第47話 突撃訪問は心臓に悪いから事前報告して欲しい
文字数 6,469文字
「だって……!!」
夜、十時。如月家の居間にて。
なんやかんやで暫く如月家に厄介になる事となったあたしは、紫乃さんに手を引かれ(繋がれ)やって来た。
そしていきなり我が家の如く居間で寛いでいたのは愛らしいこぎつねさんと、魔女の様な破天荒な美女カメラマンの茨さん…そしてひょっこり現れた伴。
そしてなんやかんやで伴と茨さんが従姉弟同士だと判明し……なんやかんやでその伴君とやらが紫乃お兄さんに何やら尋ねに来たと言うが。
なんやかんや多すぎだけど、それは気にしないで欲しい。うん。
「伴君は本当面白い子だなぁ!!ははは!俺と茨さんがどうしてそんな風に見えちゃうかなぁ!!あははは!!」
そしてこの現状。何故か照れて俯く伴、その肩をぽんぽん叩いてらしくもなく大笑いする紫乃さん…そして呆れる茨さん。
「確かに俺と茨さんはよく
「わ、わかりました!もうわかりましたよ!!」
「いやぁ~!!伴君は本当可愛いなぁ!!あはは!!」
「頭撫でないで下さい!!あ~…何なんだよこの人も!!」
伴がいきなり『紫乃さんと
まさか紫乃さん、こんな大笑いして否定するとは……。あたしもちょっと期待してたんだけどな。残念。
「全くだ。大体見てみなよ。先生とあたし。仲良くお手て繋いで街中歩いてたらどう思う?」
「違和感ありまくりっす……」
「だろ?そういうこった。わかったら変な勘違いするんじゃないよ。」
茨さんは親切にも、大笑いする紫乃さんの手を繋ぎ伴に見せつけてくれた。
た、確かに違和感ありまくり。服装が和と洋でお互い独特だし…ついでに纏うオーラも正反対って感じだし。
紫乃さんは爽やかで穏やかにゆったりと歩いていそうなのに対して、茨さんは肩で風を切って男前に歩いていそうだ。不敵にミステリアスに。
「でも意外なんだよなぁ…やっぱ。ねーさんと紫乃さん仕事仲間にしちゃなんていうか……」
「まだ疑ってるよこの子。」
「茨さんが面倒臭がって説明しないからでしょう…」
ジト目で二人を見つめる伴…そしてさっきから置いてきぼり放置状態のあたし。こぎつねさんと琥珀を撫でつつ見守っていた。
「まぁ、付き合いは長い方かな。高校の時からのお付き合いだからなぁ…」
「なんだかんだでそうだったねぇ。あの時から先生は先生だったよ。」
「あの時の茨さんはもっと可愛げと淑やかさがあったよね。どこをどう間違えてこうなったのか……」
「あんたはあんたで腹の黒さが更に増したよね……」
「ははは、君に言われちゃうなんてなぁ…」
「ふふふ、そりゃ言うだろう?」
紫乃さんは爽やかに、茨さんは不敵に…それぞれ笑ってはいるものの発するオーラは同様にどす黒く恐ろしいのが嫌だ。
「ス、スットップ!!俺を挟んで争うんじゃねーよ!!何なんだよあんた達!!怖いんだよ!!」
「何だい?情けないねぇ……」
「ごめんね伴君。茨さんの笑顔は怖いよね。」
「いや!先生のも十分怖いんで!!」
「あはは!だよねぇー!!真っ黒だもん!」
「酷いなぁ…二人とも……」
二人に挟まれ翻弄されまくる伴を見つつ、あたしは決めた。
よし。暫く大人しく空気と同化していよう。巻き込まれたら面倒臭いから!!
