第22話

文字数 1,250文字

「ダニー、君はやっぱり頭の回転が早いな。真実を見つける力がある。だが、世の中に真実はない。真実は作るものだ。」
 真実はない、真実は作るもの?意味はわからないが、ダニーは、何か自分が足りないと指摘されたような気がした。足りないと指摘されると、不安が増し、何かにしがみつきたくなる。足りないことは、誤魔化さないと、馬鹿だと評価される。馬鹿だなんて思われたくない。若草は真実を語ってくれている、だが、それが何なのかハッキリしない。しかし、理解したふりをしないといけない。じゃないと、評価が下げられる。せっかく声をかけてもらったのに、相手にされなくなる。
 「じゃあ、わしは、池上の前に行かんと、真実を作りにいかんといけんのんですか?」
 「ダニー、君はいつまで誰かの言いなりになるんだ?君には、自立する力は十分にある。だが、それを拒むものがたくさんいたんだ。君は気の毒な状況にいた、しかし、決して負けなかった。これからは勝利を目指すべきだ。ダニー、君は勝てるんだ。知っているだろう?」
 若草が真っ直ぐな厳しい視線と、口元に少し許容の笑みを浮かべて、ダニーを試すように見つめる。戒めと期待、若草に深く興味を持たれている。ダニーは、期待に答えたいし、戒めに反省をしたいと同時に思う。
 「若草さん、わし、がんばるけえ、どうすりゃあええか教えてください。」
 期待に応えるための嘆願、従順な態度、助けを求める演技。ダニーは若草の言いなりになりたかった。自分で何をすればいいかわからないし、しかし、見捨てられたくない、失望されたくないと本気で思った。ここで助け船を逃すと二度と、向こう岸に渡るチャンスが来ないだろう。ダニーはそう思い込んでいた。だが、若草は調教の手を緩めようとしない。
 「ダニー、君の思いついたものは、君のものだ!それは自分でどうにかしないと、ダニー、君は君でいられなくなる。俺は、自分が自分でいるために、自分でどうにかしてきた。だから、俺は俺なのだ。君は君でなくてはならない。」
 若草は、文章として意味が成り立つか怪しいが、なんとなく立派なセリフをダニーに叩きつける。
 「じゃあ、わしは、」
 「そうだ、池上を殺すんだ。」
撃ち抜くように、重い声で若草が言った。それに対して、ダニーは、池上を殺す理由なんてこれっぽっちも持ってない。しかし、若草は池上を殺せという。それはなぜだ?池上がダニーを邪魔だからと言って、刑務所に閉じ込めたからだ。無実なのに、罪を償う羽目になったのだ。そうだ、そうに違いない。これは俺が考えていた答えだ。若草に言われなくても知っていた。でも、俺は、それを誤魔化していたんだ。
 脳がのぼせたかのように、ダニーは、その考えを体の中に、頭の内に、仕舞い込んでしまった。無駄な悪意、憎悪に違和感を感じていたが、それを無理矢理飲み込む苦痛が、何かを成し遂げた証拠のような体験となり、自分が何かを乗り越えた錯覚に陥っていた。苦痛は、難解な体験は、飲み込むことによって、脱皮の気持ちよさを得られる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み