第19話 一難去って平和が訪れ…
文字数 5,597文字
そしてあたしは猛烈に後悔していた…
「…な、なんであんな事言っちゃったんだろう…?」
伴の部屋にて、あたしは呆然と立ち尽くしそう呟くのがやっと…
玄関に立つ伴の背中を無意味に見つめ絶望的な気分…
最悪だ…折角難問を解決出来たと言うのにまた自分から問題を作ってしまうとは…
『伴ちゃんをよろしくお願いね!』
『任せて下さい!』
ノリと勢いでそう言って頷いた数分前の自分を殴り飛ばしたい…思い切り…
「…ふぅ…上手くいったな…よかったぁ~!!」
「は?どこが…?」
「叔母さんあれ完全に信じてたぜ?いやぁ~!!やっぱ俺お前に頼んで正解だったわ!!」
絶望的な気分のあたしとは正反対に、振り返る伴の表情は安堵の混じった明るいものだった。
こいつ…なんでこんなお気楽なんだろう?腹立つな…。
「…あたし何て事…せっかく上手く行ったのにまた面倒な事になる発言を…」
「ああ、あれな…。俺も驚いた!まさかお前が『任せて下さい』なんて言うとは思わなかったし。むしろパニクって計画全てばらすんじゃないかって不安になったけど…」
「ご、ごめん!これじゃあまた近々光代さんが様子を見に来るわよね?そしたら…」
「大丈夫だって!多分叔母さん満足して帰ったから当分こっち来ないと思うぜ?次来るときは綺麗さっぱり忘れてるって!あはは!!」
あははって…何その楽天っぷり…??
あたしの肩を叩き笑う伴は…やっぱり腹が立つ…ムカつく…
あたしがこんな自己嫌悪に陥っているっていうのに…!大体こいつには危機感とかそう言う物が足りないのよ!今回のことだってこいつのうっかりが原因だし…
「大丈夫だって…お前は何も心配しなくて良いからさ。後は俺が適当に誤魔化しておくから…」
「…本当に大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫!もうお前に迷惑かけて巻き込んだりしないから!だから安心しろって。」
「…う、うん…ならいいけど…」
俯くあたしの頭を軽く叩く伴を見上げると、彼は変わらず笑っていた。普通に…いつも通りに…。
でも…本当にあの人を誤魔化せるんだろうか?こいつに。本人が大丈夫ってこうも自信満々に言うからにはまぁ…大丈夫なんだろうけど。
じゃあ…やっぱり良いのか?あたしはもう何も気にしなくても…。
「ありがとうな、色々と協力してくれて。お前のおかげで本当楽しかった…じゃなくて助かった!あ、ちゃんと忘れないうちにお礼渡さないとな!!」
「え…?う、うん?」
伴は相変わらず明るい…それはいつもと変わらないと思うけど…。
でも何だろう?何か違和感を感じてどこかもやっとしているのは…??
伴が入って行った寝室のドアをぼんやりと見つめながら、あたしはこのスッキリとしない複雑な気持ちに首を傾げ、無い胸に手を当ててみた。
心音は至って普通…正常だ…
「とりあえず一件落着だね。蕾ちゃんもお疲れ様。」
「あ、紫乃さんいつの間に着替えたんですか…?」
「…やっぱりこの恰好じゃないと落ち着かなくてね。さっき寝室を借りてささっと。それよりどうしたの?何か浮かない顔しているけど…疲れちゃったかな?」
「え、ええ…まぁ…そりゃ…」
いつもの服装に戻った紫乃さんは不思議そうにあたしの顔を覗き込み首を傾げた。
い、言えない…このもやっとした気持ちを…と言うかどう言い表して良いか分からない。
「…はぁ、本当人騒がせなアイドルね。あんたちゃんと調教し直しなさいよ。」
「調教ってな…でも、これで解決したみたいだし良かったよ。蕾ちゃんも色々とありがとう、本当迷惑掛けてごめんね。」
「全くよ…私にも謝りなさいよ?」
「いや、お前関係ないだろ…勝手にやって来て勝手に首突っ込んだだけだし…必要性を感じない。」
「…これだから時生は…」
「だから一々本名言うなよ!本当…お前が言うと馬鹿にされているとしか思えないんだよ…」
ソファーに座り足を組み腕を組む静乃と、それを見下ろす九条さんは相変わらずの様だ。仲が良いのか悪いのか。
と言うか…そうだ、この二人って…!?
