紫乃さんは長話でもしていたのだろう。そして何故かいつもにも増しての笑顔。あたし何かしたっけ?
「なんで言わなかったのよ?伴君と付き合う事になったって・・・」
「あ、ああ!なんだそれか・・・」
「なんだってあんたね!・・・と、とにかく。こういうことはきちんと報告するのが義務よ?紫乃さんにもね?」
「あ。」
口に手を当て紫乃さんを見ると、依然笑顔のままあたしを見ている彼の姿があった。ひょとしなくてもちょっと怒ってる?これ?
「ごめんごめん。ちょっとタイミング逃してた。」
「あんたまた『タイミング』って・・・おかげであたしはあのクソ時生から聞いて驚く羽目になったのよ?」
「ああ、九条さんが・・・そっか、それで静乃は紫乃さんに・・・」
「そうよ。でもまさか紫乃さんも知らなかったなんてね。」
「あ、うん。ごめんなさい。」
と、これは紫乃さんに。笑顔のまま頷く姿を見ると納得したのか・・・からかっているだけなのか。
「まぁ、俺は大体わかっていたよ。蕾ちゃん最近ずっと『上の空』って感じだったし。でも敢えて俺から聞かず蕾ちゃんから話してくれるのを待っていたんだけどなぁ・・・」
「ごめんなさいってば!けど今はそれどころじゃないんですって!!」
「ああ、そうだったね。蕾ちゃんが折角やる気を出してくれているし・・・嬉しいよ。お兄さんは・・・本当に・・・」
そう言って心底感慨深い表情を浮かべながら課題の問題集とノートを手に取った。
あ、やばっ!!まだ問題途中だった!!
「ん?蕾ちゃん・・・今の君なら全部出来るはずだけど・・・」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!!」
「これは・・・伴君とのやり取り・・・」
「わぁ~!!何勝手に見てるんですかぁ!?」
LOINEの画面を開きっぱなしにしたスマホを手に取り、紫乃さんはそれを無言で読み始めたのだった。ついでに静乃も。
「・・・『近々ご挨拶』か・・・それで蕾ちゃんはお勉強に手がつかなくなったと・・・」
「凄いじゃない。あの社長直々挨拶なんて。」
「二人して笑顔でやめて!!」
勘弁してくれ・・・ただでさえ変な妄想で疲れているのに、その上この二人の笑顔を前にするなんて。
「・・・まぁ、いいです。どう思います?」
「どうって?良い人じゃないか。」
「そうよ、社長公認の仲になったんだしよかったじゃない。」
そりゃ、この文面だけを見ればそうだけど。あたしが言っているのはこの裏の感情だ。二人ともそれをわかっていて敢えて笑顔でそんな事を言う。本当に意地の悪い。
「そんな身構えなくても良いんじゃないかな。俺も一緒にいるから大丈夫だよ。」
「そうよ、私も一緒に居てあげるから。」
「心強いけども!!でも・・・九条さんの時もあったし・・・これって『挨拶』と言う名の『けん制』なんじゃないかと・・・なんか社長さん怖そうだし・・・」
テレビでしか観た事無いけど。当然。
画面越しに観た社長は堅気ではない雰囲気を醸し出していた。AZUREのマネージャーの黒沢さんもそうだけど、この事務所ってアイドル意外はこんな人達しかいないのだろうか?
「最悪・・・あたしはコンクリート詰めに・・・」
「臓器売られるとか?」
「そ、そう!あとはマグロ漁船に乗せられて・・・ああ、そしたら最悪マグロ漁船が一番マシかもしれない!!」
「そうねぇ・・・釣れるかわからないけど。あ、その時は動画送ってね?」
静乃さん楽しそうですが!?珍しく笑顔でなんてことを・・・
でも、もしそうならどうしようか・・・万が一の為に備えてここは『星花署のハシビロコウ』こと千石さんを装備しておくべきか・・・
「まぁまぁ、大丈夫だよ。あまり心配しなくても。」
「紫乃さんだって楽しんでるんでしょ!!」
「蕾ちゃんの空想話にはね。想像力豊かだなぁ~って。蕾ちゃんも作家になればいいんじゃないかな?」
「新たな可能性を見出さないでください!!」
こっちもこっちで笑顔で楽しそうにして!!あたしがコンクリ詰めにされて海にでも鎮められたらまず初めにこの二人を呪ってやる!!
