第2話

文字数 1,354文字

 「今こそ変わらなくてはならない!そうしないと手遅れになってしまう!」
 「テレビは嘘っぱちばかりの危険な代物だな。まあ、俺はテレビなんか見ないから、買わないけど。じゃあね。手遅れの店員さん。」
 南田は何も言わずに若草を見送る。若草は振り返ることなく颯爽と家電量販店から出て行く。街は初夏の強い光が照りつけている。体温が瞬時に上がる。若草はその上昇に浮足が立った。熱された石畳の歩道の照り返しに目を細めながら、巻かれた白金輝く自動巻きの腕時計を見る。約束の時間にはもう少しあった。先について待つのが得策か、あとから遅れ気味に着くのが良いのか少し悩んだが、相手は自分より年齢は若いだろうが、自分の若さたる故の怠惰を見せつけてやろうと、遅れることにした。

 カフェに似合わぬ大きな男。むさ苦しい長髪、古代人のような太い眉毛と大きな目、黒いTシャツ、黒い膝丈ズボン、赤いバスケットシューズ。年柄年中同じ格好をしている。その方が覚えてもらいやすいし、覚えてもらいやすいというのは、一種の評価と思っている。知られないより知られた方が、実在の世の中で生きていることにつながる。池上は三十代後半になっていた。評価を金に変換する仕事をして、一時代を築いた。かつての人気者、今は落ちぶれてしまった人たちを、特定の評価者である熱心なファンと直接繋ぐことで、評価で繋がる良い関係を作り出し、路頭に迷うヒーロー達をずいぶんと救った。ファンたちも、マイヒーローに近づけて、そのヒーローの物語の登場人物になることが出来た。池上はそれぞれの物語のプロデューサーとなり、くすぶった物語を悲劇から円満なる活劇に変えていった。
 待ち合わせの時間のはずだが、待ち人は、なかなか来ない。やはり、ツイッターでの誘いなんて信じてはいけなかったのだろうか?面白いコメントを入れる人だったから、会ってみたかった。池上は慎重な性格で、そんな誘いには乗るはずもないのだが、どうしても会ってみたくなるコメントの発信者だった。その中でも「貨幣ってただの紙どころか、ありもしない数字。しかも、それは昔っから。だったら、もう、信用ないよね。で、今更の金本位制?それも無いって!今は「いいね」本位制度なのよ!金持ちよりはいいね持ち!」
 いいね本位制度、評価こそが価値を決める。これはユーチューバーから成り上がった池上がここ十年以上、ずっと研究してきたことだ。池上はいいねを利用してお金儲けをしたが、それは評価をお金に変えただけだった。いいね本位制度となると、「いいね」そのものが、価値交換の指標、本位となりうる。本位とは判断や行動するときの基本となるもの。金本位とは、つまり、判断や行動をお金に換算する考えのもとになる。仕事をしてお金を得る、作品を作ってお金を得る。身も蓋もない言い方になるが、すべての行動、考え、知識、判断が、お金のためであるという裏付けであり、今の経済の根本となっている。現代の「お金が全てである」という思想の根幹なのだ。池上は、評価をお金に変えることができることを立証してきた。だが、結局は評価をお金という価値に委ねている。結局は金本位という考えから抜けきれていない。本当は、評価のために人は行動したり、判断したり、仕事したり、作品を作っているはずだ。
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