第45話 ゆく春

文字数 677文字

 若葉の中を薫風が吹き抜けてゆく。
昨年のちょうど今頃か?
玄関の横に紅白の茶梅を植えて久しい。が
前年、白が虫に食い荒らされ、哀れになったので根本から
切り倒した。残った紅にまた虫が発生した。高く伸びた枝は
低く切り、市販のアース殺虫剤を吹きつけた。
 脚立を立てているとお隣の息子さんが
「危ないから代わってあげようか」と言ってくれた。
涙だ出そうになるほど、ほろりとした。
「手間のかかる木は職人さんに切り倒して貰えばいい」と言う息子。
価値観の違いはどうにもならない。その内、家を後にするときは、
木を切り、コンクリートを打って行こうと切実に感じていた。
 風薫る昼下がり、下校児が足を止めるほど、小屋の前には
蝶が戯れている。手入れもできていない冬枯れの花畑は、2年草
や多年草が目を出し花をつけてきた。
 あやめの紫とカラーの白が良いコントラストで咲き次ぎ、
ほたるふくろも花をつけた。蛍萱も縞目がはっきりしてきた。
お隣のお爺さんが「そろそろ灯す頃」と言って眺めていた姿を
思い出す。お爺さんは、厳つい顔をしていたのに、蛍萱の縞目
が出ることを、蛍にかけて灯すと表現していた。何と言う優しい
語り種だろうか。
 十薬の花が可愛いと畑の隅に少し放した。十薬は二乗を繰り返し
とんでもないほど増えてしまって、後悔している。
紫陽花の鉢から十薬が目を出した。水捌けの小さい穴から侵入した
のだ。草たちの生命力に感動を新たにしている。

 九十日間の春光も足速に過ぎてゆき、やがて初夏。
 自然は好むと好まざるにかかわらず今日も移ろうてゆく。
                      2○21/4月記












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