第76話 農耕民族(1)

文字数 1,418文字

 寒村の農家に生まれて齢、九十一年。日中戦争の中、
第二次世界大戦が始まったのは尋常三年生であった。
農村は並べて貧しかったから、貧乏は普通のこと。
 番茶も出鼻で、年頃が来たら世話好きな仲人さんが
見合いの話を持ってきた。婚約は家と家の格で決まった。
二人の兄もそうだった。私も同じ運命を辿るはずだった
のだろうが、やんちゃな上に、素直でない。
 青春のど真ん中にいてなんで農業をしなくてはいけない。
全く嫌なことだった。
 この時は私の体に流れている農耕民族の血が、
青春の眩しさに覆われていることを感知できてなかったのだ。 
 ある日、目の不自由な次兄と私が同時に大学へ行きたいと言い出した。
父は「わしはまだ元気だし幸い山もある炭を焼いたら一人なら仕送りはできる。
どっちがゆくか二人で決めな」勿論、優先権は次兄にあった。
「女に学問は要らない」と言い続けた祖母だったが、
洋裁と和裁は何年も文句なしに習わしてくれた。これで針り仕事が
できるとはいえない。他に働く脳も技もないから家でぶらぶらしていた。
無為に過ごした青春のあの日が勿体ないと、しみじみ思う。が、
あの時は、あれでよかったのだから観念せざるを得ない。

 どうする老後。52歳で寡婦になった。三人の子供はまだ誰も
結婚もしていないし二男はまだ大学生だ。
ただ長男は夫の死後10日目、天皇誕生日に挙式することにき決まっていた。
 葬儀は弟が仕切った。夫はよく遊んだだけに交遊の場を広げていたのだろう。
600人にも見送られる盛大な野辺送りになった。
 仲人さんから葬儀の後の結婚式は無理だろうから秋まで延期してはと提案があり
身内からも同じ話が出た。しかし、私は心に期するものがあり、式は予定通りに
行うと、長男の意向も聞かず決行した。結果はそれでよかったのだ。
 生前の夫が計画した通り花柳界一番の売れっ子芸者が、チンチン、トツシヤン、シャンと
三味線で出迎えて、昭和の昔さながらの結婚式を挙げた。
夫はどこかで見ているような気がしてならなかった。
最後は総立ちで阿波踊りを踊って終わった。
総て夫の独断。先方にはご不満があったようだ。

 老後は自分ことだけ考えればうそれでよし。
二男が社会に出て一人前になったら、
小さい山の中腹に小さい平家の家を建て、草木と草花の中で暮らす。
 しかし、それは見果てぬ夢に終わった。夢を追うどころではない。
現実は子供たちに振り回わされ、会社は不況に喘いだ。弟はよく頑張って
くれたし、私も経理を見ながら現場へよく出た。お陰で筋肉は隆々。
人、それぞれに得手はあるもので、職人とはずっとグーの付き合いができた。
 さあ、いつリタイアするかである。
 零細企業というより家内工業のような小さい会社。定年を60歳に決めて
いたが、ゆえあって二年伸ばして62歳で退職した。
いよいよ、今日も明日も日曜日である。
この日のためにと仏門を覗き易学は二十年、水泳、墨絵、茶道に俳画や俳句。
俳句は三カ所も梯子したが初心者のままである。ある日編集長にショートでも
書いてみたら、と誘われて書いた。月刊の俳句誌に載せてくれたが、読点も
満足に打てない(読点は今も打てない)とても難しい。主宰が逝き俳誌は廃刊
になったが、150号記念合同句集には私の恥ずかしい句が載っている。
序文に句歴の長い作家も居ればまだ浅い方もあり句のレベルは不揃いである。
と断ってくれている。これは自分のことだとクスンとした。
 いよいよ未知の老後だ。さあどうする。













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