第61話

文字数 1,249文字

笹崎の息のかかったバーで、若草と笹崎は席を並べて飲んでいた。笹崎はダニーのことを心配しているようだが、すでに役に立ってなかったので、いなくなっても構わないと行った感じが漏れ出ていた。
「ダニーはもともとが真面目なんだよ。そこに、やるべきこと、期待、俺からの評価があったから、その気になっていたんだ。働いたことがないダニーが、ミッションを与えられて、クリアするために色々と頑張っていたんだろう。でも、いなくなったらどうしようもない。期待していたのに、作戦は失敗しそうだな。」
「探さなくていいのか?」
「ダニーを連れていくってことは、ある程度解っている奴がこっちの作戦を壊しにきたってことだろうから、奪還なんてしようものなら、大ごとになるよ。」
笹崎は顔を顰めて、焼酎ロックをグッと飲んだ。一瞬、焼けるような熱さが喉元を焦がしたと思ったら、少し遅れてアルコールが喉元から内臓までの熱を奪おうとする。若草は興味があるようにそれをじっと見ていた。
「気に入らない?」
「まあな、俺たちゃ、務所仲間って思っていたから、なんか、冷たいって思っちまった。」
「笹崎さん、やっぱりあんたは上に立つ人だね。手下を守ろうとする。その姿を見て、手下たちは笹崎さんを評価して、信用して、ついていく。お金で繋がっている関係でもなければ、恐怖によって支配しているわけでもない。笹崎さんの人徳で、組織の背骨ができている。お金じゃなくて、評価なんだ。それ、いいね!」
「お金とか、暴力じゃあ、人は動かんよ。もし、それで動くようになったら、この世は終わってしまった事になる。ヤクザの俺でも分かるよ。情がなけりゃ、情けない。」
「そりゃそうだ。昔の中国、周の時代なんだけど、徳で世を治めていたんだって、王様に人民が心を寄せていたんだ。だから豊かで、争いもなく、穏やかな世だったらしいよ。絶対的な存在が王様で、それにみんな従って、楽しくやっていたそうだ。」
「まあ、存在がデカい親分がいりゃあ、若い奴らも黙って言うこと聞くからな。でも、もう、そういう時代じゃないぞ。ヤクザにも規律が無いんだ。大物がいないからな。そんなんだから、世の中の連中は、心を寄せるところがない。絶対的に信頼できる存在がいなくなったからなあ。金持ちは成金ばっかりで、人のためにお金を使わなくなった。自分のためだけに金を使う。暴力団は、弱い奴を助けなくなった。自分の力を誇示するためだけに力をつかうようになった。誰も彼もが自分のためだ。クソ面白くもねえ。若草さん、あんただってそうだ、ダニーのことを助けてやろうとは思わないのか?」
「行方がしれないのなら、心配するけど、どうなっているか大体判っている。生きてるよ。でも、ちょっと厄介なところに連れて行かれている。手出ししようもんなら、消されるんだ。」
「なんだ、始末が解ってんのか。じゃあ、ダニーは無事なんだな。」
「今はね。ダニーが心変わりしなければ、そこから出られるだろうね。」
「なんだ、俺が苦手なところに捕まっているんだな。なんで?」
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