こうして慌ただしく騒がしい夜は更けて行ったのであった。
「…てことがあったのよ。おかげで今日は眠くて眠くて……」
翌朝、あたしは登校するなり早速昨夜の出来事を静乃と苺に話してあげた。
結局昨日は茨さんと伴も如月家にお泊りして、紫乃さんの美味しい朝食を食べて来た。朝の食卓は夜と一変してしんとしてたけど…。
「…紫乃さんとあの菖蒲茨がね。怪しいとは思っていたのよ。あの二人。」
「でも本人達は『仕事仲間』って言ってたけど。あ、あと高校からのお知り合いなんだって。」
「確かそんな様な事言っていたわね…前に会った時に…」
静乃が何か思い出す様に顎に手を当て呟いた。多分以前偶然二人に会った時の事でも思い出しているのだろう。
「でも…羨ましいわね。」
「え?あ…でもさ!本当二人って何も無い感じだったし!!」
そうだ。静乃は紫乃さんの事が好きなんだ。それなのにあたしったら余計な事を。
慌てて笑って誤解を解こうとすると、静乃は首を振り否定した。
「そうじゃなくて……あの菖蒲茨に写真を撮ってもらっているなんて良いわねって事よ。」
「え?なんだそっち?」
「なんだって…あんたは知らないでしょうけど、菖蒲茨はこっちじゃ結構有名な腕利きの写真家なのよ?写真家と言うより総合的な
「アーティスト……何か似合ってる。」
「絵画から彫刻…結構色々な物を創り出して注目を集めてる若手の個性派
「魔法ねぇ……」
「噂だけどね。だから一部の人達には『芸術の魔女』って呼ばれているの。あのインパクトのある外見だからね。メディア露出は嫌っているけど目立つのよ。」
「まぁ…確かに目立つね。紫乃さんもそうだけど。」
「メディア嫌いで目立つ服装…確かにね。そう言う点では似ているのかもしれないわね。」
「確かに……」
昨日のいがみ合う様子やらを見ていても『ああ、似た者同士』と思う所があったし。しかもお互い才能があって個性的だ。注目を集めない訳がない。
「…けどまさか…伴君の従姉とはね。」
「そ、そうなのよ!!あいつ『ねーさん』なんて呼んでるからてっきりお姉さんかと思ったけど……」
「まぁ…確かに『姐さん』って感じはするわね。」
静乃も納得したのか深く頷き、ついでに苺も遠慮がちに頷いていた。
そしてあのみっちゃんの娘さんとは……。世界は意外と狭いものだ。
しみじみとそんな事を考え、黄昏ているとふと教室が騒がしくなった。
なんだ??いきなり??
気付けば皆が廊下を覗いていた…目を輝かせながら……
ん?あ…わかったぞ。噂をしていたから東雲先生がやって来ちゃったんだな??そりゃ皆目を輝かせて騒ぎますよねぇ…
「ゾノ…ちょっと……」
「あ~…はいはい。知らない振りしてもどうせやって来るんでしょ……はぁ……」
静乃に突かれ、あたしは何かを悟り穏やかな表情で頷いた。
あの紫乃さんの事だ。あたしが知らんぷりしても向こうから笑顔で『やあ、蕾ちゃん!』とやって来るに違いないのだ。
あたし、何か忘れ物でもしてきちゃったかな??
「…あんた知ってたの?」
「知ってたって…別に知らないけど想像は……」
「
あれ
よ?」「あ~、はいはい。そんな引っ張り出さなくても……」
静乃に腕を引っ張られ、あたしはやれやれと諦めた気持で教室のドアから顔を出した……
悲鳴に近い黄色い歓声、キラキラうっとり見惚れる生徒達(我が校は女子校なので尚更)…そして、廊下を歩く注目の的は勿論……
「…へ??」
あたしは思わず間抜けな声を出していた。多分表情も同じだろう。
確かに廊下を歩くのは今をトキメクイケメンであった。爽やかにこやか女子達の視線とハートを一瞬で奪い去ってしまう様な……
えっと……あたしは何か夢でも見ているのだろうか??まだ目が覚めてなかったのかな??
