第59話

文字数 1,306文字

 「お疲れ様でした。」
 寧はタオルで汗を拭く。歌や踊りのレッスンが終わり、夜の窓ガラスに映り込む自分を見る。トレーニング用の白いジャージ、髪の毛は結んであって、顔がハッキリとしている。スタジオの眩い光がそうさせているのか、二週間前の自分とは別人だった。何か特別な輝きのようなものが宿っているのを自分でさえ気がつく。ニッコリと表情を作ると、自分でも驚くぐらいに豊かな笑顔を映り込む。窓の外は真っ暗闇で、映り込む光さえ飲み込もうとしているのに、それに負けないぐらいの存在感がある。これは本当に自分なのだろうか?
「寧さん、明日、いよいよステージに立つけど、リハーサルは昼から行って、二回ほど全体通してやるからね。本番は三度目の正直になるけど、体力持ちそう?」
「タクミ先生、大丈夫です。今からだって、三時間ぐらいはダンスできそうです。」
「あら、寧さん、タフね。それなら安心。でも、この二週間、よく頑張ったわね。辛くなかった?」
「全然、つらくなんてなくて、本当に楽しかったです。でも、これがずっと続くと嫌かもしれない。お祭りなんて年に一回でいいのに、毎日お祭りをすると思うと、馬鹿になりそうですから。」
 タクミはじっと寧の言うことを優しげな笑顔で聞く。寧は初日は中性的なタクミ先生が少し苦手だったが、今では同性の友達のように感じている。見た目は筋肉がしっかりついた若い男だが、話してみると女子の学生、女の先生のように感じる。異性から好かれようとする、もしくは異性だから距離を置こうとするような、男の先生にある、変な気遣い、難しさが全くない。それに、同性である女性の、身も心もお見通しからくる鋭い指摘もなければ、シンパシーを前面に出した粘着的な距離感もない。ただ、教える側と教わる側の信頼関係だけが際立っている。だから、思っていることを隠さず言うことが出来る。
「寧さん、それ、贅沢な悩みよ。表に出て評価が欲しい人はいくらでもいるんだから。それを企画とはいえ、注目を浴びるキャラクターを演じることが出来るんだから、もっと喜ばないと。私だって、評価がある存在として、認知された期待される有名人としてステージに立ちたいのよ。寧さんは、羨ましい存在になっているんだから、ちょっと謙虚になったほうがいいかもしれない。でも、自信は持ちなさいよ。じゃないと、期待という重圧に負けちゃうからね。でもね、正直言うと、寧さんイケるわよ。声も出てるし、ダンスも出来てるし、なんて言うのかな、ちょっと、変わった魅力があるの。すごくね、頑張っているって、見てて解るの。で、素直に感じる。人を魅了する条件を持っている。だから、自信持ってステージに上がればいいよ。みんな、勝手に応援するから。」
 タクミに褒められると寧は照れて顔を赤くする。今まで誰かに褒めてもらったことなんてほとんどなかったから、少し恥ずかしく感じる。でも、悪い気は全くしない。自分が身近な人から大きな評価をもらっている。それは存在が大きくなるような不思議な感じがする。今までは、見る側だったのに、見られる側に変わろうとしている。大きな変化を迎えて、目の前が開けるような感じがしている。
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