第19話

文字数 1,130文字

「ダニー、そういやあ、若草さんに会ったか?あの人と飲みたいんだが、どこにいるんだろうな?」
「若草さん、面白かったですよね。どうしているんだろう?」
「まあ、あの方は、間違って捕まったんだろうから、俺たちと一緒じゃないし、だから、連絡取ってこないのかな。まあ、堅気だったら一流の人だろうからな、でも、全然そんな素振りがなかった。男前で、面白いことばっかり言ってたな。」
笹崎がダニーの様子を見にきた理由が判った。若草は三年ほど刑務所にいた。笹崎とも一年は一緒だった。ダニーは若草のことを思い出す。あんな明るい受刑者はいなかった。朝から溌剌とした「おはよう」を言い、刑務官さえ友達のように接していた。どう考えても悪いことなんてしそうにない、真っ当な人にしか思えなかった。
「若草さん、出所する頃、よく言っていましたよ。出たら新しいことをするんだって。新しいことって何ですか?って聞いたら、地球人の価値観を変える歴史的な出来事を起こすって言っていましたよ。」
「やっぱすげえお方だよ。若草さんは。」
 嬉しそうに話す笹崎の言葉にダニーは無駄なヤキモチを焼いた。俺は笹崎さんのために働いているのに、どこかで何かをしている若草に会いたがっている。そりゃ、確かに若草は面白い男だったが、笹崎にとって何のメリットもない。しかも、若草は自分ほど有名ではない。金融がらみの地味な事件で挙げられたはずだ。でも、詳しくは話してくれなかった。若草は、朝早くから背筋が伸びていたし、刑務服も見事に着こなしていた。だらしなさはなく、何時でも、こざっぱりしていた。余裕のようなものがあるのかも知れないが、一方で、誰にでも優しく、同じ務所仲間でもいてくれた。
ダニーは笹崎にラーメン屋に連れて行かれ、ラーメンとビールをご馳走になった。笹崎は餃子三切れとコップ一杯のビールをダニーが食べる速度に合わせてゆっくりと味わっていた。食べながら笹崎はダニーにねぎらいの言葉を何個かかけて、先に店から出て行った。店内の白い蛍光灯の光が、どんぶりに残るラーメンの汁に映っている。じーっとそれを見て、ふっと見上げたら、知った男が座っていた。
「久しぶりだね。夜の仕事かい?」
「えっ、若草さん、どうしたんですか?」
「ダニーに会いにきたのさ、さっきまで笹崎さんと一緒にいたね。」
「ええ、車の中で笹崎さんが若草さんと一緒に飲みに行きたいって言っていたんです。」
若草を目の前にすると、ダニーは夜が開けてしまったことに気がついた。店の外は早朝の灰色の光で溢れ、それまで蔓延っていた夜の黄色や赤の光を殺していた。
「食べ終わったかい?少し付きあわないか?話があるんだ。」
ダニーは初めて若草から何かを期待された。さっきまでの嫉妬は消えた。
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