第72話

文字数 1,221文字

「円じゃないよ、いいねだよ。別だから。」
「でも、円として使えるわけで、そんな額が入り込んだらお金の流通量が増えて混乱するだけです。円の価値が下がるからインフレが起こる。」
「そう思うよね。でも、違うんだ。大体、紙切れとか、丸い金属に価値があるって設定がおかしいんだ。まやかし以外なにものでもない。お金は虚だよ。それにみんなしがみついて、それを価値判断基準にしている。目を覚まさないと。俺はそれがしたいんだよ。」
「でも、それが普通っていうより、人類の歴史そのものじゃないですか。お金という価値判断基準ができたから、協力したり、競走したりしてきたんじゃないですか?それをぶち壊すことになると、それは正義とは言えない。」
「もともと、この世の中に正義なんてないよ。世の中の正義とは勝者による後付けの言い訳に過ぎない。ずっと昔は勝者はわかりやすく王様で、理不尽な正義が多かったけど、人口が爆発的に増え、一個人の力が弱まった現在においては、多数の意識、大勢の評価が正義になっている。大勢の都合の良い嘘が正義になっているんだ。まったくもって、だらしない正義だよ。今のせめぎ合い、たとえば、商品が安いのは正義と同時に、賃金が高いのが正義って二つの全く同居できない正義を全員で無理だろうなと薄々理解しながら、自分の利益のために訴えているんだ。国家間でもそうだね。あそこは俺の土地だから、ってそれが欲しいだけなのに、無理矢理理屈をくっつけて、正義面するんだ。池ちゃんも一緒だよ。金本位制度が間違いの元って言うのに、それを壊そうとすると、守ろうとする。池ちゃんは誰も知らない常識を創ることができそうだと思っていたけど、それはタレントの再利用程度だったんだな。まあなんとなく、それは最初から理解していた。ガラリと変える瞬間になって、抵抗するだろうってね。」
 若草がいつもの穏やかな表情を崩さずに、雰囲気をがらりと変えてきた。目の奥が紫色に見える。とても恐ろしく、冷徹な雰囲気がする。命や人が守っている大事なものとかが邪魔になったら、平気でぶち壊すことが出来る図太さが眼に見えるようにわかる。その冷徹な図太さが、自分に向かっていることを池上は理解した。若草が、自分のことを邪魔だとなれば、なんの躊躇もなく、消すだろう。目の前で暴走するダンプカーのような、圧倒的な恐怖を感じる。
「いや、僕は、評価本位制度は大事だと思ってます・・。」
池上は、この程度の反論を出すことがやっとだった。喉が張り付くように乾く。足元が、緩んだ老人の皮膚のように柔らかくグニャリとズレて沈むように感じる。動悸が激しく、しかし、弱い。
「大事だと思ってる?じゃあ、証拠を見せなよ。さあ、レートを変えるんだ。じゃないと、俺は君を消すことになる。原資となる評価はすっかり溜まったし、俺たちが作った「いいねインベスターズ」を受け入れる会社も作ってあるんだ。」
「・・それ、なんて組織名ですか?」
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