第52話

文字数 1,262文字

寧は二週間のレッスンを行う。朝六時に起きて、歌って、踊ってを夜十時まで。それから夢を見ない眠りについた。寧の人生では、これまで、誰かのために何かを行っていたが、歌やダンスは、大勢の人前に立ったときに、恥をかかないための自己防衛として身につけるべきものだと思っていたが、しかし、実際に声を出し、体を動かしていくうちに、それが楽しくなってきた。自分のために何かを学ぶというのは、寧にとっては初めてのことだった。レッスンが終わる頃には、良い歌い方、良い体の動きというものが、なんとなくだが解ってきた。小さな頃から見様見真似で料理洗濯介護世話としてきたので、体の動かし方、人の気持ちの察し方、辛抱強さなどは身についていた。理解と習得の速さに歌やダンスの講師たちは好印象を持っていた。寧も、身につけた技術を人に見せたい、歌をきいてもらいたい、自分を見てもらいたいと生まれて初めて発信者、表現者の淵に立った。

「ひひひひひ、ヒマキンの大本営発表!なんと、私もいいねと思っているひめにゃんが、ステージに立つんだって!なんか、最近、歌とか踊りがチラチラでて、僕も見てるんだけど、ちょっと応援したくなったので、よし、みんなで見に行こう!」
ヒマキンちゃんねるで、ひめにゃんのデビュー告知が行われた。今やヒマキンの「いいね」は今まで以上に膨れ上がり、何か発言すれば、色々なSNS、ネットニュースで取り上げられるのはもちろんだが、テレビ、ラジオなどの旧メディアでも話題のおこぼれに預かろうと取り上げていた。
「でもね、今回のひめにゃんのステージは、みんながみんな見れるわけではないんだ。まず、ステージは丹下健三設計の、前世紀の建築物遺産である代々木体育館でするんだけど、八千人ほど収容できるけど、その八千人は「いいね」が多い順で席が埋まっていく。ということは「いいね」をたくさん持っている人は、その証明になるよね。なんと、僕は一番に入れるんだ。いちばんいちばんいちばんいちばんひまひまひまひま・・・」
ここでくるくる回ったヒマキンが倒れて、アメリカンコミックのように泡を吹く。もちろん顎を突き出して。そこに置くから白いドレスを着た、紫色の髪の毛をした女の子が登場。
「はきゅーいーん!ひめにゃんだよ!こんにち・・わ、ヒマキンが馬鹿みたいに泡吹いてる!き、きもいん!死んで!早く!」
何か失敗しても大丈夫なように、自然体、周りを気にしない天真爛漫、しかし毒舌キャラという設定になってしまい、馬鹿っぽく悪口をいう必要になってしまったが、自己のパーソナリティーを表に出さず、キャラクターに徹する、演じるというのは、寧にとっては楽だった。言われた通りにすればいいのだから。しかし、歌を聞いて欲しいという思いは強くなっていたし、見て欲しいという気持ちも強くなっていた。しかし、初めてのステージに自信はなかった。
「今度のコンサート、大勢の前で緊張しちゃうから、最初の一分間だけ、観客のみんなは小さな傘を開いて、私の事を見ないでね!その一分間の間に、アイドルになるから!」
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