第10話

文字数 1,366文字

「前のめりになってきたけど、ものすごく近くで物をみると、全体が見えなくなる。一見危ういように心のどこかで警戒するかもしれないが、警戒なんて必要は全く無いんだ。気になることに注視する。全体なんて見なくてもいい。これだけ世の中には人がいるんだ。全体を見る奴もいるだろうし、そこしか見ない奴もいる。見たいものを見ればいい。知りたく無い事実なんて、無視すればいいんだ。そうだろう?」
若草は率直だった。率直な意見に対して対抗するには、小さな不安を寄せ集めたところで、対抗なんてできやしない。ずぶ濡れの寧はタオルに包まれて安堵している。ずぶ濡れで冷え切っているという問題が吸水、保温するタオルによって解決に向かっているからだ。寧はタオルに文句を言うところなんて一つもない。池上も「お金と評価」というこのところ考えている問題に関して、解決の光を若草に見ていた。疑わず、素直に聞こうと思えた。
「評価とお金を離して考えろってことですか?」
「そうだよ。やっぱり池ちゃん、回転が早いね。金本位から脱却しようとしているのに、金勘定をしたらダメなんだよ。脱却できてない証拠さ。よくさあ、金のためじゃなくて、自分のしたいことを仕事にしたいとか言う奴いるけど、数年後にはお金に振り回されているか、もしくは、お金と無縁になって、したいことを恨んでいる状況になっている。お金のためじゃないとか、変な言い訳つけるからおかしくなるんだ。したい事とお金は別なんだ。でもね、したい事と評価はくっ付いている。誰だってさあ、得意なことを褒められたいじゃん。上手いねとか、すごいねとか、それがお金より痺れるんだ。段違いに価値があるんだ。それを基軸とする考えを社会に浸透させたいと思っている。今は、いいねが多けりゃ、お金になるからって、多くの人は思い込まされているけど、それで、いいねを集めようとしているかもしれないけど、評価、いいねを本当に沢山持っている連中は、いいねをさらに増やすことか、いいねを減らさないことに心を奪われている。あいつらはお金を沢山持っている。使いきれないほどにね。使いきれないお金って、ステータスになるかもしれないが、周りからの評判、評価には繋がらない。お金持ちって評価は羨ましいと同時に、無関心とか、妬みを生むからね。それに、評価、いいねは、お金以上に影響力がある。」
一気に捲し立てるように突っ込んでくる若草の思想。池上は、自分が考えているものと少し違うような気がしたが、魅力的な若草に対して興味と評価が高くなっているので、否定的な考えを無意識に消していた。それよりも「お金と評価を切り離して考える」という自分の意見に対して若草が上々の評価をしてくれたことが、心の中を占めていた。単純に褒められたことが嬉しかったのだ。憧れつつある若草に良い評価をもらったことが特別なように感じられて、誇らしくさえあった。
「私がすべきことは、評価持ちの評価を持ち出すことですか?」
「さすがだね。本当に池ちゃんはすごいよ。俺が頼もうとしていたことを、そこまで先回りして導き出すなんて、やっぱりすごいね。見込んだ以上の存在だったよ。」
満面の笑みを浮かべる若草はそっと手を池上に差し出す。池上は慌ててテーブルの下から手を出そうとしてガタンとぶつけた。痛みはあったが、痺れで消えた。
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