第60話

文字数 1,138文字

「寧さん、若草さんって、この頃、こっちに来ないね。どうしているか知ってる?」
「最近、私も見ません。たぶん、池上さんやヒマキンとかと話し合いして、それから新宿で色々な人に会っているんだと思うけど、正直、若草さんってクレイジーだから、よく解らないんです。何してるんだろう?」
「若草さんって、クレイジーなの?」
「ええ、ちょっとだけクレイジーだって、自分で言ってましたよ。なんか、もっともらしいこと言ってるけど、変なんですよ。例えば、今日の天気について話していると、晴れとか、雨とか曇りでいいのに、地軸の傾きとか、海面温度とかの話しだすんです。たぶん、思いついたり気になったことを吐き出さないと、体が破裂するんだと思います。」
タクミはその話を聞いて少し笑う。それがとても嬉しそうに見えたので、寧は前々から思っていたことを聞いてみる。
「もしかして、タクミ先生は、若草さんのことが好きなんですか?」
「えええ、なんで、ちょっと、えええ!」
タクミが真っ赤な顔をして、指摘を否定できないでいた。寧は知ってる人同士の好ましい思いを垣間見れて、とても幸せな気がした。
「でも、だって、僕は男だし、若草さんも男だから、ねえ、難しいよね。」
幸せそうに困った表情をするタクミのことを寧は可愛いと思った。
「別に恋仲になる必要なんてないんですよ。たぶん、若草さんはそういうの、要らない人なんですよ。居心地いい人がいれば、近づくし、居心地悪い人がいれば、離れていく人ですよ。タクミ先生は、居心地いい人だから、近くにいれば若草さんは寄ってきますよ。」
タクミは少し冷静な表情をした。
「寧さん、僕は欲張った考えをしているんだと反省したよ。もうね、欲しくなったら全部じゃなきゃって思っていたけど、単純に、いい関係でいるだけでも良いんだよね。結果だけを求めると、違ったら、全部無くなっちゃうもんね。」
穏やかに笑っているけど、タクミが何かを諦めたのを寧は理解できた。寧にとってはそれが普通だと思った。全部願いを叶えようとすると、何も得られないか、もしくは、希望したものが傷だらけになって手元にやってくる。それはすっかり、憧れたものではなくなっている。タクミと寧は黙って顔を見合わせて、同時に笑顔になった。それは嬉しさに溢れてはないが、決して間抜けなものでは無かった。
「寧さん、明日、がんばってね。」
「出来る限り頑張ります。」

「ダニーの奴がいなくなったんだ。さっきなんだけど。なんか、連れ去られたみたいなんだ。今、防犯カメラから連れ去った連中のことを調べていんだけど、若草さん、なんか知ってる?あいつに指令したんだろ?なんか、最近、ダニーの奴、真面目な顔して、まったくポン引きの意味がなかったんだよ。何をやれって言ったんだ?」
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