第57話

文字数 1,359文字

 「いいね!のレートを変えようと思いますが、本来なら、いいねの価値を上げるべきなんでしょうが、あまり高いと流通に支障が出るので、若干、いいねの価値を下げたいんです。」
小さな会議室で池上の発言。参加者は若草とヒマキン。ヒマキンは考えるふりをして、顎を突き出し、若草は薄ら笑顔だけを残した。池上に対して二人は興味を示していなかったことだけはハッキリしていた。
「池ちゃんに任せるよ。でも、あんまり下げないでね。お金だったら、物価に対して若干インフレ気味、金の価値が低い方がいいんだけど、対お金のいいねとなると、どうなんだろうね。いいねの流通量は規制されてないから、放っておいても価値が下がるに決まっているけど、あからさまに価値が低いと誰も欲しがらなくなる。今は特別なものだけど、そろそろ、いいねが生活に食い込んでいくフェーズに入ってきたってことなら、一回ちょっと下げて、使いやすくするのもいいかもね。」
と若草はもっともらしいことを言ったが、その言葉には熱がなく、どうだっていいというのが伝わってしまう。ヒマキンはその話をわかったように聞いているが、トレードを考えたことがないので、正直、分からないでいたし、分かろうとも思っていなかった。
池上はたった三人での意思疎通が難しくなっていることに対して、うっすらとした空虚さを覚えていた。実在しない価値の取り扱いというのは、厄介である。いいねが増えたところで、それを資産として考えるというのは頭では理解しているが、なんとなく、虚であることは見逃せない。いいねに力があることは知っている。認知とは、価値の始まりに違いなく、知られてなければ、評価がなければ、芸術も、行動も、意思も、存在も無いに等しいのだ。評価があれば、いいねがあれば、実在として扱われるが、その実在を証明する評価とは、いいね!とは、どこにも存在しない虚である。勝手な価値である。どうとでも出来るものである。だいたい、評価には主体性がない。与えられるだけのものである。お金は、価値交換の道具である。用途という主体性がある。評価は一方的な客観に過ぎない。いくら欲しくても作ることができない、誰かが見て、いいねと思った時に初めて出来上がる価値である。その価値は与えられるだけで、得ようとしても得られない。その不確かなものに価値を、お金との交換レートを結びつけるなんてことは、どう考えたって、無意味なことであり、嘘であり、価値の捏造、搾取に他ならない。
池上は勝手に考え込み始めると、ヒマキンは週に一度の快楽の場所へ向かった。若草は街に紛れるように消えていった。残された池上は一人で難題を抱えていた。
いいねポイントの現在の基準は、1いいね!は0・01円となっている。百円のものが欲しかったら一万いいねが必要となる。一万いいねなんて持っている人は、そんなにはいない。バズって五十万いいねを得たとしても、五千円の価値しかない。また、お金と交換出来るわけではない。いいねポイントを使えるメタバースのショップぐらいしか使えるところがない。実経済、実物との価値交換までは、今のところ進んでいない。いいねポイントの換金可能にすることが先だろうけど、そんなことをしてしまうと、結局は貨幣本位制度に縛られていることを証明するだけになってしまう。
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