第38話

文字数 1,231文字

「笹崎さん、事情が複雑だからね。情報は双方向でない方がいいこともある。一方通行がばら撒かれた方が、いらない疑いをかけなくて済む。小さなことが気になると、大きなことをし損なう。だったら知らない方がいい。」
「若草さん、あんた、変わったね。」
「何も変わってないよ。笹崎さんと一緒で、ただ、働いているだけだよ。」
「そうか、そう考えれば、そうだな。だったら、金取るぞ。」
「そのつもりだよ。後払いだけど。」
ここで若草は屈託のない笑顔。不意を疲れた笹崎も思わず釣られて笑みを浮かべる。
「どうする?まだヒマキンいるよ。話してく?ダニーは帰したけど。」

 ヒマキンこと芦田宏明は、体と心を満足に浸らせていた。ひさしぶりのソープランドで、しっかりと溜まったものを吐き出して、尻の根本から力一杯に根っこを抜き出したように、精も根も尽きていた。一晩で三十万円払うことになったが、それに見合う経験をさせてもらった。思いつく限りの汚れたことをしたが、それを綺麗なプロの女性が受け止めてくれた。こんなの、ヒマキンがしてたとなると、子供たちはショックで心臓が潰れるに違いないことが出来た。なにやら、自分でないヒマキンに勝ったような気分の良さがあった。忌々しい人気者の自分であるヒマキンに対して、生まれたままの芦田宏明が欲望で勝ったのだ。人気を裏切ったことが、こんなに気持ちいいとは思わなかった。表面しか見ない連中に「ザマーミロ」と言いたい気分。また、利用したい。すぐにではなく、そうだな、一週間に一回ぐらい、ヒマキンでない芦田宏明になって、自由で汚れた時間を過ごしたい。送迎とか秘密保持の契約ができると聞いて、待たされているが、クリエイト現場である自宅に、早く帰らないとと思うし、もう帰りたくないとも思う。
「芦田さん、契約の方は書面を残すとあれなんで、電話番号を教えておきます。ひつような時に電話してください。そのかわり、ご利用料金は時価になります。」
笹崎が部屋に入るなりそう言って、電話番号のメモを渡す。笹崎はそのまま部屋を出て行く。次に若草が寧と一緒に待合室に入って行く。
「はじめまして、芦田さん。私、若草と言います。」
「はい、こんにちは。こちらの関係の方ですか?」
「まあ、そういったところです。昨日の晩はお楽しみだったようで、よかったですね。」
寧が露骨に嫌な顔をした。それを芦田は見逃さなかった。思わず顎を突き出して変顔をしてしまったが、それを見て寧はあからさまに否定的な表情、ドン引きした。芦田は顔から火が出るような恥ずかしさを感じて、自分がしでかしたことを思い出した。こんなことがバレたら、子供たちの憧れの自分の評価が下がってしまう。「ヒマキン、風俗でサディスティックな羞恥プレー!」そんな見出しが週刊文醜に載ってしまったら最後じゃないか!これまでの生活がぶっ壊れて、愛情の裏返しである憎しみ、蔑み、嫌悪がこれまでの人気の数倍に膨れ上がって、二度と世間に顔を出せないことになってしまう!
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