第50話 父帰る(2)

文字数 433文字

 老いた父母は必死で翻意を促したが徒労に終った。
男の意のままに、親子、夫婦は、水盃をした。男は勇躍
地を蹴って別世界へ立った。
 同じころ女も姿を消したから、群雀は一緒に出奔
したんだと噂は、尾鰭が付いてまことしやかに流れた。
しかし、日本を出たのは、真実、男一人であった。

 大戦下の昭和17年の春は、勝った、勝ったと、浮かれて
いたのは日本の銃後だった。
 出征兵士の留守ならいざ知らず、亭主が出奔し年寄りと子供
の教育はクニの双肩にかかっている。その上、有り金はクニに
内緒で男に持たせたようだ。
 残された老父は寡黙を通したが、老母は、嘆き悲しんだ。
クニに「姉はん、姉はん」とつき回り、少しおかしくなった。

 クニは、嘆くいとまも、涙する時も惜しんで働いた。
しかし、供出米に追われる戦時下では働けど、働けど
暮しは楽にならず、あり後家の生きる道のりは悲壮だった。

 母親を見かねた長男は中学校を中退した。

 男は生きているか。死んでしまったのか
消息不明のまま、戦局は厳しくなっていった。






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