第44話 棚田の春

文字数 636文字

 祖母の眠る古い山里へ菜の花を見に行く。
国道438号線を市内から西へ西へと走る。新しくなった
トンネルを出ると、2キロにわたって、枝垂れ桜の道が続いている。
地元では幟を立てたり提灯を吊るして、花見の客を在所をあげて
歓迎している。この桜は知る人ぞ知る観光の穴場であるらしい。
 さらに西へすすと道は次第に細くなり、左右の山が迫ってくる。
川又の在所で南に折れ、七曲してやっと集落に着く。
 2・5ヘクタールあると聞く棚田の菜の花は金色に輝いていた。
「きれいなぁ」を連発しながら小径を歩く。畔には名も知らぬ草
の中にたんぽぽやイヌフグリが咲いていた。イヌフグリの紫紺の
小さい花がお愛おしく、踏みつけないように気をつけて小径を進む。
 棚田の端に数本の桜が満開だった。濃いピンクで菜の花の黄色との
コントラストは絶妙で、まさに春色の競演であった。
 風にも道があるらしく、悪戯風が早咲きで既に毱になった菜の花を
てんてんとついてゆく。
 また一陣の風は、一隅の棚田の菜の花に波を打たしている。花は
復元するとき、さらに金色に光る。
 棚田の端に小さな谷川があり、久しぶりの雨でせせらぎの音も、
しっかり春を奏でているようだ。
 谷にはシャガ、菅が根付いていて菅の細長い茎が行きつ戻りつ、
終わりを知らぬげに流れに遊んでいる。
 花から花へ蝶も春を楽しんでいる。鶯の声を間近に聞いたが
姿を捉えることはできなかった。
 
この棚田の遺産を守る集落の方々のご苦労を偲びつつ、桃源郷
の棚田の春をそっと、引き出しにしまった。










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