「あはは、蕾ちゃんは面白いなぁ~!!」
「絶対紫乃さんも道連れにしますからね!!」
「それは困るなぁ。まぁ、いざという時は任せなさい。お兄さんこれでも結構頼もしいから。」
「何するつもりですか!?紫乃さん笑顔で何するつもりなんですか!?」
「ははは、大丈夫大丈夫。」
「大丈夫って何を根拠にそう言ってるんですか~~~!!」
ああ・・・本当にこの人も・・・
いざという時に本当に何をするつもりなのか・・・怖くてこれ以上聞けない。聞きたくない。
***
「あはは!!お前マジでスゲーな!!」
「笑うな・・・」
その夜、珍しく回覧板を届けにやって来た忍に『社長のご挨拶』の空想話をしてやると、案の定大喜びであった。ちなみに忍の家お隣さんだ。
「あ~・・・笑い過ぎて腹痛ぇ~!!つーかやっぱり伴て『有沢伴』だったんだな。」
「え?ああ!?」
「お前何今更・・・ぷっ・・ふふははは!!お前本当馬鹿過ぎ!!」
「う、うるさい!!」
伴と付き合う報告ついでに余計な事まで忍にバラしてしまったらしい。情緒不安定だったとはいえ悪魔の様な幼馴染に伴の正体まで教えてしまうとは・・・恐ろしい・・・。忍に大笑いされぺしぺしと頭を叩かれながら、あたしは後悔と半分どうでも良い気持ちになった。
なんでよりにもよって今日、忍が回覧板を回すなんて面倒な事を・・・気まぐれはこれだから・・・
「あら、忍君~!!」
「あ、美空さんだ。久しぶり。」
「そうねぇ~!!またあんたもイケメンになっちゃって~!!身長また伸びた?」
「そっすねぇ・・・成長期止まらないみたい。」
「いいわねぇ~!長身イケメン!!ほら、ちょっとあがって来なさいよ!!」
「おじゃましま~す。」
「気だるげなのもいいわねぇ~!!」
いいのかそれ?母、あなたはイケメンならなんでもいいのか?
上機嫌で忍を家の中へ引き入れる母を見ながら、少し不安に思う娘であった。そういや、最近伴も来てないからなぁ。寂しいのかな。
「蕾、茶。」
「はいはい。」
「あ、ウーロン茶以外な。」
「はいはい。」
忍はウーロン茶が苦手なのだ。だからと言って苦いものが嫌いと言う訳でもない。緑茶は勿論、ゴーヤも食べる。けど、我が家にはウーロン茶好きの父が居るので常備してあるのだ。
「律さん何でそんなの飲めるの?」
「え~?美味しいよ~?ほら、忍君も飲みなさい。」
「嫌だよ!吐くから!!」
「ははは、忍君はいつもかわいいなぁ~!!」
「俺は律さんの方が可愛いと思うけど・・・」
ああ、まるで親子の様だなぁ・・・ふふ、なんかこうしてみると忍も可愛く見えるから怖い。あの身長と態度が無駄にデカい無駄にイケメンのジ〇イアンが。
「で?いつ挨拶来るって?」
「なんであんたに言わなきゃいけないのよ?」
「面白そうだからに決まってんだろ!」
「やっぱりな。」
ここぞとばかりに目を輝かせおって・・・。
「安心しろよ。俺、これでも頼れるだろ?幼馴染の骨はちゃんと拾って・・・」
ドコッ!!
