第22話 米寿と落暉とお月さん

文字数 772文字

 米寿。今日はまさにその日。
ずいぶん長生きしたもんだ。孫から「目指せ百歳」のLINEが
届いた。弟夫婦からお祝いに小旅行の招待があった。
さらにホテルからバースデーのプレゼントもあり祝いの善には
松茸(初もの)が添えられていた。
 ホテルの窓から落暉の様子は手に取るように見えるが、
知るところによると、この日は入日の数分後に月が昇るらしい。
が、ホテルの窓からは、月の出は把握できない。フロントによると
絶好の場所がある。そこには、もう初老か中年かの一団が宴を開き
すでに盛り上がっていた。
「2兎」追うことは諦めて、部屋に戻り入り日を楽しむ事にした。
歳を重ねるうちに昇る日よりも入り日に心惹かれて行くこのごろ。

 沈む直前の陽は、だんだんと大きく見えて輝きを増した。
秒針が回るように刻々と淡路と阿波の狭間。なると大橋の
北の小高い山に近づき、雲も眼下の海も茜色に染めている。
山の丸みに添うて陽は三カ月の形になったが、アッという
まに線になり、瞬くうちに点になって沈んだ。
まさにつるべ落としである。

 落暉を見ていると、この地球が自転しているなんて考え
られない。やはり太陽が隠れる方がロマンもあり夢もあり、
物語にもなる。と我流に愛でている。

 茜色は少しづつ薄くなりながら広がってゆく。この移ろい
に透明の青白い気配を感じるという人ともいる。
 月はまだ姿を見せないが赤く輝く一番星を見つけた。
「宵の明星だ」途方もない海という大きな生き物のうねり
の中の夕暮れ時、くすんだグレーがだんだん黒くなってゆく
瀬戸の海。地平線が朧になった。
明月というが、しばし暗刻に包まれた海。火星が一際大きな
光を放っている。
    
  深夜、この月の月は、頭上の天空にあった。
遠くて近くに見える対岸の鳴門北の海岸線はには灯が
煌めいていた。こうして八十八歳は過去となり言いよう
のない感慨に耽っている。





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