第49話 父帰る(1)

文字数 693文字

 敗戦の翌年、真っ黒に日焼けした見窄らしい年齢不詳の男が
寒村の地を踏んだ。
狭い村のこととて噂は、ビックニュースになり村を駆け巡った。
噂を聞き親戚は男の家に集った。
「いまさら帰っても」
「息子がしっかりしとるから、易々とは敷居は跨げんだろ」
大半はそんな気持ちを持っていざ、それっと馳せ参じたが、
なにぶん年老いた両親が、涙ながらに喜び迎え入れたので
誰も何も言えなかったということだった。

 ことの起こりは、勇み足の翔んでいる男を狭い村に
閉じ込めておくこと自体、無理なことだったのだろう。
男は友人の妻の妹を是非にと請おて妻に迎えた。
3人の男子を授かり平穏に暮らしているかに見えたが、
未来図が描けず、入り浸っていた料理茶屋の女と別れるに
別れられなくなっていた。
 
 女との腐れ縁を切り、大志を抱いたか?
「わしは軍属として大陸に行く」
「急にそんなこと言っても嘘だろう」
「嘘や冗談でこんなこと言えるか。明後日出立するが皆には黙っておってくれ」
男は、女に幾ばくかの手切金を渡して後顧の憂いを絶った。
続いて両親と妻を前にして
「この村は狭い。さらに日本も狭い。わしは大陸へ行って一旗上げたい。夢叶ったら
帰るが、挫折したその時は、再び日本の地を踏まない。わしは外国で果てる」
「そんなこと言ったらご先祖さんに申し訳が立たぬ」
「のう。この老ぼれた親を捨てるというのかえ」母は嗚咽で言葉が続かない。
「極道してすまん。来世があるなら、あの世では、きっと孝行するけん許してくだされ」
「クニすまんのう。お前が憎くて極道したのではない。皆わしが悪いんじゃ。親父を頼む。
おっ母を頼む。息子たちを頼む」
 クニは一言も発しなかった。









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