第61話 雨降って地がそこそこ固まる
文字数 4,211文字
午前七時。そこから休日のあたしの一日は始まる。個人差諸々あるだろうが、早い方なのだ。宮園家の休日にしてみれば。
いつもは目覚ましが鳴っても目覚めが悪くベッドの中でゴロゴロしているが、休日は違う。目覚ましがなくとも毎回ほぼ同じ時間帯に目が覚める。割とスッキリと。
「う~ん・・・」
伸びをしてベッドから降りるとまずカーテンを開ける。朝日を取り込むのは大切だ。太陽の光を浴びる事は植物でなくとも大事なのだ。
「今日もいい天気だなぁ~・・・」
と、ここで欠伸。結構大きめの。
はぁ、平和だ。本当に。
窓から見える景色はいつもと変わらないけど、空は青く雲も少ない。電線に雀が二匹可愛らしくやって来てちまちま跳ね回っている。テレビのアンテナの上には見知らぬ鳥が一羽。こちらは誇らしげに止まっている。
ふふ、星花町って本当に静かで良い町だよね。うん、朝の冷えた空気も美味しい。
「・・・何やってんの?」
と、そんな素敵な朝のひと時をぶち壊す声が・・・
振り返ると、いつの間に入って来たのか。伴の姿があった。勿論ジャージ姿だ。
うわぁ・・・寝癖凄いなぁ。相変わらずアイドルの欠片もないなぁ。
「変わらないっていいなって・・・」
「そうだなぁ・・・良い空気だよなぁ・・・」
寝ぼけているのか。それともあたしに合わせてくれているのか。伴は隣に立つと、開け放った窓から流れ込む外の空気を吸い込んでぼんやりと呟いた。
あ。またジャージがずり落ちてる。パンツ見えるぞ?伴さんや。
ジャージを腰パンの如くだらしなく履きこなすのはアイドル故のお洒落なのか。いや、違う。絶対に。ただ単にこいつがだらしなく寝相が悪いせいだ。
「ラジオ体操でもしとく?」
「そうだなぁ・・・つか、それ超懐かしいんだけど。」
「ね~・・・昔は張り切ってやってたなぁ。」
毎朝紫乃さんに起こされて引きずられるように。忍と緋乃と一緒に。懐かしいなぁ、小学生の想い出。
「俺も皆勤賞狙ってたな・・・結局旅行とかで駄目だったんだけどな。」
「ああ、そういやあたしもあったなぁ。予告なしの真夏のキャンプとか・・・半サバイバルでスリリングな山籠もりとか・・・あと熱海旅行?」
「何?二番目の『山籠もり』って・・・怖いんだけど。」
「こうして今のあたしがある?みたいな?」
「あ~・・・なるほど。ははっ」
こいつ鼻で笑いやがったな。こんにゃろう。
あれは本当トラウマになりそうだった。いきなり見知らぬ森に連れて来られ、いきなり魚釣りとかキノコや山菜とか大自然の恵みに触れさせられたりと・・・そこまではいい。問題は夜だ。夜の森は本当に真っ暗だし怖いし。熊より幽霊類の物と遭遇してしまいそうで恐怖しかなかった・・・という記憶が今でも鮮明に残っている。
ああ・・・本当滅茶苦茶なんだよな。お母さん。
「今度一緒に行くかね?」
「え~?どうしよっかなぁ・・・」
「保証はしません。自己責任でお願いしますって契約書にサイン書いてくれるなら。」
「何か起こるの前提なの!?怖っ・・・」
と、そんな家族との夏の想い出を語りながらあたし達は暫く窓の外を見つめていた。
飛び去る雀達、見知らぬ鳥もいつの間にかいなくなっていた。けど空だけは青く。
「平和だな・・・」
「平和だねぇ・・・」
カラカラカラ・・・
静かに窓を閉める。しんとした部屋の空気は少しだけ冷たい。
「お前さ・・・ちょっと昨日は色々流れたからあれだったけど。何だったんだよ?」
「何が?」
「一昨日の夜の・・・お前なんか泣いてたし。しまいにゃ寝るし。」
「そんなことあったっけねぇ・・・」
「あったよ!!あ!お前このままうやむやにするつもりだったろ!!」
ギクリ・・・
このままスマートにとぼけて朝食でも作ろうとか考えていた。が。これだ。こうツッコミを入れられたら誤魔化せない。応える代わりに肩がびくんと震えた。
あ~・・・はいはい!向き合いますよ。いい加減。答えは何一つ出ちゃいないけどね!!
「とりあえず・・・悪かったわよ。」
「謝罪はいいんだよ。昨日もらったし。」
「じゃあどうしろと?」
「俺はただ答えが欲しいだけだって。そんなに難しい事か?つか答えなんてもう出てるじゃん?」
「だ、だからあれは!うっかりっていうか・・・勢いで出た言葉であって本心ではないかもしれないんであって・・・・」
「・・・はぁ、そう言うと思った。」
チュンチュン・・・
窓の外から微かに聞こえる雀の鳴き声・・・
暫くお互い無言になってしまい、そのまま窓の外を見たまま立ち尽くしていた。身動きが取れない。というか固まって動かない。
けど気まずい・・・!!部屋は静寂なれど心は心音はバクバクドクドクで騒がしい。静寂が増す程それは強くなっていく。
「・・・まぁ、俺も悪かったよ。」
「なんで!?」
「いや・・・なんてーか・・・いきなり現れちゃったし?そんでお前パニクったんじゃね?で・・・まぁ・・・あんな奇行に走っちゃったと。」
「・・・す、すごい。なんでわかるのよ!?」
「そりゃ、お前と半年近く一緒にいれば。解り易いし。」
本当に怖いくらい当たっている。のが、怖い。
こいつ・・・いつもは好き勝手してるけど、実は物凄く空気読める奴なんじゃ・・・?
