第5話 一期の道連れ

文字数 1,071文字

 時間を持て余していた。
あれから二十数年は経ているだろう。
そのころ自分流に歴史街道を巡っていた。
洛北、三尾へ徒歩の旅を計画した。
「京都を迷わず歩ける」と題した手書き
マップを入手した。
 嵯峨野駅から亀岡行きのトロッコ列車に
乗り込んだ。列車は赤と黄を基調にした箱型
で昔のままの木の椅子だった。
 嵐山駅を出てトンネルを抜けると、
秘境保津川の渓谷が突然現れる。ユーモラスな
車掌のガイドで、列車の中は爆笑の渦。
そのまま亀岡まで行きたい衝動に駆られる。が、
マップに従い保津川峡駅で下車。無人駅だった。
 紅葉を縫うように渓谷を、川下りの船が、次々と
下って行く。壮観である。
 駅を出て階段を降り、対岸へ渡る。
 いよいよ歩き旅の始まりである。
保津川に沿って車道までの道を進むと、やがて落合
トンネルに出た。その先は東海自然歩道というが、
なるほど、人一人が通れるだけの石ころの径だ。
 町内会のピクニックらしい一団と前後しながら歩く。
一団は、径を変えたようで、いつの間にか見えなくなる。
俄かに心細くなった。

 駅からずっと見え隠れに前を歩いている女性に
声をかけた。
何と彼女も同じマップを持ち、同じコース、同じ目的
地を目指していた。長崎で放送関係の仕事をしていると
いう彼女は、昼間はプライベートで来たそうだ。
「マップにはこんな荒れた径とは書いていない」とプンプン。
全く同感。
 心細さは初対面の二人を急に歩み寄らせた。
戦友を得た気がして、足が軽い。谷はだんだん深くなって行く。
 保津川に合流する清滝川は、川幅が狭く小径には樹木が覆い
鬱蒼としている。まさに深い渓谷だ。
渓谷の紅葉は一段と鮮やかである。此処は、金鈴峡。谷を半時間
も歩くと、清滝の集落があり小休止する。
 渓谷を渡る風は爽やかで汗が引くと、体が冷たく感じる。
 再び川沿いの小径に入る。行き交う人もいない、静寂そのもの。
この辺りは金運峡という。
北山杉が美しい所。林立する杉山は壮大の一語に尽きる。
 谷の深さで、せせらぎの音も微妙に強弱を醸し出している。

 歩き始めて三時間。紅葉の高尾(神護寺)に着く。
赤に映える黄色が一段と色濃い。
 三○○段の参道を見上げただけで足が竦む。
五十段も登っただろうか?健脚の彼女との差が出て、歩調が狂う。
 彼女と参道の途中であるが、別れることにした。
彼女はその日の夜、祇園で取材があるからと誘ってくれた。が、
お断りしたことは今もおしいことをしたと残念。
 
 一人になった途端、疲れがどっと出てきた。紅葉茶やの絨毯で
思い切り足を伸ばした。
 名物蕎麦の昼食に元気を貰い、残りの階段を登り切った。





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