第4話

文字数 1,333文字

 「池上を探さんといけん。あいつはわしの仲間じゃし、あいつがひとりぼっちの時、助けてやった。だったら恩返しするのが当然じゃろう。」
無差別殺傷事件、いわゆる渋谷血祭り事件を起こした茶谷は収容が独房が多く、独り言が普通になっていた。ボリューム壊れて割と大きな声で独り言を言うが、街の人間はそんなのに慣れてしまったのか、振り向きもしない。その反応に一番気が付いていたのは、独り言を言った茶谷だった。十年で街はさらに異常を飲み込むほどの匿名の海に浸かっていた。片隅では変なダンスをして、それをスマホで撮影している。人が集まっている街なのに、人の意識は街になく、電子ネットワークに閉じ込められている。茶谷は寒気を感じた。優良消費者でいれば、放っておかれても生きていける世界は終わっていた。経済とか生産とか消費ではなく、もっと根幹的なものが根こそぎ変わっていた。
こいつらは、俺よりずっと下にいる。
 せっかくの自由世界は、全く自由では無い。ただ、神から放任されているだけだ。いや、捨てられたと言った方がいいかもしれない。うまく説明できないが、もう、働くなどの生産行為をしている場合では無い。だからといって、消費活動に専念しても意味がない。十年で何もかも変わってしまった。優良消費者として、溢れた世界で切り離されて、孤独を感じていたことが、まるで小さなことに感じる。こんな虚な終わりを前にして、出来ることは、不出来な女を抱くぐらいだ。そのためには金が欲しい。池上はテレビに出たりして、金持ちになっている。茶谷はダニとなって、池上に吸い付き依存して、残りの時間を過ごすしかないと思っていた。それができない場合は、こんな世界は端から崩して行くしかない。もう一度、事件を起こすのだ。一本の包丁持って大声で世界を震わせるのだ。

 ああ、早くオナニーがしたい。
 人気ユーチューバーであるヒマキンは子供のおもちゃであるジェル状の液体が噴射される「ネルネルネールガン」の試し打ちの準備をしていた。タワーマンションの最上階、四十畳の広さがある大理石張りのリビングで、使いきれない金で買った家具にビニールシートを掛けている。こんな水鉄砲を部屋で使ったら大変なことになる。使いきれないほどお金があるから、掃除とか呼べばいいけど、もう、自分以外の人に会うのが怖くなっていた。誰もこの部屋に入ってほしくない。優良な消費者として、子供のおもちゃで遊んだり、ゲームをしたり、たくさんのお菓子を並べるのを冷静な大人たちと並んで作業なんてしたくないし、ライブで見られたくもない。一人で出来ることを淡々とするんだ。透明なシートを部屋中に敷いて行く。それだけで一時間以上かかる。とても孤独な作業だし、その後の撮影、一人でテンション上げてふざけたり、でも、隙を与えてはいけない。「それはダメだ」と指摘されるようなことを決してしてはいけない。模範となる大きないたずらっ子でいなくてはならない。じゃないと、アンチによって消される。跡形もなく消去される。この撮影が終わったら、一人で赤や緑のゼリー状の汚れ物の片付けをするんだと思うと、これは一体なんなのだと思ってしまう。こんなことせずにオナニーがしたい。擦り切れるまで擦りたい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み