第29話

文字数 1,272文字

「ちょっと休もうか。池ちゃんの意見に対して自分の意見を照らし合わせる必要があるのに、違いばかりを指摘するようになっている。たぶん、疲れているんだ。おそらく、俺たちは同じところを目指している。じゃなきゃ、手を組まない。なのに、同意がなく、対立だけが進む。近視眼的になっているってことだ。好敵手を見つけて、論破することに興味を持ち始めている。まあ、それはエキサイティングなことだけど、今すべきことじゃない。冷静になろう。ちょっと、街に降りてくるよ。」
 若草は池上に少しだけ笑顔を向けて、寧に対して目配せをした。池上を置いて、一緒に降りようと言う意思表示だったが、寧はその合図をわざと見逃す。若草は仕方ないように、一人で部屋を出て行った。
 「池上さん、お疲れとは思うんですが、少し良いですか?」
 「なんでしょうか?」
 声のトーンを少し落とした寧の様子に、少し不吉なものを感じながら池上は座り直し、体勢を整える。
 「評価資本制度を行う、その基準を設ける。それは良いんですが、どうやって、評価を流通させるんでしょうか?私、ずっと二人の話を聞いてても、なんか、意味がないことをしているようにしか思えなかったんです。若草さんは若干、いえ、とても狂ってます。何か、強い思い込みを持って、それを無理矢理押し通すところがあります。もしかしたら、何も深く考えてなくて、ただ、思いつきで、中身もないまま、暴走しているようにも思えるんです。」
 なんだ、そんなことかと池上は少し安心した。池上の肩の力を抜いてリラックスする様子に、寧は表情を硬くして少し体を仰け反らした。
 「そんなことを心配しているんですか?大丈夫ですよ。何もまだ失敗しているわけではないし、まだ、何もしてないんですから。私には全く被害はありません。時間の無駄とも思ってませんよ。若草さんと僕がやっていることは、実業ではないんです。虚業なんです。中身がないことを話し合っているんです。それは若草さんも理解してらっしゃる。でも、現実に生きてきた人にとっては、そう、寧さんみたいな普通の人にとっては、何も具体的ではないこの話に付き合うのは、正直、馬鹿らしいというか、時間の無駄に感じてしまうかもしれませんね。評価本位制度の話し合いをしたところで、何か社会のために生み出したわけでもないし、困った人を助けたわけでもない。ただの、結果のない、意味のない話し合いですからね。ただの概念ですから、実態はないんです。それは私も理解してます。」
 寧は池上の言うことが若草と同じであることを理解した。若草に前に質問した時も「意味がないことだよ!」と弾んだ返答があった。
 「でも、意味のない話し合いに三日も時間をかけて、それでいいんですか?」
 「何が悪いんですか?お金にならないからダメっていうのなら、寧さんは、金本位制度に毒されていることになりますよ。若草さんと僕は、評価本位制度を作ろうとしているんです。お金のために人が動くのではなく、評価のために人が動くようにしたいんです。」
 「私が一番分からないのは、そこなんです。」
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