第6話

文字数 1,250文字

誰も相手にしてくれない。ここにいるのに見てくれない。

中学校で孤立する生徒、彼の存在を知る人は少ない。しかし、クラスメートたちは彼の沢田賢治の名前だけ知っている。かつてのロックスターの名前と同じだから。しかし、それは親の親世代の話である。「その子のこと、ジュリーって呼びなよ。」って祖父母は孫たちに言うが、孫たちはあまり存在を知らない子に、知らない芸名をつけて呼ぶことはしない。そこからスルーが始まる。知らないことを提案されて、それを鵜呑みにして行うと、おそらく自分と一緒で知らない事を言われた場合と一緒で、固まる。聞いたことだけあるが、それが何かわからない場合は、それを使って、用途を間違った場合、損することになる。知らずに使った恥知らずと評価を下げるのだ。一般的な常識、これまでの知識であっても、その世代では常識でないことは、なんとなく避けて通る。その避けて通る名前がついた沢田賢治に同級生たちは、柔らかな見えない壁を作った。つまり厄介な代物と判断されたのだ。沢田賢治は全く悪くない。しかし、集団からなんとなく苦手なものと認識されてしまった。
 一度ついた評価は、何もアクションが無ければ、変わることはない。評価とは、分別でもある。棲み分けでもある。沢田賢治は、学校のクラスという枠の中で、そういった評価を名前の印象で決めつけられてしまった。年配の先生たちは、孤立する沢田賢治を見て「ジュリー、どうした?」と声を掛けたりしたが、人と話してない期間が多い沢田賢治にとって、先生の話し掛けは、嬉しさもあるが、それが緊張につながり、うまく話せなくなっていた。
「う、うん、はい、だだ大丈夫ですよ。ね。」
と吃りながら返す沢田賢治にジュリーと言ってしまったことを後悔した年配の教師たちは「大丈夫と本人も言ってる事だし」って、なんとなく距離を置くようになってしまった。
 学校という集団の中で、名前が存在の遠回しのきっかけとなり、勝手に相対評価が下げられた沢田賢治は、ひっそりと学校に行き、ほんの少し、誰かと話をして、遠くからみんなの会話に入ったように笑顔を作ったりしながら、クラスに同居しているように振る舞っていた。

 沢田賢治が家に帰ると、誰もいない。父親は母親から逃げるように出て行った。原因は夫婦お互いの不倫だった。母親の沢田綾子は風俗店勤務。もちろん子供である賢治にはそんなことは言ってないが、十三歳ともなれば、脳は大人並みに発達していて、世間で何がどうなっているかぐらいは想像することができる。沢田賢治は、母親の事実は知らないけど、事情は理解している。この事情で、沢田賢治は、自分から、本当の自分を周りに知ってもらおうという意識が、初めからくたびれている。
 「ようやく、自分にもどれるにゃん!」
 小さな高い声を出して、学校ではずっと我慢していたスマホに手を伸ばすと「ひめこ」になりきり、ツイッターにコメントを投稿する。「ひめこ」の設定はアニメと古い車が好きな田舎の女子高生。自分のことをひめニャンと称する。
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