第71話 傘寿(2)

文字数 884文字

 何かに耽っている私の様子を見たのだろう娘が、突然
「母さんより先には死ねん。1日でも長生きせなあかんと思っている」
「僕もおかんを残して死んだら親不孝になるから生きとらなあかんと念じとる」
「次は白寿だ.100歳だ。元気で長生きして」
子供たちのこんな言葉は初めて聞いた。あの貧との闘いは無駄でなかった証を聞いた
気がしてウルルンとなった。
 晩餐の後、スイートルームで2次会になった。
激戦のウクライナ、WBC、翔平、物価高、春闘と話題は尽きない。その内に、
知人の息子がよく泣く話になったら
「私なんか、3つ数える間しか泣かせてくれなかったわ.泣き出したら母さんが
『ヒイー、フウー、ミイーー』と数えて『ハイそれまで』と言ったの。それでうちの子は
どの子もビービー泣かないと大言して、泣かせてくれなかったのよ」
厳しい思い出にふんわりベールをかけられた思いがした。
「ほんま可愛想やったなぁ。みんなよく学びよく遊んでくれて助かったわ.ありがとうな」
どの子も警察の世話にもならずに人並みに成人してくれてありがたいと心から
子供たちに感謝している今日このごろである。
 翌日息子たちは帰ったが娘と二人は三日間、湖北の旅情を楽しんだ。
「母さん元気でまた来年もこの湖の辺りへ」娘の言葉が虚しく胸に響いた。
鬼に笑われることだろうが、来年のことなど約束できない。
元気そうに見えても傘寿を過ぎてしまったのだから。
虚しいとは言うまいと踏ん張っている。

 一通り観光地は巡っているが、伊吹山だけは、まだ登っていない。娘に話すと
 それならレンタカーで行こうと。しかし、目下、冬山で閉山中だった。
 新緑の5月か、お花畑の夏、連れて行ってくれると言うが、心身共に自信がない。
 
 恒例の鳰にも会えた。季節が巡ったら小さい子どもにも会えただろうが、
親ばかりでは風情がなかった。
湖の辺りの柳の木の芽は心なしか膨らみ始めている。もうすぐ春が来る。
 
 土産話になるだろう新しい思い出を一杯紡いで、娘と京都で別れた。
 京都駅で551の豚まんの店を発見。並んで買って帰った。

 別れた後に忍び寄る隙間風。いつも同じ思いを味わっている。







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