第8話 幼馴染みと書いて災いとも呼ぶ
文字数 6,122文字
某都内のカラオケボックスにて。あたしはマイク片手に永遠のスター新様の歌を熱唱していた。
ああ、本当いつ歌っても良い曲だ…あたしも悔い無き人生送るためにもっと頑張ろうってそんな前向きになれる……
「蕾~!!お前それ何度目だよ!!」
「何よ!?新様の曲は何度歌っても素敵じゃない!?」
これから山場と言う時にいきなり演奏を停止させられ、代わりに響く非難の声。
そこには…三人掛けのソファーを占領し、我が家の如く寛いでいる忍の姿と…その隣の二人掛けのソファーにちょこんと座る大人しそうな少女が一人。
茶色い髪を低い位置で二つに結び、色白で華奢、良く見ればかなりの美少女である。しかも、本人はにこにこしながらご機嫌にタンバリンなんか叩いて合いの手なんか入れてくれていたりする。
「ええ、本当新様の曲は素敵ですわねぇ…つーちゃん、今度は一緒に歌いましょ!!」
「良し来た!じゃあ今度は…」
いかにも大人しそうなその子は意外にもノリノリ。しかもあたしと同じ新様ファンでもある。ゆったりのほほんと微笑み、嬉しそうにマイクを受け取り慣れた手つきでリモコンを操作し曲を入力し…
「こ、これは…『藤新祭り』!?さすが緋乃!良い趣味してるわぁ~!!」
「やっぱりこれも歌わないと…うふふ…」
にこにこ笑顔でマイクを握り…彼女はその大人しく可憐な見た目からは考えられないくらい力強いコブシの入った見事な歌声を披露したのだった。
さすが緋乃…あの人の妹だけあって予想外な事をしてくれる…知ってるけど…
マイクを握りノリノリで見事な歌声(演歌)を披露している彼女は
「…やっぱこいつ天才だ…!!」
「相変わらずの馬鹿惚れっぷりね…確かに凄いけど…」
さっきまでソファーでダラダラし、非難の声を上げていた忍は緋乃の歌声を聴くなり即復活…起き上がり飲み物も飲まず見惚れている。
忍も意外と一途なんだよね。性格はジ●イアンの無気力ドS人間だけど緋乃の言う事はちゃんと聞くし…これも惚れた弱みって奴か。
「ふぅ~…久しぶりに思い切り歌いましたわぁ~!!」
ちなみに、緋乃はお嬢様言葉。彼女が懐いていた祖母の話し方の影響によるものだろうと昔紫乃さんが話していた。
そんな彼女…大人しそうな外見とは違い中身は忍並のかなりのマイペースで紫乃さん並の変人である。兄が兄なら妹も妹というか…恐るべし如月兄妹。しかも力持ち。
で、何故星花町幼馴染み組(別名悪ガキ三人組)が、仲睦まじくカラオケなんかしているのかというと…
気分転換に一人カラオケでもしようとふらふらしていたら捕まったのだ。最もタチの悪いこの二人組に…
「…緋乃、そろそろ紫乃さんに連絡したら?あの人ずっと待ってるよ?」
「…そういや昨日携帯壊れたとかで騒いでたよな?珍しく…」
「携帯は紫乃さんの大事な緋乃とのライフラインだからね。で?あの人結局スマホにしたの?」
「いや、ガラケー。紫乃があれ使いこなせるわけねーよ。琥珀に持たせた方がよっぽど良くね?」
「確かにね…ってそんなわけだからさ。あんた戻る前に一度連絡した方が良いって…」
「…いきなり現れたら余計うぜーよ?あいつ。」
忍も珍しく…二人して緋乃を説得しようにも本人はどこ吹く風。追加のドリンクやらスイーツやらを注文していた。
「あ、すみません。このロイヤルミルクティーとスペシャルハニートーストと…ええ、アイストッピング大盛で…あと…」
『人の話聞けよ!』
ここはおしゃれカフェかと言いたくなるようなスイーツの数々を注文しまくる緋乃は相変わらずだ…甘党だけどここまで来ると異常でしかない。
スイーツフードファイターか…あんたは…
そんな緋乃に呆れたのか忍はまたソファーでダラダラし出すし。店員さんびっくりするでしょうが。ああ、もういいや…。
マイペースで自由気まま過ぎる幼馴染み達の行動に今更一々ツッコミを入れる気にもなれず、あたしはあたしでスマホをチェックした。
有沢伴の諸事情によりやむ終えず彼女のふりをすることとなったあたしだが…あれから彼は本当に毎日と言って良いほど宮園家を訪れていた。
勿論テレビで見るキラキラオーラを封印し、オーラ無し男状態で…
『お前いい加減慣れろよ!?』
昨日、うっかり手を握られてしまい…あたしは当然ながら拒否反応を示した。背負い投げ付きで。
『無理!だって気持ち悪いもんはしかたないでしょ!!』
『新ちゃんのサインがどうなってもいいのか?』
『…そ、それは…』
有沢伴はここぞとばかりに報酬の新様サインの写メを見せつけて無駄な演技力を発揮してきた。脅しと言う名の無表情を浮かべ…。