見れば、伴は少し照れた様子で鼻の下なんか指で軽く擦りながらそっぽを向いていた。こんな寝癖だらけのだらしない恰好の癖に何故か少し絵になるのが悔しい。
「で・・・俺考えたんだけどさ。」
「な、何?」
今度はちゃんとあたしに向き合うと、がしっと両肩を掴んできた。やっぱり男なのか力がある。少し痛いくらいだ。
な、なんだ??また変な事考えてるんじゃ・・・・
こいつの考える事はロクでもない。過去からそう断言できる。またふざけた事を言い出したらまたドロップキックでもしてやろうか。
「もう一度言っておくけどな。俺は本気でお前の事が好きなんだよ。」
「な、何言ってんのよ!?いきなり!?」
やっぱりロクでもない!!何を改まって!!
けど、いつもの様にふざけた感じではない。ちゃんとした真顔。なので殴るに殴れない。仕方がないからもう少し続きを聞いてやろう。
「で・・・だ。お前、好きかもしれないってそう言ったんだよな?」
「ま、まぁ・・・勢いで・・・」
「うん。わかった。で、続けるとさ・・・嫌いなわけではないんだよな?」
「当たり前でしょ!・・・そ、そうだったらこんな事してないし・・・」
「だよな。うん。」
「だ、だから何?」
一人何かを納得したように頷く伴を見て、あたしは更に不安になって来た。
嫌な予感的中?これはまた余計な事を言うんじゃ・・・
「俺もさ。あの後冷静に考えてみたんだよな。今後の事について・・・」
「う、うん?」
「で、考えた。お前とこのままこの問題を言い争ったところで何も生まれないって。争いと面倒ごとしか生まれない。」
「そ、そうねぇ・・・」
こ、こいつ・・・本当に冷静になってんじゃん。
相変わらず表情は真面目だし、あたしもここは黙って聞いてみよう。
「かと言って・・・答えを急かしても駄目だと思うんだよな。」
「・・・」
「お前またパニクって奇行に走るだろ?たぶんこの調子だとそれの繰り返しってわけだ。延々と・・・」
「・・・じゃあやめるの?」
「それはない。」
「じゃ、じゃあどうするの・・・?」
ここまでわかっているのにまだ何かあるというのか?こいつは?
そのまま黙って続きを待つと、手に力が込められた。伴は変わらず真っすぐにあたしを見つめている。
「強行突破・・・」
「は?」
「荒療治っていうか。とりあえず、お前俺と付き合え!」
「はぁ!?」
や、やっぱり・・・ロクな事を考えてない・・・・!!
気持ちがわからないからこっちはここまで悩んでいるっていうのに!ああ、駄目だ!!なんか腹が立つ以前になんか・・・なんか・・・
「わ、わかるよ!?お前が言わんとしてることは!で、でもさ!!ここはちょっとお試しでもいいんで!お願いします!!」
「・・・意味が解らん。」
「正直俺だってこれ以上どうしていいかわかんねぇよ・・・けど・・・ここで終わらすのは絶対に嫌だ!!」
「・・・困ったちゃんか・・・」
「それお互い様だろ?と、とにかく!!もう好きとかそう言うのは後回しでいいんで!いや、本当は知りたいけど・・・・まずは俺と付き合ってから考えてくれませんかねぇ・・・?」
くらり・・・
ああ、眩暈が・・・・
一瞬視界が揺らいだ。確かに。半回転くらいしたと思う。
寝起きのせいか・・・あたしの思考回路は停止した。考える事を拒否していた。
ああ・・・もう、いいや。
心の中でそんな呟きが聞こえて来た・・・気がした。
「・・・わかった。」
「え!?」
「もういいよ・・・あんたの勝ちってことで・・・」
「え?か、勝ち?なんだそれ?」
「とにかく、もういい・・・それでいいよ・・・」
カンカンカンカーン!!
心の中で戦いを終えるコングが鳴り響いた・・・
そうだ、これでいい。もういいや。あたしは負けたんだ。この勝負に。
けど、悪くはない・・・
きっと・・・答えはその先にある・・・はず!!
微かに起動した思考回路で、あたしはそんな事を思った。
ああ、また眩暈が・・・
「お、おい!?」
「・・・あたしゃちょっと横になるよ。」
「え?ちょっ!?はやっ!?」
バサ・・・
再びベッドに戻ると、あたしは静かに布団を被り目を閉じた。
ああ、今はとにかく寝よう。二度寝しよう。
きっと目が覚めたら全て受け入れられるよ。あたし。
そう思いながら、意識は遠のきやがて視界は真っ暗になっていった。
えっと・・・これが雨降って地固まるって奴なのかな??ははっ・・・