第42話

文字数 1,283文字

「でも、これだけ「いいね」を集めたとて、どう活用するんです?承認欲求を満たすのにはいいかもしれないけど。」
池上と若草の話し合いの場で寧が素朴な疑問を口にする。今はショッピングサイトの商品評価に転用されたりしているが、それ以外は何も動きがない。ただ、「いいね」が増産され、エージェント福太郎に「いいね」が莫大に溜まっているだけだ。価値は増え続けていて、それを欲する人がその価値を増やしてくれる。
「まだまだ増えてからじゃないと、その影響力は絶大じゃないんだけど、そうだね、少しばら撒かないとね。池ちゃん、とりあえずスターアイランドでやってるメタバースで通貨として「いいね」を使用してみよう。」
池上は太い眉を釣り上げ、口をへの字にする。
「若草さん、それはしないって言ったじゃないですか!評価をお金に変換するのなら、結局は金本位制度と変わりないじゃないですか!」
「一般人に池ちゃんが考える最終フェーズを突きつけても、今は誰も理解できないよ。いいねがお金ぐらい価値があるという事を知らしめないといけない。誰もそんな事を考えたことがないんだから、仮想世界の日常で流通させて、「いいね」に馴染ませないとね。」
寧は若草が機嫌の良い笑顔をしながら説明しているのを見て、それが本意ではないことが見て判った。若草が本気の時は表情が全く消える。爽やかさは無く、屍が転がるような荒野を見つめるような冷たい表情になる。池上は納得できないが「いいね」をみんなが欲しないと、影響力が大きくならないのは理解していたので、仕方なく従うことにする。

池上が管理しているスターアイランドのメタバースで、各サイトでやり取りされる「いいね」が仮想通貨として利用された。現金をメタバースで使用することに抵抗があった層には歓迎された。また、現実世界でお金がなくても「いいね」をたくさん持つものは、メタバースで富豪となり、注目を集めることができた。SNSの「いいね」とメタバースの相性は良かった。現実ではないという共通点が、仮想世界での没入感を強めた。現実では普通、もしくは冴えない人でも、いいねをたくさん持っていれば、さまざまなものを買い集めたり、イベントを起こしたりとヒーローになれた。池上は、あまり乗り気ではなかったが、通貨としてのいいねが流通して、いいねそのものが増えて行った。お金は造幣局で刷らなと流通量は増えないし、担保がなければ価値が下がる、インフレを起こしてしまうが、いいねに関しては、いいねは、いいねを押せば増えていくし、いいねを消費しても、動画を作ったり、つぶやいたり、人を評価しての返りで、いいねを増やす活動をすればいい。労働に対する対価ではなく、個人の行動に対する評価だから、生活に支障が出ることはない。この時点では、いいね経済など、遊びに過ぎないのだから。お金という資産が減るわけではないから、損をするという感覚は薄い。しかし、時間の経過とともに、差が出てくる。評価を持つものがさらに評価を作り上げることができるが、評価を作ることができない人は、なけなしの評価を消費するだけに終始してしまう。
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