「うっ・・・の・・・凶暴女が・・・」
「あんたが悪い。」
あたしの拳が忍のみぞおちにヒットした。ちょっとすっきりした。蹲る忍を見下ろすのも悪くない。なんか優越感。
「お前さぁ・・・そんな凶暴だと伴君に嫌われるぞ?元彼みたいに・・・」
「その話はするなって言ってんでしょうが!」
「しかもその元彼の新しい彼女?性格悪そうなチビの女だったじゃん?」
「悪そうじゃなくて悪いのよ。チビもあってるけどそういう事言うのは良くないから言うな。」
「俺、あのチビに迫られたことあったんだよなぁ・・・ま、全然相手にしなかったけど。」
「ああ、あんた顔だけはいいからねぇ・・・顔だけは。」
「お前も黙ってればそこそこ可愛いじゃん。黙ってれば。あとじっとしてれば。」
「え~!?ちょ、忍のくせに何褒めてんのよぉ~!!気味悪いなぁ~!!」
「嬉しそうにすんなよ・・・キモい・・・」
「も~!そんな事言う子ににわぁ~、苺ちゃん特製のクッキーあげちゃうぞ♪」
「え?何いきなり?マジでキモイんだけど・・・つかこわっ!」
「ほら~!早く食べないと食べちゃうぞ?」
「いや、俺手作りの菓子とか無理だし。知らねー奴のとかマジで無理だから。」
そういやこいつってそう言う所があった。忍は変な所が潔癖なのだ。いつもは部屋が散らかろうが、作品の製作期間中、風呂に入らなくても平気なのに。まぁ、そんな時は周りの人達が無理矢理入らせたりするんだけど。
「ん?忍って苺に会ったことないんだっけ?」
「苺は食べるもんだろ?」
「食べるな!確かに苺は可愛いけど!!」
「ああ・・・苺って名前かよ。じゃあ食べねーよ。」
「び、びっくりしたぁ・・・でもねぇ、苺は本当可愛いんだから!」
「ちっさい?」
「小さいねぇ・・・ふわふわしててシャイでそこも可愛くて、女の子らしくて癒し系でお菓子作りとお裁縫が得意でね~!!」
「ふ~ん・・・ちっさいのか・・・」
「だ、駄目だからね!!珠惠はともかく苺は!!あんた見たら絶対泣くし!」
「ただ背がデカいってだけだろ。お前と一緒じゃね?」
「あんた男!あたし女!!」
「似たようなもんじゃね?」
「性別!!」
「お前中身は男みたいなもんだろ。」
「よ、よく言われるけども!!」
「ん?あ、そういやこのストラップ・・・ふ~ん・・・例の苺ちゃんから?」
「え?そうそう。可愛いでしょ~?小さい編みぐるみ♪あたしが猫好きだから作ってくれたんだぁ~!!」
「・・・まぁ・・・確かに・・・良く出来てる・・・」
お?忍の物作り魂に火が付いたか?目に輝きが。こう見えて忍は手先が器用なのだ。こういう物もやる気になればちゃちゃっと作れてしまうだろう。絶対にやらないだろうけど。
「にゃんきち・・・」
名前を付けただと!?あの無関心の忍君が!?確かにこの編みぐるみはとっても可愛い。ついでに評判も良い。しかしあの忍がこんな愛らしい物に興味を抱くなんて。名前付ける程好きなのか?
「でも、この子一応女の子なんだけど・・・」
「あ、本当だ・・・」
にゃんきち・・・いや、猫の編みぐるみの首には小さなオレンジ色の花の首輪が付いていた。それにしても・・・忍君、名前ちょっと単純すぎるぞ。
モグモグ・・・
「!?」
た、食べただと!?あの忍ちゃんが他人の作った物を口にした!?
にゃんきちのクオリティーの高さが余程だったのか・・・
「うまっ・・・」
「褒めた!?」
「これマジで手作り?」
「そうだけど・・・」
「・・・ふ~ん・・・」
あ、また食べてる。確かに、苺の作ったお菓子はどれも絶品だ。見た目も可愛いので静乃も大好きだ。
しかし、珍しい・・・忍が・・・
ま、でも・・・余計な興味を苺に持たない事を祈ろう。苺はこういうタイプは一番苦手だろうし、忍もそうだろう。
「あ、忍ちんだ。久しぶり。」
戸惑いつつもクッキーを食べる忍を観察していると、突然聞き覚えのある声がした。
「ん?あ、有沢伴だ。」
「え?何いきなり?つか・・・え!?なんでわかった!?」
「こいつが勝手に吐いた。」
「ああ、だよなぁ・・・」
残念そうにそう呟くのは伴だった。しかもごく普通に、まるでここが帰る場所かの様に自然にリビングに入って来て。
「久しぶり。ちゃんと勉強してたか?」
「と、当然!今日なんて超頑張ってたから。」
「へ~?ま、それならよかった。」
あたしを見てにっと笑うその姿は、見慣れているはずなのになんだか凄く久しぶりな気がした。新鮮で少しキラキラして見えるのは気のせいか?