『…別に取って食うわけじゃねーからさ…そんな事したら俺死ぬかもしれないし…』
『食うつもりだったの!?最低!!』
『そんな訳ないだろ!!お前の危険度はお見合いの時に体験済みなんだよ!!ああ…俺、叔母さんに会う前にちゃんと立っていられるんだろうか…』
『ひ、人を凶暴な猛獣みたいに言わないでよ!あんたにだって苦手な物の一つや二つあるでしょうが…』
『光代叔母さん。』
『そんな目で見ないで!悪かったから!!出来る限り努力するから!!』
あの時の有沢伴の目…あれは素だった。演技とかじゃなく本当に苦手で恐れているのだと察した。光代叔母さんとやらを。
その後何度か触れられたが…同じ繰り返しパターン。この数日間傍にいられること…には何とか慣れたけど…気の遠くなりそうな道のりであることだけは確かだ。
しかし有沢伴は光代叔母さんから自由になるため…あたしは憧れの新様サインゲットの為…お互い譲れない理由があるためなんとか頑張るしかないのだった。なんとか…。
というか…最近いつもの様に宮園家に来るから馴染んできてるんだよね…あいつ…。最初感じた違和感とやらも無くなって来たし…普通に夕飯とか食べてる事あるし…。
「…忍、ちょっと眼鏡外して…」
「あ?何?」
カラオケは一休み、注文したスイーツが運ばれ満足気な緋乃をバックに、相変わらず無気力な忍の隣に座りじっと見つめてみた…
こいつも無駄に顔だけ良い。眼鏡(伊達)を掛けていてもこの美形…髪が多少ぼさぼさでもこの顔が全てを補ってくれているといっても過言ではない。
普通なら…こんな顔の男子が隣に座れば速攻拒否反応を起こし動悸、息切れ、悪寒などの症状が現れるはずだが…忍は幼い頃から一緒に時を過ごした幼馴染みなので問題は無い。耐性が付いているのだ。
「…ほら、これでいいの?」
「…うん…けど…う~ん…」
「何?蕁麻疹でも出た?」
「いや、残念ながら何も感じない。ときめきもしない。やっぱあんたじゃ役不足か…」
眼鏡を外し一段とイケメン度が増した幼馴染みを前にしたところで今更イケメン拒否反応など出たりはしない…
う~ん…寝てる時でもうっかり眼鏡をするほどだから、取った姿を久しぶりに見ればと思ったんだけど…無理か。忍は忍だ。
「お前喧嘩売ってんの?そういや最近やたらとスマホチェックしてね?何?お前彼氏でも出来たの?蕾のくせに生意気な…」
「そしたらこんなとこでダラダラしてないよ。はぁ…それよりももっと重要な事なのよ…」
「何?」
「口が裂けてもあんたにゃ言わない…」
「…言えよ?ほら?言ってみろよ?」
忍のドS心に火をつけてしまったのか…あたしの口の両端をぐいっとつまみ上げこれまた物凄く悪い顔かつドスの効いた低い声で脅しをかける…
こいつ…手加減て言葉知ってるのか?本当痛いんだけど…。
「こら、忍ちゃん。女の子に乱暴しちゃいけませんわ。つーちゃんだって女の子なんだから…」
「…ああ、まぁ…生物学上はそうだけど…」
「…とにかく、離してあげなさいな。話はその後ゆっくり聞きますわ?ね?」
あ…最悪…。
緋乃の有無を言わさない笑顔を前にあたしは結局あの件を話さなければならない状態になったのだった。
折角紫乃さんが黙っていてくれたのに…
*****
「あ、どうも~!お義母さんにお義父さんお邪魔しま~す!!」
その夜、いつもの様に有沢伴はやって来た。いつもの様に腹立つくらい調子良く営業スマイルなんか浮かべて…
「やあ、伴君。お仕事お疲れ様。」
「いらっしゃい!今日は担当さんから差し入れ貰ったから後でお茶しましょ!」
そしてナチュラルに受け入れる父と母。もうすっかり我が家の一員状態である。
いつの間にか有沢伴専用のスリッパなんかもあるし…歯ブラシとか箸とかもあるし…
浮かれ過ぎだろ!あたしの両親!!
「蕾は?」
「ああ、あの子なら今…」
そしていつの間にか呼び捨てって…何か…なんだろう?このいつの間にか馴染んでいく感じは…?怖いんだけど。
「蕾~!今日こそちゃんと…」
慣れた様子でリビングへ入ってくると…
「あ…桐原君じゃん。」
「あら、イケメンさんですわぁ~!ふふ、忍ちゃんと良い勝負ですわねぇ~。」
宮園家のリビングのソファーには美男美女が一組…一人は優雅にお茶を飲み、一人は我が家の如く三人掛けソファーを独占し寝転がっていた。
「あ、忍ちんだ…」
「久しぶり~…」
「お、おう…」
何このちょっと仲良さげな様子…??忍と有沢伴て確か紫乃さん家で夕飯食べた時以来だよね?会ったのって…?あたしが見ていないところで何があったの!?忍ちんて!?