そう思うと同時…眩暈すら感じた。頭がくらくらして足元までふらついて来た気が……
「おっと……!大丈夫?」
どうやらあたしは無意識のうちに廊下側にふらついていたらしい……
気付けば誰かに抱き止められていた。そりゃもう、少女漫画の憧れの一場面の如く…キラキラに輝く人物によって。
その瞬間、更に沸き起こる悲鳴に似たような歓声……
ああ…頭に響いてもっとくらくらして来た……
「伴君、さすがやなぁ~!!」
「あはは、可愛い女の子が急に目の前に現れたら当然ですよ~!!」
「君ラッキーやなぁ!!美人さんやん!!」
えっと…この口煩い関西弁なお兄さんは確か……
ああ…最近人気のお笑い芸人『おにぎりさん』ののっぽの方の……
何故ここにいるんやろうなぁ…あはは……
「伴君慣れてるねぇ~!!さっすが、人気アイドルは違うね!」
「綾原さんまで…普通ですって。」
ああ…この可愛い人は人気タレントの
相変わらず元気な……
なんでこの人までいるんやろうなぁ……
いや……そんな事はどうでもいい……。どうでもいいんだ。うん。
問題は……なんで……
「伴、そろそろ離してあげないと……。ごめんね。びっくりさせちゃったかな?」
あ……九条さんだ……。相変わらずのイケメンで。何かお久しぶりです。
普段とは一変してこちらも爽やかな素敵笑顔の九条時こと九条さんがさりげなくフォローに回って抱き止められたままのあたしをそいつから引き離してくれた。
「…な、なんで……!?」
あたしが何か言おうと口を開きかけた瞬間だった。控えめに様子を見ていた教室のクラスメイト達が一斉に押し寄せたのは……
あたしはその反動で突き飛ばされ……ど派手に尻餅をつく羽目になった。
「つ、蕾ちゃん…大丈夫!?」
「いたた……苺……」
控えめなお嬢様、マイスイートエンジェル苺だけはそんなミーハー女子達に流されずあたしに手を差し伸べてくれた。
ああ…癒される……このウィスパーボイスと小動物的な感じ!!
「ほら…しっかりしなさいよ……」
「か、かけじたない…お嬢さん……」
「武士かあんたは……」
「せ、拙者ちょっと混乱しておるで候…と言う事で厠に……」
「無理矢理のらなくていいのよ。厠ってあんた……ってゾノ?」
静乃に呼び止められた時には、あたしは既に教室を走り去っていた。そして…廊下を全速力で駆け抜ける。
何故あいつがここに!?なんでいきなり芸能人軍団が学校へ!?
「う、うぉぉぉぉ~~~~!!」
人気が無いのを良い事に、あたしは混乱交じりの雄叫びを上げつつ走り続けた……
し、心臓がバクバク言って中身が飛び出して来そう……気持ち悪い……!!
「……気持ち悪い…疲れた……」
ようやく落ち着き立ち止まった時、あたしは憔悴しきっていた。が、しかし……全身の血管が波打ちアドレナリンが全開になっているのが分かるくらい、心臓がバクバク飛び跳ねている。
「ぜーぜー…ふぅ…ふぅ……」
呼吸が…苦しい……そう言えばここは何処だ?トイレか。結局本当に厠へ向かっていたらしい。
トイレのドアに手を掛け、乱れた呼吸を整え…窓を開けとりあえずするのは……
「すー……はー……」
そうよ…蕾…とりあえず深呼吸なさい。呼吸は大事なのよ。そうよ。
「…よし…落ち着いたところで……」
呼吸も整い、ひと段落……
そこであたしは目を閉じ、再び深く息を吸う……そして……両手を腰に当て、足を開き窓に向かって……
「なんであいつがここに居るんだ~~~~!!訳わかんねぇ!!何なんだ!!夢か!いや現実か!?何なんだ!!というか…なんて日だ!!」
あ…最後うっかり某お笑い芸人の様な台詞を言ってしまった……ははは。
いや!そんな事は良くって!!なんなんだ!!
