第33話 南房総(大房岬を歩く)

文字数 1,091文字

 花摘みもお花畑巡りもいちご狩りも始めての経験で
ワクワクしながるら終えた。
 房総へ来て六日目。富浦の大房岬を歩くことにして
早朝ホテルを出た。

 ときは春、日はあした、明日は七時、片丘に露満ちて。
上田敏、訳詩の気分そのままに、朝露を踏みつつ展望台へ。
アホの高登りというのだろうか?高いところが無性に好きだ。
春霞みで、三百六十度展望の台からも三浦半島はおろか、富士も
浦賀水道、久里浜も見えない。水平線はおぼろに溶けあって、
春ならの感である。
 展望台の下に拡がる芝生は、湿り具合もよく足に優しい。
樹木は芽吹き始め、生育途上にある浅緑の新芽の放つ彩に目を細める。
 
 鶯が上手に鳴いていた。鴉の泣き声はあまり気にならない。
雀の群れが、啓蟄の虫を食んでいるようだ。時間帯にもよるのかこの
自然公園には人一人いない。喧騒を離れて平和を堪能していたら、
天空を旋回していた鳶か、鷲が2羽、いきなり低空飛行を始めた。
急降下してくる「ヤラレル」心臓が高鳴った。急いで棒切れ拾った。
武器を持つと強気になって、棒を鉄砲に見たてて「ドカーン。ドカーン」
叫びながら打つ真似をする。平常心ではなんて馬鹿げた事だと、笑い種
にもならないが、恐ろしくて必死だった。父の持っていた猟銃が私の脳裏
にインプットされていたのだろうか。
 
 敵は何か餌を見つけて急降下したに過ぎず、ほんの何十秒かの間、自作
自演していたのだ。

 老人が二人の孫を連れて登ってきた。友軍を得た思いで、近づいていった。
「この辺りに戦時中の要塞があった」老人は言う。それでは一緒に探検しようと
孫のA君(3年生)を隊長にして四人は出発した。

 しばらく歩くと公園の外れの原生林の雑木林の中に要塞跡はあった。
 要塞の地下に格納庫があり、大きな穴が開いている。それは探照灯の
跡らしいと知る。戦いに敗れた「兵どもの夢の後」の感ひとしおであった。

「黒船に備えて1808年砲台を建立。昭和に入って陸軍は、東京湾
防衛のため大房岬の要塞化に着手」したとの色褪せた石ぶみを見つけた。
砲台は今も残っていると記されていたが、草木が茂り、探検は中止した。

 隊長から行き先変更の指令が出た。磯に降りることになり、途中自販機で
お茶を買った。よほど喉が渇いていたのだろう。胃の腑へ落ちるまで清涼感が
あった。浜に近い芝生の中で、私は隊列を離れた。
 
 旅に出る度、いつも誰かと触れ合う。出会いがあり別れがある。これは一人旅
の醍醐味かもしれない。

 思い出は宝だ。荷物にならない。重くない。
一人旅はもうできなくなったが、仕方のないこと。自然の摂理である。
 一会の老人と少年を思い出し、今を楽しんでいる。








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