かったるそうに挨拶する忍…ちょっと戸惑う有沢伴…それを楽し気にのほほんと見守るのは勿論緋乃である。
「緋乃、これ桐原君…えっとア…アイス職人目指してんだっけ?」
「いや違うし…」
「まぁ!夢のあるお話しですわね?将来はパティシエにでも?」
「いや、それも違うし。」
「え?じゃあ…ああ。アルプス山脈登るんだっけ?」
「まぁ!アルピニストさんですの?」
「それも違うし!!」
忍がいきなり適当な紹介を緋乃にするので、あたしは出て行くタイミングを掴み損ねた…
アイドル志望がなんでアイス職人とかアルピニストとかになってんのよ!?本当興味ない事にはとことん無関心だな…あいつ…
「…ちょっと…タイム!紫乃さんとかいねーの?」
「兄様がどうかしましたの?というかお知り合いで?」
「とりあえずまともな人を…って『兄様』!?あ、あの…お嬢様はもしや…」
緋乃の高貴な喋り方につられてか、有沢伴は彼女の事を『お嬢様』と口走りながらもまじまじと見つめた…
ああ、なんか余計出るタイミングが…ただトイレに行っていただけなのに!この短時間にまさかこんなことが起きるだなんて!!
廊下で様子を見ていたあたしは思わず頭を抱え蹲っていた。
「ああ、申し遅れました。私、如月緋乃と言います。」
「妹さん!?」
「ええ、兄がお世話になっております。それよりつーちゃんはまだかしら…悪い物でも食べたのかしら…」
「え?あいつ腹壊してんの?」
「お手洗いに行ったきり戻ってきませんの…」
「…ちょっと、俺様子見てくる…」
バタンッ…
扉の閉まる音…そして近づいて来る荒々しい足音…見上げるとそこには有沢伴の混乱した姿があった。
「…お前マジで腹壊したの?」
「ちっ、違うわよ!タイミングが分からなくて困ってただけ!!」
声を潜め、あたしはとりあえず有沢伴を外へと引っ張り出したのだった。
ここでどうこう騒いで揉めたらまたあの二人の餌食になってしまう…。幸い、今あの二人に有沢伴の正体がばれていない。なら、丸く収められればそれに越したことはない。
*****
「はぁ!?全部話した!?」
夜の人気の全くない公園、あたしはそこまで有沢伴を引っ張って行くと事の成り行きを説明した。
当然彼が怒るのも無理はないことで…
「本当ごめん!!でもさもないとあたしの身が…とにかく!あの二人は本当タチ悪くて…単品でもそうなんだけどセットだとより一層…」
「何その最悪なセット!?絶対頼みたくね~…」
「あたしだってお断りよ!!昔からあの二人にどれだけ振り回されて来たことか…ああ、思い出すだけでも…!!」
「いいよ思い出さなくて…」
頭を抱え砂場に蹲ると、有沢伴は慰めるように肩を叩いた…
「…だからね、本当申し訳ないっていうか…でもまだあんただってバレては…」
「……」
「…な、何?やっぱり怒って…」
ゆっくり顔を上げるあたしを見る有沢伴の目は見開かれていた。何か信じられない物を見るかのように…
何この反応?まさかあたしの背後に何か視えるとでも!?
「…お、お前…今俺触ったのになんともねーの?」
「え?別に何とも…え!?」
「じ、蕁麻疹は!?息切れ動悸悪寒はないのか!?」
「な、無い!!」
袖を捲りあげると鳥肌も蕁麻疹も無い綺麗な肌。あたしはそれを有沢伴に見せると彼も驚いたようにそれを見てあたしに目を向けた。
有沢伴…もといイケメンアイドルに触れられても拒否反応が出ない?昨日まで手を握られただけで背負い投げして蕁麻疹出てたあたしが!?
「よし!!良くやった!!俺達の努力がやっと報われた!!」
「お、おう!!これで光代叔母さんも怖くないわね!!」
「どんと来いだ!あははは!!」
有沢伴はとびきりの笑顔を浮かべあたしを抱きしめ…
抱きしめて……
抱き………
………!?
「何してんじゃボケぇ!!」
「うぉ!?」
バキッ!!
あたしの怒りと混乱の拳が有沢伴の腹部に命中したのだった…
そしてまた振り出しに戻ると言う…
「お前治ったんじゃないのかよ!?」
「い、いきなり抱きしめてくる変態がいるか!!」
「お、お前…アイドルを変態扱いすんな!!この凶暴女!!」
「黙れオーラゼロなし男!!変態アイドル!!」
「変態アイドルはやめろ!!傷つく!!名誉棄損だ!!」
「こっちも強制わいせつ罪よ!!」
「お前次やったら絶対訴えてやるからな!」
「次会う時は法廷よ法廷!!」
「上等だ!二度目はねーぞ!!」
「望むところだ変態が!!」
こうして、夜はいつもの様に更けて行った…騒がしく慌ただしく…
「こらぁ~、そこの少年少女~!」
その後、あたしと有沢伴はゆるふわっとした近所の刑事さんに見つかり何故か追い回された。なんとか逃げ切ったけど。
こんなんで大丈夫なんだろうか?本当……!!