第14話

文字数 1,197文字

ポン引きダニー

 全く知られてない良い奴より、悪名が知れ渡った方が、まだマシなんだ。

 茶谷雄介は、繁華街の通りに立って、行き交う人に声をかける仕事にありついていた。住み込みになるから寝る場所もあるし、何かしらの残り物にありつくこともできた。小さな部屋に、喧嘩が強くて、刺青を入れた中国人リュウとワンの二人組ダブルドラゴンと、インドネシアから来て、水産工場で働いていたが、逃げてここに辿り着いたスシローと、ベトナムから来たらしいヤンの五人で路地裏の窓から陽の光が入らないアパートに共同で住んでいる。茶谷はダニーと呼ばれている。一応、年長者になるが、一番最後に入って来た。ダブルドラゴン、スシロー、ヤンの四人は、ダニーが日本人であることぐらいしか知らないが、組織からは「凶悪犯」と聞かされていている。どういったことをしたかは知らないが、組織から一目置かれているということは、相当な悪者だろうと、警戒しつつ、アウトローとしての敬意みたいなものを払っていた。ダニーとしては、喧嘩になったら殺されるだろうと四人を恐れていたところもあるので、組織の吹聴には、助けられていると思っている。
 ダニーは昼過ぎに起きて、何かを食べる。野菜が炒めてあって、それは醤油とかではない匂いの強い液体がからめてあって、とても辛いものだったり、薬草のような匂いがするものを絡めてあるすっぱい魚だったり、ソーメンのような細い麺に辛みとカメムシの匂いが染み付いているものだったり、得体の知れないものを箸で食べていた。ダブルドラゴンとヤンが炊事担当なので、彼らの郷里の料理だろう。刑務所のご飯を十年食べてきたから、こういった刺激の強いものは、正直、口に合わなかったが、でも、食べ物を残さないという習慣がついていたので、残さず食べた。それに、美味しいものを食べたいという気持ちは無くなっていた。腹が減ったら、それを満たすものであれば、十分満足だったし、それ以上のものを出されたら、何かもったいないような気がして、食べた気がしなかった。ダニーは、食べることによって、エネルギーを蓄えることが億劫になっていた。エネルギーを溜め込むということは、それを消費するだけ、それだけ生きなくてはならない。
今日の魚は酸っぱ辛く、腐っているのでは?と思ったが、だから吐き出そうという気にもならなかった。
 「オイシカタカ?」
 世界中の人が疑問形で話す時は語尾を上げるらしい事は、他民族で暮らしていると良く分かる。ヤンがダニーの顔を覗き込んで、今日の料理の評価を聞いてきた。朝なのに灯りを点けないと暗い部屋で、蛍光灯の白い光が焼かれた魚の白い目を、さらに白く見せている。じっと、その煮えた白い目を見ながら魚の身を食べていると、胸の中にモヤモヤとしたものが溜まってくる。
 「うん、おいしいよ。」
 そう思わなくても、ヤンに対しては笑顔を作りながらダニーは答えた。
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