第10話 最後の旅路

文字数 657文字

 庄内平野で雪に彷彿となり、そのあと沈み込んだ。以来の
ことが、記憶からすっぽり抜けてしまって何も思い出せない。
 
降りつける雪もなく積雪は遥か山に見るのみになった。
雪がないから九州は少しは暖かいかと思いきや、さすが、
大寒で夫の故郷の地も寒かった。

 歌ではないが、電柱も家も飛んで、とんで、みんな過去に
なって行く窓の外。長崎ヘ向かって列車はひた走る。
旅に出て一週間。やっと義弟の家(夫の故郷)についた。
大歓迎を受けたが、夫の体は目に見えて、だいぶ弱って来た
のが気がかりだった。

 義母が嬉しそうに、そばを離れないが、夫の寡黙は続く。
ホテルの方がゆっくりするだろうと、ディナーの後、義弟
の計らいでそのままホテルに投宿。
好きだった夕食の膳の蟹も夫の食指は進まなかった。

 夫の耐力を考慮して、その後の旅程は全てキャンセルし、
佐賀県から引き返した。

 帰ってもゆっくりできなかった。
長男のお見合いの日が迫っていた。二月、長男は婚約し、
挙式は四月と決定した。
 結納も普通に終わった。この頃は、夫婦喧嘩も全然しない。
争いの因子を作る元気がないから、平和だ。嵐の前の静けさとは
少し異なるけど、別れの前の心境は文筆では言い難い。
悔いを残さぬよう、誠心誠意務めたつもりであった。
 宣告通り、九ケ月目、永遠の別れの時が来た。
長男の結婚式を十日後に控えての、あまりに無情な旅立ちだった。
 三人の子供たちにも見送られた。
 享年五十九歳。まだ若い。嫡出子として生命を受け、
多感な青年に育った。特攻隊の生き残りでもあった。
 多くの課題を残して逝った。


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