第71話

文字数 1,148文字

「おーい、救急車!」
会場周辺のざわめきが増した。カメラを持った連中が集まっていく。熱中症で誰かが倒れた。日常の街中では親切な人が動くだけで、ほとんどの人が関わろうとしない事件だが、評価が、いいねが、視聴回数への欲望が渦巻くこの場所においては「おいしい事件」となる。人だかりが出来る。実況が始まる。我先に救助をと患者めがけて人の輪ができる。
「賢治、あんたも人助けして目立ちなさい。」
「いや、母さん、これ、あの線の向こうに入るチャンスだよ!」
「・・そうね、解った。私も行く。」
「来ないで!ひめこは僕だから」
「私もいくわよ、だって私は、ひめこの母・・いや、お姉ちゃんにする!」
遠くからサイレンが聞こえてきたが、急に大きく聞こえるようになった。人混みはそれぞれが、邪魔にならないように動こうとするが、しかし、近くに距離を撮りたい人がほとんどだったので、患者への道が塞がれたままだった。熱気がさらに増していく。そのうち、群衆の中で暑さで気を失う人も出てきた。ますます混乱していく中、澤田親子は紙袋を抱えて人がいない方向、会場に向けて足を早める。

「なんか、外が騒がしくなっているみたいですね。」
「そうだね。三十分もないイベントだけど、すごい人だかりになっている。きている連中のいいねを集めたら、日本のいいねの半分ぐらいあるんじゃないのかな?上位八千人招待して、なんか、ほんとんど来ているらしい。それに、それに憧れる評価をある程度持っている連中が、会場に入れなくてもって、見にきているらしい。今のレートを変えたら、いいね持ってる連中は、お祭り騒ぎになるだろうね。池ちゃん、やってみる?1いいね、1円の等価交換可能にするんだ。レールはできているんだろう?」
控室で若草と池上はコーヒー片手に雑談をしている。池上はチラリとタブレット端末を見つめる。レートを変える指示を出せば、いいねの価値は上がる。昨日、ヒマキンと若草に説明した通りだが、二人とも興味を示さなかった。あまり良い方法とは思えなかったが、ひめにゃんのコンサートの最後にそれを行って、いいねに対する認識を、影響力を強めようと思っていた。いいねと評価されるためには、悪いことはできないと思わせる一歩にしたかった。
「池ちゃん、今日、レート変えないか?」
「それ、昨日、言おうとしたんですよ。コンサートの熱狂を利用したかったんです。でも、若草さんもヒマキンも関心なさそうだったんで。」
「ヒマキンが反対するに違いない。評価という財産が、文字通り財産になったとしたら、あいつは困るだろうから。俺は賛成だよ、やろう!」
「でも、1いいね、1円はやりすぎです。今の百倍ですよ。為替だとしたらありえない。もし1いいね、1円にしたら、市場に七百兆円がポンと生まれることになる。」
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