第77話 農耕民族(2)

文字数 1,216文字

 幾度振り返り、角度を変えて見ても、何もかも半端で
老後のよりどろとするものがない。こんなはずではなかった。
 山裾の家に引き越して北側と西側にはびっしり木を植えた。
南側は、半分パーキングし半分に低木を植えた。東は小さい
茶庭にした。筧からはいつも水を流した。ポッチン、ポッチン
の時もあり、チョロチョロの時もある。気任せであるが、
雪の庭には、最高に癒されたものだ。その内パーキングにも
土を盛りサザンカを植えた。花は鉢やプランタに植え排水溝の上に並べ、
御伽噺のような木に囲まれた中に住んでいた。
 さて、これから毎日どうする。と思ってきた矢先。
家の前の更地が売りに出て、持ち主か毎日買ってくれと直交渉にきた。
丁度、地価高騰の折だったが、清水の舞台から飛び降りて、
退職金を注ぎ込んだ。
 早速、土をいれてもらった。駐車場を作り、茶室のつもりで
移動式の小屋を建て、みどり庵と名付けた。庵からの眺めを重視して
ひと跨ぎほどの山を作り丘も作り、季節の花を植えた。
椿のコーナーもさまざまな紫陽花も植えた。特に紫紺の色を好んだ。
露草が我が物顔に、四肢を延ばして蔓延っていた。
小山まで、くのじに飛び石をしき石の近くにあやめを配した。数年は、
瞬く間に過ぎた。散歩の足を伸ばして見にきてくれる人も、現れ、
綺麗だなーと褒められた。夜が明けるのが楽しみだった。
朝露で濡れていた草花、朝日を浴びてキラキラ光っていた葉先。
これぞまさに晴耕雨読の明け暮れ。
 そのうちに、人様の土地の山裾も耕して(事後承諾)野菜や花を
植えた。山裾の住人は自分の家の前の草を刈りそれぞれが耕作していた
ので、山裾は桃の花が咲き辛子菜が揺れ、おしなべて花園になった。

 還暦を過ぎて十数年、月の欠けることも忘れるほど満ち足りていた。
それは、今になって思うことで当時は当たり前だったである。農耕民族が
朝から土に混えるのだ。そら幸せなはずだ。山裾の畑を作って十年は
過ぎていただろうか。突然、立ち退きの立て札がたった。
人生に終わりの来ることを感じていた頃で、渡りに船とお返した。
 第二の人生を照らしてくれた山裾の地に、自由に使わせてくださった地主さんに
万感を込めて、ありがとう。と、声をあげて言う。

 次男が帰ってきた。私の宝の庭の木にケチをつけて切り出した。西側、北側、南側
を切り倒し、辛うじてつくばいのある一坪ほど残してみんな切った。
すると家がぱっと明るくなり、季の風が通り抜けてゆく。令和の風が吹き抜ける。
 居は仁を表す。その通り、それでいいのだと思う。
老後の人生を賭けた土地も半分は駐車場になった。みどり庵は外壁を張り替えて
残った。庵の中には捨てきれない蔵書とミシンと少しばかりのお茶の道具が
無造作に積み上げてある。自分の中では断捨離はほぼ終わったつもり。
 土はあっても、もう土いじりはできない。
 ベランダの草花さえこの夏、いくら枯らしたことだろう。
 人生って、終わってしまわなければ語れないものか。








ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み