第17話

文字数 1,293文字

酒臭い店、香水臭い店を行ったり来たり。ネオンの明かりはとっくの昔にLEDに変わっているけど、ダニーにとっては少し冷たいネオンの明かりにしか思えなかった。路上には唾を吐いたシミや、タバコの吸い殻、空き缶が転がっていて、所々、配管の入り口、物陰などに真っ暗な闇が転がっている。夜だけど、明るくて見晴らしがいい。でも、闇は、隅々の闇は、これ以上ないぐらい真っ暗で光の速度を遮断している。頭を上げると、あちこちに監視カメラが並んでいる。黒い鳥にじっと見られているように感じて、背筋が凍るような思いもする。生暖かい空気と、ドアを開けた途端に吐き出される冷房の冷たい空気が目の前で混じりあったりしている。ダニーは、消費しかできない場所にいた。もう、散々食い尽くして、腹一杯なのに、まだまだと口の中に押し込むような暴力的な消費。でも、まだ、よくわからん欲望を満たしてやらないといけない。ポン引きになったからには、自分の欲望を、人の欲望に乗っけて、それを晴らすようにしてやらないとならない。
(なんでもあるぜ、ここにくれば、なんでもそろえてやるぜ、欲しいものがあれば。)
乾いた胸に、いくらでも注ぐものがあるはずだが、それは、乾いた胸を湿らせるに至ってない。水を撒くふりをして、どんどん水気を引いていくだけだ。底抜けの欲望がそうさせているのか、欲望なんて本当はないけど、欲しい気にさせられて、激しく空回りしているのか、そんなことを考えられないほどのアルコール摂取で、ここにいる連中は全員、脳が腫れている。頭蓋骨を破らんばかりに、ブヨブヨと脳を醜く腫らしている。赤く炎症した脳みそが、欲望と目的と勘違いしている。
「いい娘いるよ、おっぱい大きな、スレンダーな、完璧な体。目が大きいんだよ。あんなのにじっと見られてたら、そら、もう、行くしかないでしょ!」
嬉しそうに酔っ払いに対して女を勧める。それがお金になるからね。人の欲望は、自分の欲望なんだ。俺が欲しいものを、欲しいと思わせる。それが俺の役立つ方法。それが仕事だ。消費者の代表たる俺の、俺様の仕事なんだ。誰よりも悲しい思いをして、全く楽しむこともなく、ただ、愉快に振る舞わないといけない。ダニーは顔を歪ませて、笑って耐えている。前科者でもありつけた仕事なんだから、ここを逃したら何にもなくなるから、ポン引きごときにしがみ付こうと必死だ。
夜半は過ぎた。鬼が出るような時間。許可がない風俗や、値段が高すぎるラウンジに多くの人を沈めた頃だった。黒塗りのアルファードが、山のような車体にネオンのさまざまな光を跳ね返しながら近寄ってきた。威圧感がある顔が出てきた。
「おい、ダニー、どうだ?」
「はい、兄貴のおかげで、なんとかやってます。」
「そうか、こっちも、ダニーのおかげで、ちょっと景気がいいぞ。ラーメン奢ってやるからついてこい。もう、明け方になるから、終いでいいぞ。乗れよ。」
兄貴の子分が助手席から降りて急いでダニーのためにドアを開ける。こんな大事な扱いをされると、ダニーの気分もよくなる。黒い革のシート、兄貴はシートを寝かし混んで、軟体動物のように寝そべっている。
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