え?なんであたしこいつのこと『キラキラ』なんて・・・確かにイケメンだけど!あたし今はイケメン嫌いだし、ましてこんなアイドルなんか・・・
「あ~!!忍ちんなに食ってんだよ!!」
「これは俺の。」
「ちょっと頂戴!」
「駄目。」
「ケチ~!!」
ぽんっ
なんとか忍からクッキーを奪おうとする伴の肩を、あたしはそっと叩いた。
「え?なにその顔?」
「・・・何も言いなさんな。忍君は今一歩成長したのよ・・・」
「え?何が??」
忍が人の作ったお菓子を食べられる日が来るなんて・・・しかも独り占めするほど・・・
「とりあえず、あんたはこっちね。」
「みかん!!」
「なんか良子おばさんから大量に届いてね。持って帰っていいわよ。」
「マジか!?」
こいつはこいつで本当、みかん好きだなぁ・・・
本当、こんな様子を見ていると付き合っているとは思えないくらい・・・ふふ、あれって幻だったのかな?社長さんの挨拶とかも。
「あ、そうだ!!今日はそれどころじゃねーんだよ!!いや、みかんも大事だけど!!」
「え?何??」
「ちょっとその前に・・・俺のお友達連れて来たんだけどあげてもいい?」
「は?あんた・・・お友達って・・・あたしを殺す気!?」
冗談じゃない。伴のお友達ということはアイドル仲間であり当然イケメンに違いない。今でこそ伴や九条さんにも慣れたけど、今でもあたしはイケメンが大嫌いで見れば嫌悪感を感じるほどなのだ。投げ飛ばしたい衝動にも駆られる。
「大丈夫大丈夫。俺のお友達って言ってもおっさんだから。まぁ、いい男なのは違いないけど・・・」
「はぁ!?おっさんのイケメンもアウトよ!!家はイケメン立ち入り禁止!!」
「忍ちんや紫乃さんは?」
「あれは例外。ついでにあんたも。」
「でもなぁ・・・もう家の前まで来てるし。」
「じゃああんたも一緒に帰れ。」
「酷っ!?それが彼氏に対する態度かよ!!」
彼氏って・・・ああ、やっぱり幻ではなかったのか。じゃあやっぱり社長のご挨拶も・・・
「おーい!伴~!!寒いから勝手に入って来たんだけど・・・」
「は!?何人んち勝手に入ってんですか!?」
「つーかこの美人のおねーさんが入れてくれた♡」
「美空さん・・・」
ん?なんだ??なんか廊下が騒がしいけど・・・心なしか母の浮かれた声まで聞こえるのは何故か??
「美空ってあの美月美空!?マジ!?俺ファンなんですよ~!!新刊買っちゃいましたよ?先生の話は実に恐ろしく奥が深い・・・」
「あら~!!実はあれ自信作なんですぅ~!!うふふ!!」
「いや~、本当に素晴らしかった!!おかげで夜も眠れませんでした。」
駄目じゃん。凄く怖かったって事じゃん。それ。
やたら元気のよい通る男性の声。それは野太く『男』と言うか『漢』と言う感じの逞しい声だった。ちょっと軽そうだけど。確かにおじさんのようだ。ならイケメンの中年俳優とかか?だったら新様連れて来てほしかったんだけど。
「やあ、君が宮園蕾さんだね?」
「!?」
リビングにひょっこり現れたその姿を見て、あたしは固まった。それはいつぞやのお見合いの光景を思い出させる。
日に焼けた健康的で艶のある肌、短く刈り上げられた髪には赤いメッシュが入っている。首元7にはその筋ではよく見る金のネックレス、指にはゴツい指輪・・・そして耳にはピアス・・・はさすがにしていなかった。黒いジャケットの下の真っ赤なカッターシャツは立派そうな胸筋が見えそうなくらいのボタンの開け具合だ。鋭い眼光の灯る瞳は猛禽類・・・鷹の目の様。立派な大柄の体格をしているから尚更迫力がある。
こ、怖い・・・この人絶対堅気じゃない!!何このギラギラしたオーラー!!何をハントしに来たの!?
「どうも、社長の藤崎辰之助です。待ち切れなくてご挨拶来ちゃいました!」
「・・・へ?」
白い歯を覗かせニカっと笑うその人は、『ちょっとそこまで来たから寄ってみた』みたいな感覚で、気さくに元気よくそう言ったのだ。ポカンとするあたしの手をがっしりと握りしめて。