第9話

文字数 1,325文字

乾いたタオルに包まれて、まとわりつく水で失われていた体温が、体に留まるようになってきた。寧は体の芯から熱が出ていることをしっかりと感じていた。タオルに包まれたまま、若草側の席に座ると、運ばれた暖かいコーヒーを啜るように含んだ。冷え切った体の内側に熱い液体が通っていくのがよく判った。
「池上さん、こんどの総理、どう思う?」
唐突な若草の質問。池上は政治家になる前の柄澤友蔵の事を知人を通して知っている。自己顕示欲が強い人物で、自己評価が高く、それを周りに広めるのが上手な男という認識。
「カッコつけでしょう。自分さえ目立てればそれでいいという中身の無い人間だと思う。」
「なんか、否定的だな。俺はね、柄澤総理、悪くないと思っているんだよ。自己顕示欲、お金より世間の評価が大事、みんなから良く見られたい。そのためなら恥も外聞もない。それは、人間として素直だ。業に対して、身を交わすことはしてない。真正面からぶつかっている。自分以外はどうだっていいはずだが、評価するのは、自分以外だから、仕方なく、人に好かれようと無理をする。それが生活の全てになっている。こんなにまっすぐな人間は中々いないよ。金より、評価が大事。それ、池ちゃんが狙っているところだろ?」
若草は、池上を池ちゃんと呼んでみた。池上は少し当惑したが、しかし、悪くなかった。評価されたい人から、悪くない評価を得ると自信が出てくる。自分の背中が大きくなる気持ちの良い感覚を得られる。若草は池上の気持ちにスッと入り込んだ。これで、説明を省くことができる。信用がない人間がいうことを人は聞く耳を持とうとしないが、信用がある人間が言うことなら、信用して欲しい人がいうことなら、発言に対して先回りしてまでも、理解しようとする。
「金ではなく、評価を流通させたいってところですか?」
「池ちゃん、物分かりが早いね。やっぱり大物だ。それに関して、アイデアがあるんだけど、手伝って欲しいんだ。全部ここで説明するには時間がかかりすぎるから、手伝って欲しいことだけ言おうと思うけど。」
池上は、手伝いたいが、それ以上に若草の考えを知りたくなっていた。金ではなく、評価を流通させようと、評価こそが、社会を動かす何かになるように仕向けたい。ということなのだろうけど、それをどうやったら出来るのだろうか?評価をお金に変換するだけだったら、今でも行われている。それを新しいアイデアのように言うのであれば、若草に対する期待は半減する。いや、絶望と言っていいぐらい、ガッカリするに違いない。若草は期待させる雰囲気を持っている。自分が立ち止まった問題の答えを持っているような気がしてならない。いや、若草のような好人物に、評価を基軸とする社会展望の発想を言ってもらいたい。その爽やかな雰囲気から、人を惹きつける魅力ある人物から、お金ではない社会の大事なものを教えてもらいたい。健全で心地よい人が、健全で心地よい思想を持っていてもらいたい。それだったら、引き千切れるほど尻尾を振って従うし、最後の血の一滴まで協力だってしたい。そのために、これまで貯めた財産を差し出してもいい。お金と評価、それに対する答えがあるのなら知りたいし、教えてもらいたい。
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