第51話

文字数 1,275文字

ひめにゃんの姿になった寧を見て、賢治は夢が叶ったような不思議な気がした。これこそ思っていたひめにゃんだ。だが、同時に、自分から大事なものが引き抜かれて、分裂してしまったような後悔もした。
「じゃあ、寧ちゃん、ひめにゃんとして振る舞ってね。あいさつは「はきゅーいーん!」らしいよ・・ふふ、ははははは!」
真顔で説明を始めた若草がツボにハマったように腹を抱えて笑い出した。賢治は若草の笑いが少し癇に障ったが、まあ、年代的に理解できないのだろうと一方的に侮蔑した。池上は、古いロックバンドばかり相手にしていたので、ひめにゃんに関しては、戸惑う部分もあるが、雰囲気としては行けそうな気がしていた。
ヒマキンと若草の話し合いについては後から聞くことが多く、いいねインベスターズというプロジェクトではサポートという格好になってしまっていたが、ひめにゃんのプロデュースとして、スターアイランドのロックミュージシャンを使えば、自分が中心に成れるだろうと予測出来た。いいね、評価で世界を作り替える。良い人が評価される世界、お金という暴力から世界を解放するのだ!と理想を熱く膨らませていた。お金を生み出す連中は、大きな力を持ちすぎている。経済とは人を救うためのものであって、人を支配する手段となってはならない!これまで独学で学んできたことを、評価を利用してきた経験を今こそ生かしたいと思っていた。だから、ひめにゃんは成功させないといけない。ひめにゃんこそは評価経済におけるドラクロワの「民衆を導く自由の女神」にしないといけない。評価経済のアイドル、いいねインベスターズのアイコンにするのだ。そこまでの覚悟をもって寧のことを見ている池上だが、その思いを若草には伝えなかった。何かしら、若草に関しては、思想の差異が生じているような予感がする。貨幣経済を評価経済にするために、元手である評価を集め、評価の力を誇示して、評価を流通させるという方法は同じ考えだが、それを行う意思が同じだと思えない。
方法が一緒でも思想が違えば、行動は別の意味を持つ。
同じことだと言えば、同じことだけど、思いが違えば、意味が違う。
だけど、それは、違う行動をしても、同じ考えなら、それは同じであるという意味の裏返しの立証になる。池上は、それを考えると、今やっていることの自信が揺らぐ。お金の代わりに評価を持ってきたところで、それが力を持ち、無慈悲な暴力となれば、結果、今と同じことになってしまう。お金が猛威を振るい、暴力になったのは、価値を生み出し、流通させた人に悪意があったからに違いない。自分には悪意はないから、評価本意制度は純然たる白い正義になるに違いないと思っている。

 池上は衣装が決まったひめにゃんに歌と踊りを用意した。歌は寧が好きだと言っていたマキノに頼んだ。穏やかなマキノの曲は、しかし、ずいぶんとアレンジが加えられた。ダンスをするための曲調になっており、転調によって、数曲分の調べが、消費されていくように過ぎていく落ち着かないものだった。ダンスは幾何学的な動きがあり、ダイナミックに変化する。
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