伴が丁度色紙を片手に寝室から出てくると、あたしは静乃と九条さんの二人へと目を向け素朴な疑問をぶつけてみた。
「…静乃と九条さんてどういう関係なの?」
「あ、そう言えば…俺も気になるな?」
「俺も!叔母さんの事ですっかり忘れてたけど何でそんな仲良しなんだよ!?」
あたしに続き紫乃さんと伴も…。やはり皆気になっていたらしい、この二人の関係について。
お互い名前で呼び合い良く知っているような仲の会話だ…けど、恋人とかそんな色っぽいものとは思えない。お互い知っているけどいがみ合っているって感じだ。
それに…九条さんはともかく、彼は静乃の好みでは無い。イケメンで落ち着きあるけど。彼女はこういう知的感溢れる冷静な男は好きではないはずだ。
「…ああ、それね…。」
「あからさまに嫌そうな顔するな…俺だって嫌だよ。」
「黙れ時生…。初めに言っておくけど、黙って隠そうとしていた訳じゃないのよ?ゾノ…。でもわざわざ話すことも無いと思って。」
「…俺も同じだ。」
何この勿体ぶったような言い訳がましい前置きは?別に怒っちゃいないけど…??
二人とも冷静沈着な様子で淡々としていたが…。
何かなぁ…う~ん…
「幼馴染なのよ…小学生からの…」
「腐れ縁とも言うけどな…それだけだ…」
『ええ!?』
「そんな驚く事ないでしょ?こいつ今はこんな可愛げ無い格好つけた男になってるけどね…昔は女の子みたいに可愛い顔したヘタレだったのよ。その上すぐ泣くし…」
「昔の話だ。こいつも今はこんなけばい見栄っ張り女だけど、昔は可愛げのある純粋無垢な女の子だったよ…」
「…まさかこんな所で出会うとはね…最悪だわ…」
「それはこっちの台詞だ…」
幼馴染…そんなほんわかした響きの関係の割に二人の間に流れる空気は尖がってヒンヤリと凍り付いている。
睨み合う美男美女…今にも火花が散りそうな程険悪だ…。
こ、怖い…。二人とも元が良いから迫力あるんだよ。しかも高身長だし。
一体幼い二人の間に何があったんだろう…?怖くてとても聞けないけど…
「…そっか、それで仲良しなんだね。」
『全然違います!!』
「ほら、息ぴったりじゃないか。そっか…幼馴染は良いよねぇ…ここで偶然会ったのも何かの縁かもね?」
『そんな縁欲しくない!!』
ああ…紫乃さん、この人はまた面白がって…
ムキになって否定する二人に微笑む紫乃さんは実に楽しそうだった。
この人って…こんな人だよ…うん…。
「…それより、伴。本当にもう大丈夫なんだろうな?」
「え?ああ、大丈夫だって!俺の経験上叔母さんは満足したから…みかん持って行かれたのが心残りだけど…」
「みかんはどうでもいい。なら、これからはちゃんと仕事に集中して励めよ?最近お前何処か落ち着かない様子だったし…俺はともかく、一さんにこれ以上負担掛けさせるなよ?」
「分かってるって!!」
「本当分かってるのか…?」
本当に…あたしまで不安になって来た…
伴はアイドルとしての自覚が足りないんじゃないかって思うもん…普段オーラ無さ過ぎて…
お説教する九条さんの姿を見ながらあたしは思った。AZUREは本当にバランスの取れたアイドルユニットだと…。
こうして今までの長い問題は結構あっさりと解決し終わったのだった。
すっきりしない気持ちを残したまま…
そして、その一件以降本当に元に戻ったのだ。あたしの日常が普通に…。
伴とは本当にその一件以降会ってもいなければ連絡すら取っていない…
ああ、まるで夢の様な日々だったな…色々な意味で…
冷静に考えてみれば今までが特殊過ぎたのだ。人気アイドルが毎日の様に我が家にやって来てまったり過ごし、そのアイドルの自宅にまでお邪魔するなんて事が。
そう…だからこれが普通なんだ。
*****
「あ~!!暑い!!」
「九月に入ったって言うのに何なのかしらね…」
梅雨は開け夏がやって来た。そしてその夏も夏休みもあっという間に過ぎ去ってしまい新学期が始まった。
夏休み…普通の女子高生なら青春をエンジョイしていただろうが、あたしは受験生だ。部活の合宿はあったもののそれ以外はほぼ勉強だった。
塾に行かない代わりに金木犀や如月家で作家先生のスパルタ授業を受け泣く泣く励んだ記憶しかない…。
ああ…あたしの人生って何なんだろう…?いや、今が頑張り時なんだ…そうだ、負けるなあたし!!
