第24話 昔日の遍路(2)

文字数 566文字

 一度だけ忘れられない遍路の旅。
あれは三十有余年昔の秋のことである。
37番札所で降雨に会う。逢魔が刻だった。急いで
38番寺へ向かったのだが、雨は豪雨に変わった。
太平洋の荒波を眼下に潮岬への道を必死で駆けた。
日は暮れて、降りしきる夜は対向車にも会わなくなった。
猛進しか思慮がないまま走りに走った。視界には人の姿
も人家すらなかった。
これはキツネか狸に化かされたか?はたまたお大師さまの
逆鱗に触れたかと、生きた気持ちもなかった。が、20年来
の友が横に居る。どんなに心強かったことか。

 2時間も駆けたころには、豪雨でワイパーも動かなくなった。
前方の確認はままならず、のろのろと尾根の一本道を3時間も費
やして命がけで宿についた。

 携帯電話もナビもなくポケベルだけの時代にせよ、引き返す
ことの勇気や他の選択肢もあっただろうにと……反省しきり。

 足摺岬の宿では太平洋の吠える音を夜を徹して聞いた。
 明くれば昨夜のことが嘘の様な青空。38番札所金剛福寺で、
友と長いお経をあげた。

 四国巡礼の仕上げは高野山に詣でる慣わしで、新緑のお山や
錦秋の山道は得もいえぬ風情があった。

 同行二人の遍路笠はいつのまにか行方不明になった。
しかし、2本の杖は、断捨離を逃れて手元の錦がぼろぼろ
になった今も、小屋の番をしている。
 思い出が、詰まりすぎて処分できないのだ。







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