第74話

文字数 1,354文字

 「でも、いきなりは・・」
 「迷うな。さあ、すぐにやるんだ。じゃないと未来を逃してしまう。世界を変える鍵を君は持っているのに、それを錆つかせてしまうなんて、意味がない。出来ることは、その力があるのなら、するべきだ。じゃないと、生きている意味がない。もし、池ちゃんが出来ないのなら、その鍵を俺に渡すんだ。」
 池上は手を差し出す若草に底知れぬ恐怖を感じた。こんな舞台裏で、いや、舞台裏だからこそ、知らぬ人間を巻き込む大事件を起こすことが出来るのかも知れないが、誰に宣言もなく、裏で世界を変えてしまうようなことをして良いか、躊躇してしまう。
 「早くするんだ。俺をガッカリさせるな。」
 若草がいつもより冷静で、冷たく、落ち着いた声、表情で決断を迫る。池上は、若草の期待に添えないことをしたくないと感覚的に思った。若草の評価が、たった一人の期待が、この瞬間、何よりも重いものだと感じた。決断せず、実行しないことによって若草に失望されることが、舞台袖の暗闇のような場所へ追放されるような絶望につながる。しかし、若草の評価と、世界の常識の継続を秤にかけることが、間違っているように感じられる。だが、期待に添いたい。たった一人の仲間の評価の方が、あらゆるものより大きく、重く感じてしまう。池上は憔悴していたが、意志は沈んでいなかった。その意志が、正しいかどうかの判断はできそうになかったが、意志を行動に移すことは出来た。タブレットにパスワードを入れる。実行画面までもっていき、自分では躊躇するのではないかと思ったが、指先はすべきことをした。心臓が裏返るような緊張が一瞬だけ体の中を突き抜けたが、やってしまえば、それは済んだことに、過去になる。急いで報告しないといけない。
 「や、やりました。」
 池上は実行したあと、すぐに若草の顔を見た。若草は満足そうな顔をしていた。顔を見て、池上は自分が行った決断に対して、大きな充実感を感じていた。後悔は背中の裏にそっと潜んでいるけど、今のこの瞬間においては、若草からの満足の評価が重要に思えた。
 「池ちゃん、ありがとう。俺の希望を叶えてくれて。この瞬間、世界がガラリと変わるぞ。お金が価値判断基準となる世界の終わりの始まりだ。世界がこれまで積み上げてきたものをぶち壊したんだ。俺たちは大した罪人だよ!人殺しはしてないけど、文明や思想、積み上げてきたものを殺したんだ!新しい価値判断基準、価値交換の基軸も握っている。お金が信用ならないのならば、いいねにみんな飛びつくんだ。世界はルールを作る奴が一番偉い。我々は新しいルールを作ったんだ!評価本意制度の現実的な運用を、いいねインベスターズが牛耳る。それは、世界を牛耳る始まりでもあるんだ!おっと、そうだ、言っとかないといけないことがある。もし、池ちゃんが俺に賛同しなかったら、殺すつもりでいたんだ。それを君の友達であるダニーに頼んでおいた。もし、ダニーに出会ったら、若草の作戦はキャンセルと伝えてくれないか?もし、俺もダニーにあったら、池ちゃんは大事だから殺さないでって、言うよ。」
 池上は、若草が言う内容が頭に入ってこなかった。新しいルールを作って、世界をいいねインベスターズが牛耳る?ダニーが自分を殺そうとしている?それも若草の命令で?
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