「と言うか静乃…紫乃さんに教えてもらうまでも無かったじゃん…」
「あら、私だって解らない所沢山あったのよ?紫乃さん説明上手いし…」
「ただ紫乃さんに会う口実でしょ…もう告っちゃいなよ…案外OKしてくれるかもよ?」
「…今は良いのよ。見てるだけで良いの。それに私はまだ一人の男に縛られたくは無いのよ…」
「いや、たまには落ち着いたらいいと思うけど?あんた夏休み中何人の男と付き合って貢がせて何人振った?そんな生活してるとね、いつか絶対ざっくりされるわよ?」
「…夜道には十分気を付けているわ…安心しなさい。」
「ああそうですか…」
新作のネイルを見つめながら涼しい顔をして言う静乃を見て、あたしは本気で心配になった。
この女王様は女子高生とは思えぬグラマーな体系をしている上、色っぽいお姉さん系の美女でもある。私服も派手だし。
だからモテるモテる…都心を歩けば芸能・モデル事務所のスカウトマンまで沢山寄って来るほどだ。
本人は気まぐれにモデルをして、雑誌に載っている事もあるし…読者モデルって奴だ。しかも結構人気が出ているって噂だからさすがと言うか、何をやってもタダじゃ済まない彼女らしい。
「…そう言えば、この間キャバクラのキャッチが来てね…」
「ああ、あんた私服だと高校生には見えないもんね…」
「あんたに言われたくないわよ。それで…あまりにしつこいから急所を抉る様に蹴り上げてやったわ…」
「う、うわぁ…あたしでもしないよ…。気持ちは分かるけど…」
本当凄いなこの子は…その光景が目に浮かぶ…
長い綺麗な爪でスマホで器用にメッセージを打つ静乃を見ながら、この子には逆らうまいと改めて思った。
「…あ、蕾ちゃん、静乃ちゃん…」
「あ、苺!お疲れ~!!」
「お疲れ様…日直の仕事は終わったの?」
そんな物騒な会話をしていると教室のドアからひょっこり顔を出す可愛らしい小柄な美少女…苺…
今日もオドオドしているけど小動物っぽくて愛らしい…本当癒される…
「う、うん…待たせてごめんね…
「はぁ?何それ?藻南海って今日合コンだって朝から騒いでたけど…まさかそれで苺に全部押し付けたって事?」
「え?合コン?何か久しぶりのデートだからって…」
「あいつ彼氏と別れたばかりよ?振られたのよ…浮気相手に乗り換えられて捨てられたみたいね…いい気味…」
「し、静乃ちゃん…やめてよ、人の不幸をそんな風に…」
「…あんたは甘いのよ。藻南海って結構性格悪そうじゃない?中学の頃からよくいじめてたって話よ?苺みたいなか弱い女子ターゲットにして…」
「そ、そうなんだ…」
ああ、そう言えば…。確かに彼女に関しては良い噂を聞いたことが無い。見た目もギャル系の派手な感じだし…静乃とは違う意味で目立っている。見た目ギャルでも派手でも良い子は良い子だけど。
でもたかが合コンで苺を騙して仕事全部押し付けて帰るってどういう事?何か嫌な感じ…。
「…あんたも気を付けなさいよ?」
「何かされたらあたし達にちゃんと話しなよ?ちゃんと守ってあげるから!」
「う、うん…ありがとう…。」
オドオドしながらも小さい声でそう言うと、苺は微かに笑って見せた…
ああ、本当可愛いんだから…
「よし!今日は皆で金木犀に行こう!!」
「勉強ね…」
「聡一郎さんが新作のケーキ作ったから食べにおいでってメールで…苺の好きなモンブランだよ!ああ、楽しみ~!!」
「…あんた食べる事しか頭にないわね…まぁいいけど…」
静乃に呆れられながらもあたしは苺を急き立て、早々に教室を後にしたのであった。
ああ…平和だ…。本当に…。
本当にあの日々は現実にあったのかな…?
街を歩いていると巨大モニターに映し出される映像が目に留まりふと思い出してみた…
映像には今人気の女の子のアイドルグループが輝く笑みを浮かべ可愛らしく踊っている…ふりふりの衣装を着て…
信号待ちしている間ぼんやりとそんな映像に目を向けていると…AZUREの姿が映し出された。
新曲のPVか…キラキラオーラ全開に恰好付けて踊っちゃって…ジャージ男が…
あたしの知っている有沢伴はジャージ姿で寝癖の付いた髪でダラダラしていて、こんなキラキラしていなくてオーラが全く無くて…一般人に溶け込んでいて…
ああ、なんかそれこそが幻って感じだ…
こうやって見ると、本当アイドルで住む世界の違う人なんだな…
映像越し…近くて凄く遠い存在か…
あたし、何を思っているんだろう…?
それが当たり前なのになんでこんなにまたもやっとしているの?