「はー…はー……い、いけない…また混乱して来た……落ち着きなさい蕾…クールビズ…じゃなくてクールダウンよ……」
再び混乱しそうになる自分に自己暗示を掛け、静かに窓を閉め…そして落ち着き何事も無かったかのようにトイレを後にした。
そうよ、蕾。あなた疲れているのよ。最近受験勉強とかあったし…それに何より毎日の様にあいつを見てるから幻でも見たのよ。
「そうそう…きっと教室に戻ったらいつも通り……」
「いつも通りの様子で何よりで。」
ぽん……
呟き落ち着きを取り戻した矢先だった。背後から何者かに声を掛けられ肩を叩かれたのは……
グギギギギ……
あたしは錆び付いたブリキの人形の如く堅く首を動かした……ゆっくりと……
そして……居たのだ…やはりあいつは目の前に……
「い~や~~~~!!」
「お化けかよ!!」
「頼むから成仏して~~!!」
「いや、俺まだ元気!生きてる!!」
ビダンッ!!
「五体投地!?」
「悪霊退散!南無阿弥陀仏!!」
「無茶苦茶だ!!変な印を切ろうとすんな!!」
あたしは紫乃さんから貰ったお守りを両手で握りしめ、祈った。見様見真似の九字印を切った…指が滅茶苦茶で痛いのでやめた。
「…なんなんだよお前は?人を勝手に殺すは悪霊扱いするは……」
「…有沢さんこそなんなんですか一体!?」
「他人行儀やめろ!寂しい!!あとその九字護身誰から習った!?」
「紫乃さん。」
「ああ、やっぱな!ってどうでも良いわ!!お守り掲げるな!!合格祈願だし!」
場所を変え…トイレから少し離れた空き教室。ここの棟は元々使用する者も少なく、教室はあれどほぼ使用されていない人気の無い場所だ。
そこの机に伴が座り、あたしは床に正座し祈り……
「ってやめろそれ!!」
「…きゃー!!来ないでぇ!!」
「変質者扱いか!!」
伴に近づかれ、あたしは咄嗟に拳を振り上げた…が…すぐに思いとどまった。セーフだ。
「…お前な……あんなに一緒にいて、普通に飯食ってついでに一緒に寝たり起きたりテレビ観たりしてるのに……」
「寝たり起きたりはしてない!!」
「そ、そうだけど……まぁいいや。なんで今更近づいただけでその反応?」
「い、いや……つい…驚いて……」
「…ははぁ~ん……お前…。今、俺普段と違ってアイドルオーラ全開のイケメンだからだな!!あ~、なぁら仕方ねーよなぁ!!あはは!俺人気のアイドルだし!」
「いや。その辺ももう割り切ってるんで。大丈夫。ちょっと予想外過ぎる事態に驚いただけ。トキメキとかイケメン拒否反応とかではない。」
「ちょっとは肯定してくれよ……俺そんな魅力ないの?ちょっとショックだわぁ~……」
そう言いつつ、伴はちょうど教室内にあった姿見の前に立ちポーズを取りながら悩ましい台詞を呟いた。
なんか内股でくねくねって…オネエさんっぽいんですが……。
「…ダイジョウブ。アリサワサンミリョクテキ。イケメン。メッチャイケメン。」
「カタコトな棒読みじゃなくて!もっと心を込めて言う所だろぉ!!俺現役の人気アイドル!お前現役の女子高生!!もっとそれっぽい雰囲気作れよ!努力しろ!諦めるな!!」
「ダイジョウブ。」
「大丈夫じゃねーよ!!俺が!!」
「元気出せよ。人生これからだよ?」
「お前がそうさせてんだよ!!」
「オレンジジュース奢ってやるからさ……」
「あ、マジで?」
「切り替えはやっ!?」
漫才染みたいつもの言い合いをし、結局あたしは近くの自販機でオレンジジュースを伴に買ってやった。紙パックの安い方の奴じゃなくて、缶のポ〇ジュースの方を。
てか……何してるんだ?あたし達は??
そして伴は何をしにここへ来たんだ??