第75話

文字数 1,357文字

 「池ちゃん、何がどうなったって、あんまり考えない方がいいよ。これからどうするかを考えるのが大事なんだ。間違いないこと、紛れもない真実を言うね。過去はもうないんだ。未来がこれから来るだけなんだ。」

 「お待たせいたしました!まもなく開場します。席は指定になっていますので、急がず順番を守ってご入場ください!」
 ゾロゾロと観客が会場に入っていく。ほとんどの入場者がスマホカメラで動画を撮影して、実況放送している。席には傘が置いてあった。「なんで傘が?雨降ってないのに?」とただ招待された人が実況している隣で「ステージが始まったら使われる傘ですね。ひめにゃんがアイドルになる一分間、この傘を我々が開くんです。」と解説を入れる人もいる。あちこちで小さな画面からの明るい光が照り、独り言が聞こえる。この会場での実況がたくさんの「いいね」を生んでいる。このコンサート、公式の中継はしないことになっている。閲覧数、再生数を稼ぎたい何らかの表現者たちは撮影しながら編集したりと大忙しで、自分に注目が集まるように集中している。みんながみんな、ひめにゃんの事を見たいわけではない。「いいね」を稼げるから拾いに来ているのだ。ざわめく会場は、何か焦りのような騒めきが熱を帯びている。エアコンが効いているが、でも、その熱気は冷めないでいる。まるで会場は大鍋で、詰め込まれた人が、様々に煮込まれている。
 いきなり轟音が鳴り響いた。ステージにスポットライトが着いた。白い強い光が暗闇を切り裂く、そしてそれは束になり、暗闇を追い出そうとする。光が集中する。その輝かしい場所に一人の男が登場する。会場は割れんばかりの喝采。あの人は、現実に居たんだと、会場のほとんどの人間が思った。この瞬間を取りこぼしてはならないと端末のカメラを向けながらも、裸眼での確認もしたい。彼こそ、この会場の王様なのだ。
 俺は、王様だ!強い光の向こう、薄暗い中から割れんばかりの声が地鳴りのように聞こえる。ヒマキンは血が沸騰するような異質な体験をしていた。足元が震えそうなほどの緊張感もあったが、それ以上に、自分が全能である絶対感、自分の存在が大きくなる快感に全身を貫かれていた。これが評価なのだ!目の前で感じて、初めてその価値の大きさを知った。若草や池上が退屈な話をしていると思ったが、評価こそが大事であることが、この場所、熱狂のステージにたったことで理解できた。ここにいる全員、八千人が俺より下なのだ。俺は、この中で一番偉いのだ!一番多く評価を持っているキングなのだ!なんて幸せなのだろう。目の前でライブで評価され、その存在を歓迎されると言うことは、世界を支配したようで、たくさんの愛を受け止めているようで、身がトロけるほどに本当に気持ちがいい。だが、今日は、これだけ注目を集めているのに、主人公ではない。なんで俺は、ひめにゃんを紹介しないといけない!でも、違う事をしたら、評価を下げてしまう。俺は期待されている。認められている。だからこそ、期待に沿った行動をしないといけない。評価された人は裏切れないのだ。
「どうも、ヒマヒマヒマヒマヒマヒマ、ヒマキンでーす。今日はご機嫌なステージにようこそ!熱気ムンムンだね。ひめにゃーん!みんな待ってるよー!おいでよカモンタツオ!」
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